第9話

「えっと、ツクネ・アルスウェインです。よろしくお願いします」


僕は黒板の前に立ち、自己紹介した。

クラスメイト二十名の視線が突き刺さる。

ちなみに、【アルスウェイン】というのはベテランお婆さんのファミリーネームである。

彼女の養子となったので、僕のファミリーネームもそれに変わった。

ヒソヒソと生徒たちが、僕を見て言葉を交わしあっている。


「席は、あそこだ。

一番奥の席な」


最前席だったら嫌だなぁと考えていた僕は、担任のその言葉にホッとする。

示された席へ向かう。

椅子を引いて、腰を下ろす。

すると、横から視線を感じた。

そちらを見る。

美少女と目があった。

美しく長い銀髪は二つにわけ、深紅のリボンで結わえられている。

同系色の月明かりを彷彿させる瞳には、僕が映っている。

角や黒い翼が見当たらない。

これは彼女に初代魔王の人間の血が流れているからだろう。

魔族でも人間の血が入っている場合、魔力の強さなどに関わらず、見た目が人間と変わらないことが多いらしい。

だから、僕も人間の血が入っている魔族と認識されているはずだ。

僕は美少女をみて、気づく。

あ、この子、バイト先のコンビニにくじ引きしに来る子だ。

美少女は僕へニコリと微笑むと、名乗った。


「私、エレイン・ラングレード。

よろしくね」


肝が冷えた。

あ、あああ、暗殺してくるかもしれない人!!

僕は背中に冷や汗をダラダラかきつつ、返す。

顔には接客業で培った、営業スマイルを貼り付ける。


「よ、よろしく、おねがいしましゅ……」


噛んだ。

気持ち悪い噛み方をしてしまった。

それをどう捉えたのか、エレインさんはクスクスと笑った。

嫌な笑みでは無かったので、馬鹿にはされていないと思う。

そして、バレてもいないはずだ。

エレインさんの視線が、僕の右手へ向けられた。


「それどうしたの?」


「え、あ、ち、小さい頃に、怪我をして。

その痕が消えなくて、包帯巻いてるんだ」


「そうなんだ」


信じてくれたらしい。

程なくして、一時限目の授業のため担当教官がやってきた。

今日、午前中は座学である。

ついていけるかなぁ、と不安しか無かった。


結論。

難しすぎてついていけなかった。

帰ったら、ティオさんに勉強みてもらおう。


そんなこんなで休憩時間となった。

転入生という珍獣に、皆興味津々のようで色々質問された。

とくに皆んなが気にしているのは、


「アルスウェインって、あの【アルスウェイン】の人なんだよね?」


僕の養母、いや義母、もしくは継母になるのかな?

あのベテランお婆さんの家についてだった。

ティオさんが、この一ヶ月で教えてくれたことを思い出す。

【アルスウェイン家】は名家のひとつらしい。

お婆さんは初代魔王の右腕として仕え、建国に尽力した女傑だ。

戦乱が起こる度、戦場に赴いてはどんな不利な戦況もひっくり返し、大暴れしていた英雄との事だ。

今は魔剣の管理を一任されている大古参である。


この説明を受けた時、驚いたのなんの。


お婆さんは生涯独身を貫いていた。

そこへ来て、僕を養子にしたものだから一部では偉い騒ぎになったらしい。

なにしろ、お婆さんには他に身寄りがなく。

身近な親戚はすでに亡くなっていた。

そこに、遠縁の子供が見つかって引き取ったということになったのだ。

もちろん、そういう設定だ。


「あ、うん、お婆さんとは遠縁で、僕のことを知って引き取ってくれたんだ」


淀みなく、設定を説明する。


「ご両親は?」


センシティブなところを聞かれてしまう。


「ちょっと色々あって、いないんだ」


聞いてくれるな、という空気を出して言ってみる。

皆、空気を読んでくれた。

と、その中の男子生徒の一人が首を傾げながら僕をみて訊ねてきた。


「なぁ、どこかであった事あるか?」


「へ?」


聞かれて、僕は男子生徒の顔をまじまじと見た。

バイト先のコンビニ、その常連だった。


「あ、あー、どうだろ?

わかんないや」


「そっか、変なこと聞いたな」


「いや、別に」


うん、君。

いつも、綺麗でおっパイが大きなお姉さんが表紙になってる雑誌の発売日に来て、その雑誌を買ってくお客さんだね。

年齢制限されてない雑誌だけど、毎回女性店員にレジ打ちしてもらうのが恥ずかしいからか、僕がレジにいる時に持ってくるもんね。

覚えてるよ、常連さんだもん。

でも、言わない。


しかし、今度はまた別の女子生徒が言ってきた。


「あ、でもわかる。

私もさっき、ツクネ君が紹介されてる時に既視感があったんだよね。

もしかして、舞台に出てたりする??」


聞けば、この女子生徒の趣味は観劇らしい。

もしかしたら、舞台に出ていた人かもと考えたらしい。

僕は女子生徒を見ながら、


「そういう活動はしてないよ」


そう答えた。

この子のことも知っていた。

別のバイト先である、喫茶店の常連さんだ。

客席でメイクをして、よく処理したつけまつ毛を放置して行く子だった。

最初、放置されたつけまつ毛を見た時なんて、毛虫かと思ってびっくりした記憶がある。

何度か繰り返されて、さすがに店長が注意してくれた。


そうやって色々受け答えしていて、気づいた。

自分の顔が引き攣るのがわかった。

バイト先の常連客、結構いる。

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