第8話

魔王城の奥。

そこには、魔王の居住区があった。

数ある部屋の一つを、僕は私室として与えられた。

母と暮らしていたアパートや、母が亡くなってから移り住んだ単身者向けのオンボロアパートなんて比べ物にならないほど、広い部屋だ。

女の子だったら喜びそうな天蓋付きのベッドが鎮座し、他にも執務机兼学習机が置かれている。

それとは別に、食事をする為の小さなテーブルと椅子がある。

調度品も、豪華なものばかりだ。

ここで暮らし始めて一ヶ月が経過していた。

そんな部屋の片隅で、僕は姿見に全身を映して身支度を整えていた。

鏡に映るのは、魔王学園の制服を着た僕だ。

コンビニでレジをしていて、毎日見ていたあの制服である。


「うーん、消せない庶民感」


制服に着られている感がどうしても拭えなかった。

仕方ない。

元々僕とは縁もゆかりも無い学園の制服だ。

今日が僕の初登校日である。

バイトやら養子縁組の手配やら、諸々の調整や擦り合わせによって、初登校が今日となったのである。


正直、胃が痛い。


ワンオペでバイトしてた方がマシな気がしてくる。

暗殺されたくないので、絶対に目立たないようにしなきゃ。

バイトをしていることも、他の生徒には隠して置いた方がいいかもしれない。

バイトに関しては、学園には事前に知らせてある。

許可ももらっている。

昨今は、プライバシー問題もあってわざわざ言いふらすような教師もいないだろう。


「いないといいなぁ」


接客業のバイトをしているので、よく知っている。

この世界には、想像の斜め上を行くような人達が、わんさかと存在しているのだ。

それこそ、非常識な人達にはこれでもかと、レジ打ちをしていて出会ってきた。


うん、なにが起きても営業スマイルで乗り切ろう。

営業スマイルは得意だ。

メンタル滅茶苦茶削られるけど。


僕は魔王学園の校章が入った鞄を持って、部屋を出る。

その際、飾っておいた両親の遺影へ


「行ってきます」


そう言葉を伝える。

学園は、魔王城からだとバスに乗っていくのが普通らしい。

でも、僕には自転車がある。

清掃バイトも細々と続けている。

ただ、さすがに魔王城に住んでるとは言えないので、従業員用駐輪場ではなく、別の場所に置いてある。

そこへ向かおうとしたのだが、部屋を出ると教育係のティオさんが待っていた。


「おはようございます、ティオさん」


「おはようございます。

準備は万端のようですね」


「えぇ、まぁ」


許されるなら、今すぐ逃げ出したい。

でも、それは出来ない。

九代目魔王様の言葉を借りるなら、僕は選ばれてしまったのだ。

選ばれてしまった僕に、拒否権は無い。

だから、色々諦めた。

目立たないようにするのは変わらない。

暗殺されないように、バレないように。

僕は【その日】を待つしかない。

右手を見る。

そこにぐるぐるに巻かれた包帯。

魔王紋を隠すためのものだ。

もしもなにか聞かれたら、酷い火傷の痕があるのだと説明するつもりだ。


「行ってらっしゃいませ、十代目」


この一ヶ月で、ティオさんからの十代目呼びにも慣れてしまった。


「行ってきます」


僕は、専用通路から外にむかった。

自転車を置いてある場所へ向かう。

自転車に跨り、漕ぎ出す。

そして、気づいた。


誰かに行ってきますと言ったのも、行ってらっしゃいと言われたのも随分久しぶりな気がした。


自転車を漕ぐ。

魔王城から、魔王学園までは四十分ほどかかる。

これを遠いと感じるかどうかは人それぞれだろう。

ちなみに、一部の生徒は自転車通学をしているので、これは特に目立つ行動ではない。

学園が近づくにつれ、同じ制服を着た生徒が多くなってくる。

程なくして、学園についた。

事前に言われていた学園内にある駐輪場へと、自転車を停め、鍵をする。

ママチャリは僕だけかなと思いきや、数台ほど見かけた。

ホッとする。

まずは職員室だ。

ここで担任の先生と合流して、教室に案内されることとなっている。



そして、僕は予定通り教室へ案内され、黒板の前に立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る