第7話 小さな勇気
「か、カルネぇぇぇぇ!」
「ふん、うるさいガキだ。この光景を見ても俺に逆らおうとするその勢いは認めてやる。しかし冷静に見てみろ。そして考えてみろ。この埋める事のない力の差を」
山積みにされた食糧、酒樽、村の家々にあった金品。それらの上にカルネは鎮座し、地面に這いつくばるビリーの姿。
見下す者と見下される者。
神器と呼ばれる絶大な力を持ちそれで村人を支配する転生者と、何の力を持たぬアステア人。この世界の略図がそこに現れているようであった。
「お前なんか……! お前なんかに!」
「あん? 俺が何だっていうんだ」
「出て行けよ! 村から出て行け! このクソ野郎が!」
ビリーの言葉が癇に障ったのか、カルネはリリアンを離し、ビリーに近づいた。そしてビリーの顔の前にまで立つとブーツで彼の顔を思いきり踏みつけた。
「や、やめて!」
「ふん、お前の弟が生意気だから、少し痛い目を見てもらおうと思ってな」
カルネはそう言いながら、再びリリアンの身体を引き寄せた。
「少しは俺に同情してくれても良いものだがな。考えてみろ。地球でのんびり暮らしていたと思ったら、急にこんな不便で前時代的な世界に放り込まれたんだからな。無宗教だった俺でも、さすがに『神』の存在を確信したね。これはもう一度人生をやり直すチャンスだと」
カルネは自分の人生を語り出した。
転生者がどのようにアステアに来るのかが確立されている訳ではない。元の世界で死んだのか、それとも突然呼び出されたのか、転生した者、転移した者、それはその転生者によって様々だった。
「しがないサラリーマンをしている時は、生きているのか死んでいるのか正直わからなかった。しかし今はどうだ。俺は『神』に選ばれた人間だ。なら、このチャンスを生かすしかないだろう? 与えられた新しい人生だ。この力と知識、そして手に入れた神器を使ってこの異世界を手中に収めても悪くはないはずだ。そうだ。いや、そうするべきだろ。俺がこの異世界の神になるんだ。この神器ピースメイカーを使ってな」
カルネは右腰に提げたホルスターから銃を抜く。
それは一見するとただの黒いリボルバーだったが、細かい箇所で形状が異なっていた。
握り手の部分は他の銃と大差は無いが、バレルと呼ばれる砲身が妙に長く、回転するシリンダーも少し大きい。それだけでアステアで量産されているリボルバーよりも一回り近く大きい事がわかる。
弾丸を込めるシリンダーが大きい事から、普通は専用の弾丸を必要とするがカルネはその弾丸を装備している雰囲気は無く、ガンベルトに備え付けられているのは、この銃をしまっておくためだけのホルスターのみである。
「お前なんか……、その神器が無ければ何も出来ないくせに!」
「……言うじゃないか。おい、立たせろ」
カルネの合図に手下たちがビリーを無理矢理立たせた。
そしてカルネは手に持つ神器で、ビリーの顎を鷲掴みにして口を開かせ、その口の中に神器ピースメイカーを突っ込んだ。
「神器の力はその魔力量によって決まる。これは魔導器であっても同じだ。これぐらいの知識は俺にだってある。これがこの世界の一般常識なんだろ? ほら、喋ってみろよクソガキ。これがお前と俺の差だ。俺の手にはこの神器がある。それに比べてお前はどうだ? お前は姉の事が余程大切らしいが、その大切な姉を助ける事も出来ないどうしようもないクズじゃないか。口先だけで渡り歩けるほど、世の中そんなに甘くないんだよ」
ビリーは銃口を口に含みながらも、カルネの目を睨みつける。
「肝が据わっているな。そんなに死にたいのか。ん? 何だお前、震えているじゃないか」
カルネの言葉通り、ビリーの身体が小刻みに震えていた。
「がはは! 口では一丁前な事を言っているが、実際自分の命が差し迫った今、お前の身体は震えているぞ!」
ビリーは何も言えず、ただカルネの目を睨みつける事しか出来なかった。
今の自分ではカルネに勝つことも、その手下に勝つことも、いや手の縄を解く事すら出来ない。言葉では色々言えていても、結局は実力が無ければ何にもならない。
「ふん。良いだろう。少し相手をしてやる。おい、コイツの縄を解け」
「は? しかし!」
「俺を神器だけの男だと勘違いしているコイツに実力の差を見せてやる」
カルネのその言葉は、ビリーにだけ向けたものでなかった。
恐れ従う部下の中にも自分から神器を奪えば、首を取れるのではないか。実際そう考えている者が居てもおかしくはない。その者たちの牙を削ぐためにも、力を示しておく必要がある、カルネはそう考えたのだった。
以前、この村の保安官を撃ち殺した際に力は示したつもりであったが、それでもこうして歯向かってくる人間は居る。こんな小さな村でもまだ居たのだ。ならばもっと力を見せつけ無ければ支配は出来ない。この世界を手に入れるためには、強者と出会う事もあるだろう。同じ転生者とも戦う事もあるだろう。なら、今のうちに覚悟を決めなければならない。
世界を手に入れるためには、非情で完璧でなければならない。自分の邪魔をする者に慈悲などかけている暇などは無い。神が与えた二度目の人生、決して無駄にしてはいけないのだ。
「おい、早く縄を解け。俺の命令が聞けないのか」
「は、はい!」
カルネの指示通り、ビリーの両手を縛っていた縄が解かれたことで彼はバランスを失い、地面に倒れ込んだ。そしてカルネは両手を広げ、部下を下がらせる。そして中央広場に群がる村人たちに向かってこう叫んだ。
「周りで見ている村の連中も良く見ておけ。俺に逆らうとどんな目に遭うのかを! さあ小僧、かかってこい!」
「……こ、この野郎!」
立ち上がったビリーは小さな拳を握りしめ、カルネに飛び掛かった。
しかしカルネはクルリと踵を返すと、ビリーの拳を躱し彼の腹部を思いきり蹴り上げた。あまりの激痛にビリーの表情が歪む。しかし彼にとってこの程度の痛みは覚悟の上だった。
ビリーは激痛に耐えながらも、再び拳を強く握りしめカルネに殴り掛かる。
それも空しく躱され、顎を激しく蹴り上げられた。
「クソガキが」
カルネはそう言うと今にも崩れ落ちそうなビリーに向かい、彼の頬を思いきり殴りつけた。
子供と大人。一方的な虐待。それは誰がどう見ても勝ち目などは無い。
圧倒的な体格差、カルネの身長はビリーよりも一回りも大きい。それにカルネは見た目以上に素早かった。ビリーの運動神経が悪いと言うわけでは無い。しかし目の前に立ちはだかる壁があまりにも違い過ぎたのだ。
ビリー自身それには気づいていた。何の訓練もしていない自分と、暴力で部下を従える転生者カルネ。お互いの状況を考慮しても、勝てるはずがない。
しかしこれではあまりに一方的過ぎる事に、さすがのカルネも気づいたのか手に持つ神器ピースメイカーをビリーの足元に放り投げた。
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