第8話 ビリーと神器

「……!」


 それを見ていたカルネの部下も、傍観していた村人たちも彼のその驚くべき行動に言葉を失った。


「ハンデだ」

「ば……馬鹿にして……!」


 ビリーは痛む身体に鞭打ち、足元に転がっている神器ピースメイカーを拾い上げた。

 それは彼が思っていたよりも遥かにズシリと重かった。ひんやりと冷たく固く頑丈な鉄の塊。引き金に指を掛け、それを引くだけで中に込められた弾丸が発射されるという簡単な構造。

 後は銃口を憎き男カルネに向け、引き金を引くだけ。たったそれだけの行為。今、自分が行うべき行為、力が自分の手のひらの中にある。

 しかしビリーは迷っていた。転生者でも無い自分なんかに神器が使いこなせるのだろうか。とはいってもこの千載一遇のチャンスを逃す手はない。

 勇気を振り絞れ、覚悟を決めろ。

 ビリーはそう自分に言い聞かし、震える身体と心を抑えつつ、銃口を真っ直ぐカルネに向け引き金をゆっくりと引いた。


「!」


 周囲に激しい銃声が響いた。

 次の瞬間、神器ピースメイカーから発射された弾丸は、カルネ目掛け真っ直ぐ飛び、彼の髪の毛を掠めた。


「……どうした? 良く狙って撃て」


 外れた。

 発射の瞬間の衝撃によって銃口が跳ね上がり、射線が少し上がってしまったのだ。

 ビリーがそれ気づき、次弾を発射すべくまた引き金の指に力を込める。

 今度は銃口が跳ねないようにしっかりと両手で神器を握り込み、衝撃に供える。しかしビリーの身体に異変が現れた。


「……え」


 ビリーの全身から力が失われ、彼は膝をつく。

 尋常ではない程の脱力感が彼を襲い、とても立っていられる状態では無かった。身体中から大量の汗が流れ、着ているシャツがその汗によって張り付く。今までに感じた事のない感覚に襲われ、ビリーは手に持っていた神器を手から落としてしまった。

 その光景を見ていたカルネはゆっくりとビリーに近づき、自分が地面に落とした神器ピースメイカーを拾い上げた。


「魔力切れだ」

「ま、魔力切れ……?」

「そうだ、神器は大量の魔力を消費する。お前はこの神器ピースメイカーを撃つために、貯えられた魔力をすべて使い切ったのだ」

「そ、そんな……」


 ビリーは激しい脱力感を覚えながらも、目の前に立つカルネの顔を見上げた。


「神器は決して万能なモノではない。所持しているだけで徐々に魔力を奪い取っていく。使用するとなればそれこそ尋常ではない程の魔力を食う。お前のような微力な魔力しか持たないアステア人では、使いこなすなんてことは、そもそも不可能だったのだ」


 ビリーにとっても、カルネの部下、村人たちにとってもそれは初耳の事だった。

 何故、転生者のみが神器を扱う事が出来、その絶大な力を維持できるのか。それはただのアステア人では魔力の総量が違うからなのだと、その場にいた全員が知る事になった。


「わかったか、転生者は神に選ばれた人間だという意味が。お前らアステア人が使用する事が出来るのは、せいぜい神器を模した魔導器程度のオモチャだけだ」


 生まれも育ちも違う存在、それが転生者。

 自分たちよりも遥かに優れた文明からやって来た異端者。世界アステアを爆発的に発展させ、そして蝕む。根本的に自分たちとは違う存在。

 それを目の当たりにさせられ、カルネ以外のアステア人は選択を迫られる。

 転生者と神器に屈服しそれに従うか、それに反抗し命を散らすか。

 その場に居た全員がそれを考え、ただ茫然と目の前の力を認めざるを得なかった。アステア人と転生者の差というものを。


「……さ、さすがカルネ様! 俺たちはずっとアンタについていくぜ!」


 手下のひとりが声をあげる。

 手下の顔は引き攣りカルネに怯えてはいたものの、彼に従っていれば死ぬことは無い。命を懸けて立ち向かう程馬鹿では無いし、第一その方が楽なのだ。


「わしらには受け入れる以外、生き残る事も出来ないのか……」


 初老の男性が地面に両手をつき、肩をガクッと落とした。

 もう自分たちには未来はない。金も食糧も奪われ、そして家には火を付けられた。今後どうやって生きていけばいいのか。そんな少し先に未来すら奪われた。

 異世界の人間に。


「く、くっそ……ふざけるな……こんな事がまかり通っていいはずがない」


 絶望的な状況を前に、それでもそれに抗う言葉が周囲に聞こえた。


「僕が……お前たち転生者をこの世界から排除してやる……!」


 それは床に這いつくばっていたビリーの言葉だった。彼は歯を食いしばりゆっくりと立ち上がろうとしていた。


「あん? まだ立てるのか。大した根性だ。もしかするとお前は他の人間よりも魔力量が多いのかもしれないな。フフフ。気に入ったよ。どうだ、俺の部下にならないか」

「ふ、ふざけるな!」

「いやいや、ふざけてなどいない。俺は本気だ。俺の野望を叶えるためには優秀な手駒がたくさんいるからな。俺は世界が広い事を知っている、この世界アステアであってもそれは同じだ」


 カルネの意外な言葉だった。

 それはこの場に居る全員がカルネという男を安く見ていたという事に等しいとも言える。異世界からの転生者、神の選ばれし者、神器を持つ絶対強者。しかしそんなカルネも何かを考え、この先を見据えて行動を起こしている。

 ただ力に溺れ、人々が苦しむ姿を見たいだけの悪魔では無かったのだ。

 だがそうであってもカルネの行動が認められるはずもない。言葉では何と言っても結局やっている事は力による支配なのだから。


「ぼ、僕は……!」


 ビリーは地面に突っ伏した手で拳を作り、歯を食いしばった。


「お前のような奴が、本当に許せない。何が野望だ、何が世界だ。力で皆を屈服して何が楽しい! 所詮お前なんか誰かに力を与えられなきゃ何も行動を起こせない臆病者じゃないか!」


 ビリーは顔を上げ、カルネを睨みつけ立ち上がる。そして大きく息を吸い込み、天高く叫んだ。


「僕は! この村をお前から解放する! そしていつか冒険者になって悪い転生者に苦しんでいる人たちを助けるんだ!」


 それはその場にいた全員が言葉を失った瞬間だった。

 この場に居る人間の誰よりも若く、幼く、小さい存在だった少年ビリーが神に選ばれし者カルネに立ち向かい、敵う筈もない勝負を挑み、そして敗れ、それでもまだ彼は村を救おうと声を張り上げる。

 その小さくも大きい勇気に、村人全員が涙した。


「う、うおおおおおおお!」


 突然の雄叫びが周囲に響き、口を噤んでいたカルネの部下が口を開いた。


「な、なんだ?」


 たった今目の当たりにした、その小さくも大きな勇気に、村人全員がひとつになった。

 村人はカルテの部下たちに襲い掛かり、武器を奪おうと試みる。何人もの村人は反撃に遭うもののその程度で彼らは怯まず、前に前に進み部下たちに群がった。


「アイツは! アイツだけは死なせちゃいけない!」

「ビリーを守るんだ!」

「そうだ! ビリーの言う通りだ! お前たちはこの村から出ていけ!」


 それは小さな灯。だが大人たちの心に火を付けた瞬間だった。


「さ、逆らう気かお前ら!」


 部下たちは銃や剣を抜き、歯向かう村人たちに銃口を突きつける。


「死にたいのか!」

「こんな老いぼれ、殺したければそうするがいい! 老い先短いわしの人生など貴様らにくれてやるわ! けれどもビリーは死なさぬ! あやつがわしらの目を覚まさせてくれたのじゃ!」


 先ほどまで地面でこうべを垂れていた初老の男性さえも、カルネの部下たちに立ち向かった。

村に駐在する二人の保安官が圧倒的な武力によって倒されたとき、村人の全員がカルネの支配を受け入れる事を決めた。しかしそれが大きな間違いであったと気付かされる。

 力で支配する事の意味、大人であればすぐわかるはずである。いや、現実を知る大人だからこそわかるその苦しみ。しかしビリーの言動はその苦しみさえも一蹴させるほどの強さがあった。


「戦わずに服従する事など、この世の中あってはならん! 皆の者、覚悟を決めい!」


 初老の男性はありったけの声を張り上げた。

 それに呼応するかのように、村人が雄叫びを上げた。

 彼らには神器や魔導器に匹敵する武器などはない、けれど人々は地面に落ちていた石や棒を手に取り、カルネの部下たちに立ち向かう。


「カルネから、転生者からこの村を守るのじゃ!」

「おおおおおぉぉぉぉ!」

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