第6話 襲われた村、ザインズ
焚火の周りを取り囲み、武器を構えていた男たちは、アキトの一撃一撃で傷を負わされる事になる。その動きは流れる水の如く、そして燃え盛る炎のように激しかった。
それはまさに電光石火の煌めきだった。
「ふぅ」
彼に襲い掛かった男たちは、それぞれ利き手を斬られ、地面に蹲っている。
もう自分に向かってくる者は居ない。
アキトはそう確信するとクルリと男たちに背を向け、右手に持った刀を強く振り、付着した血を払いのける。そしてそのまま淀みない動作で刀を鞘に納めた。
「さてさて」
アキトはそう言いつつ、洞窟の入り口に向かって歩き出す。その背中に男のひとりが声をかけた。
「お、お前何者だ……!」
後ろから声をかけられ、アキトは少しだけ振り向き男に応える。
「俺はアキト。クサナギ・アキト。ヒノクニから来た旅人だ」
「た、旅人が俺たちに何の用だ! それにこの強さ……お前、カルネ様と同じく転生者なのか!」
「いや、俺は転生者じゃねェよ。生まれも育ちもヒノクニの人間だ。でもいっぱい稽古したし、命がけの実戦もしてきた。俺の剣術はアンタらのように転生者の力に屈服して手に入れたものじゃねェよ」
アキトはそう言うと足元に転がっていた銃を蹴り飛ばし、手の届かない位置にまでそれを移動させた。
洞窟の入り口にまで歩みを進めたアキトだったが、そこに不思議な違和感を覚えた。
「ん? あれ? 人の気配がしねェな。なァおい、カルネって奴はここに居るんだろうな」
「か、カルネ様は居ねえよ……へっへっへ……」
「どういうことだ?」
アキトはそう答えた男の正面にまで近づき、その男に向き合う。
「夜襲をかけたつもりらしいが、残念だったな。先程カルネ様はザインズの村に向かった。村にクソ生意気な奴が居るって事で……お前を探しに行ったんだよ!」
「えええええええ! しまった! 入れ違いか! ……大人しく村でのんびり待っていりゃよかった……はぁ」
アキトは激しく動揺をし、すぐ落ち着きを取り戻すと大きくため息をついた。
「俺たちを天秤にカルネ様の実力を測ったつもりだろうが、そりゃとんだ間違いだ。カルネ様は強い! お前なんか足元に及ばない程にな! カルネ様は神器をお持ちだ! あの神器の前には誰にも逆らえない!」
「神器神器。うるせェな、もー。それがなんぼのもんじゃい」
アキトはそう言いつつ男に背を向け、村のある方角に視線を送った。
簡潔に言えばアキトの夜襲は失敗した。こちらから出向けば村に被害を及ぼす事も無く、事を納められると思ってはいたが、相手は一手先に行動を起こしたらしい。
しかし良く考えれば、蹴散らされた部下の話を聞き動き出す事も想像は出来た。その点、アキトの考えが甘かったのだと痛感させられ、今更ながらに自分の浅はかさに後悔の念が浮かんだ。
だが落ち込んでいる暇はない。ザインズの村を出て約一時間。早く村に辿り着きカルネに会わなければならない。
この世界、アステアに脅威をもたらす転生者と神器の力、それがどれ程のものなのか。それが知りたい。アキトはそう思い、村のある方角へ駆けだした。
☆☆☆
その頃、ザインズでは村の家々が炎に包まれていた。
夕食頃に起こったその火災は、大通りを中心に隣家へと燃え移り、徐々にその勢いを増していく。そして不思議にも離れた家々にも燃え移るというその様相は、誰かによって火がつけられた事を意味していた。
そんな中、村の中央にある広場では謎の集会が行われていた。
広場には何十人もの男たちの姿が見え、それを覆いつくすかのように村人が混乱する姿が見えた。屈強な男たちの出現により成す術無く絶望に打ちひしがれる者の姿。とある家族は生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、乱暴を働く男たちに懇願した。
ある者は銃を片手に抵抗を試みるものの、その圧倒的な人数の差によって暴行を受け、武器を奪い取られ無残にも殺された。中央広場で地面に蹲る村人の影、炎によって照らされた絶望的なその姿は、まさに地獄絵図といった様相であった。
「も、もうやめてくだされ! わしらが一体何をしたというのじゃ!」
村人の代表者であるのか、杖を片手に持った初老の男性が、男たちに向かって嘆きの声をあげた。
「ははは! カルネ様、そして俺たちに逆らうからこんな目に遭うんだ! 恨むんなら、俺たちに歯向かったガキを恨むんだな!」
「そ、そんな! あなた方に逆らった事など在りませぬ!」
「昼間、俺たちの仲間がヒノクニから来た田舎者のガキにやられた。いくら旅人と言え、それを阻止できなかったお前ら村の責任だ!」
それは無茶な話であった。
村を訪れる旅人の管理まで到底出来るはずも無く、明らかに一方的な言いがかりである。そんな不条理を男たちが許してくれるはずも無く、村のあちこちで放火と略奪は続いた。
力なく涙を流す者、男たちに縋りつきこれ以上の凶行をやめさせようと試みる者、ただ何も出来ずそれを受け入れる者、村人の反応はそれぞれであった。
しかしその中でも確実な事が言えた。
圧倒的な戦力差である。銃や武器で武装を行ったところで、多勢に無勢。抵抗するにも相手の数が多すぎており、村人たちは戦闘訓練など受けているはずも無く、どう立ち向かえばよいのかわからない。村人は恐怖し男たちに怯え、それを受け入れざるを得なかったのである。
「やめてほしければ、さっさと田舎者のガキをここに連れてくるんだな!」
男のひとりがそう言うと、初老の男性の顔を殴打した。
顔面に打撃を受けた初老の男性は、その場に倒れ込み、妻なのか女性が初老の男性の元に駆けよった。
「あなた!」
「ハッハッハ! 情けない奴等め!」
初老の男性の顔面が赤く腫れあがり、口からは血を流し、目には涙を浮かべている。
村の中央広場、そこに山積みされた食糧箱。そこにもたれ掛かりながら男が酒を飲んでいた。その男は実に恰幅の良い体形をしており、太鼓のように出た腹が印象的で、男たちと同じように茶色のウェスタンスーツに身を包んではいるものの、手足は短く、まるで球体から手足が伸びているような姿だった。
片手には酒瓶を持ち、口から零れる酒が実に汚らしく、しかしそれで居てギラっと光る眼光だけはやたらと鋭い中年の男の姿。腰には黒いガンベルトと銀色の銃が下げられていた。
「うぷー。んで、どこに居るんだ。そのガキは」
中年の男は、口の端を袖で拭いつつ、男のひとりに向かって口を開いた。
「まだ見つかっておりません。カルネ様」
カルネと呼ばれた中年男は、再び酒瓶を煽り、その喉を潤した。
「ふん。こんな小さな村、隠れる場所もなかろうに……。まあいい、こんな村。俺にとってはただの通過点だ。村を焼き払って集めた金品で、今度はもっと人の多い街へと繰り出す。まずはこの国ベルルーサを俺の手中に納めてやる」
カルネはそう言うと再び酒を煽った。
「カルネ様!」
そんなとき、カルネの名を呼ぶ声が聞こえる。カルネはその方向に振り返ると、鉛のような眼を光らせた。そこには地面に蹲る子供ビリーと、酒場の女主人リリアンの姿があった。
「なんだ、そのガキがヒノクニの田舎者か?」
「いや、このガキはこの村の住民です。しかし田舎者のガキが暴れた際に一緒に居た連中です」
部下のひとりがそう答えると、カルネは嘗めまわすように二人を見た。リリアンもビリーの後ろ手に縛られ、身動きが取れないようになっている。
「ふぅん、そうか。おい」
カルネはそう言い、部下のひとりに合図を出した。
リリアンとビリーは後ろ手に縛られた状態のまま、無理矢理歩かされカルネの足元にまで来ると、その場にまた転がされた。
「おいおい。ガキは良いとして女は丁重に扱え」
「へへへ。すいません」
二人は必死に立ち上がろうと地面で体勢を整えるが、手を後ろで縛られているため、バランスがうまく取れず思うように身動きが取れなかった。
「か、カルネえええええ!」
全身、砂だらけに汚れたビリーがカルネを激しく睨みつける。一方のカルネはビリーに一瞥もくれず、ビリーの姉リリアンに視線を向けた。
カルネはリリアンに近寄り彼女の髪の毛を掴み無理矢理立ち上がらせる。そして下卑た笑いを浮かべた。
「田舎娘にしてはなかなかの美人だ」
カルネはリリアンの顎を掴みながら視線を少し落とし、彼女の大きく開かれた胸元を嘗めまわすように見続けた。
「うへへ! たまらないな。この村にこんな上玉が居るとは知らなかったぞ。よだれが止まらないぜ」
「や、やめろ! 汚い手で姉ちゃんに触るな!」
ビリーがそう言った瞬間、後ろに居た男が彼の後頭部を踏みつけた。
「ビリー!」
「ふふふ。あれは、お前の弟か」
「そ、それが何?」
「ははは。気が強い女も嫌いじゃない」
カルネはそう言うとリリアンを強く引き寄せ、彼女の大きな胸を鷲掴みにした。
その手は実に卑猥な動きだった。吐き気をもよおす程の嫌悪感が彼女を襲う。必死に抵抗を試みるものの、彼女の細い腕ではどうする事も出来ず、縄が手首に食い込んでも、それが切れる事は無く、リリアンはその屈辱を耐える以外に術がなかった。
「くっ! 触らないで!」
「女は男に抱かれるために、生きているんだ。少しの間でも俺を楽しませろ。そうすれば村への手も緩めてやらんでもない」
「だ、誰が!」
「そう言えばアステアに来てまだ女を抱いていなかった。丁度いい。地球の女とアステアの女。どの辺がどう違うか、俺が確かめてやろう」
口元から酒と涎を垂らしながら、カルネは下卑た笑いを浮かべつつ、リリアンの身体を再びグッと引き寄せ自分に密着させる。彼女の柔らかな肌がカルネの脳内を刺激する。
「ははは! 良い、実に良い。たまらないじゃないか、これは」
「ね、姉ちゃんに触るなぁ!」
その光景を見ていたビリーが再び立ち上がる。しかしそれを見過ごすカルネの部下たちでは無く、ビリーの足をもつれさせた。彼は奥歯を食いしばり、全身の力を振り絞る。
しかし彼の両手を縛る縄はそう簡単に切れる訳も無く、手首に食い込み血が滲んだ。
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