第3話 一対多数

「てめぇ!」


 男のひとりが右腰に下げた銃に手をやり、銃を抜こうとする。


「おそ――」


 遅い。

 アキトがそう言おうとした瞬間、左側から何かが飛んでくる気配を感じ、アキトはその方向に視線をチラリと向けた。

左側から飛んできたそれは、男のひとりの頭に命中し、ゴンと鈍い音を鳴らした。


「お、おたま?」


 飛んできたのは、おたまだった。いわゆるレードルと言うスープ類を器にすくう料理道具である。アキトは飛んできた方向の奥に視線を向けると、カウンターの奥に続く通路の先に、自分と同じぐらいの歳の頃の少年が立っていた。

 髪は茶色で青い瞳に、頬にはそばかすが残っており、目鼻立ちもこの酒場の女主人リリアンに似ている。恐らく彼が、先程リリアンが言っていた彼女の弟ビリーなのだと、アキトは感じた。


「姉ちゃんから手を離せ!」


 奥から現れたビリーは眉を吊り上げながら、鋭く男たちを睨みつけ、息を切らしながらそう叫んだ。


「ビリー!」

「いてぇな」


 レードルをぶつけられた男は少しだけ身を屈め、左手でぶつけられた箇所に手を添える。


「このガキ、何しやがる!」

「う、うるさい! 姉ちゃんから手を離せ!」


 ビリーはそう言うと右手に持っていた包丁を振りかざし、男たちに切りかかった。

 しかしそれは簡単に避けられ、彼の包丁は虚しく空を切る。


「あぶねえな! このクソガキが!」


 男のひとりが包丁を避けつつ、ビリーの頬を思いきり殴りつけた。人の殴られる鈍い音が店内に響き、ビリーは殴られた事により包丁を手放してしまい、その場に倒れ込んだ。


「く、くっそぉ!」

「ビリー!」


 姉のリリアンがビリーの名を叫び、彼を庇おうとするものの、それが彼の耳に届く事は無い。ビリーは殴られた頬の痛みに耐えつつも立ち上がり、今度は男にタックルを行った。しかしビリーの身体は小さいため、相手を倒れさせることも出来ず、ただしがみつくだけで精一杯だった。


「この野郎! 出てけ! この村から出て行けよ!」

「クソガキが!」


 タックルを受けた男とは別に、後ろに控えていた男がビリーの腹を蹴り上げ、彼を引きはがす。腹に痛みを受けたビリーはその場に蹲り、身を縮み上がらせた。


「うぅ……くっそぉ……」

「び、ビリー!」


 姉のリリアンがそれを見かねて間に入り込むが、男のひとりが彼女を押しのける。


「どけ!」


 押しのけられたリリアンは小さな悲鳴をあげ、床に尻餅をつき、大きな瞳を見開き唇を震わせた。


「や、やめてください!」

「うるせぇ! こういうガキは痛い目見ないとわからねえんだよ!」


 男のひとりがそう言うと、床に蹲るビリーの腹部に強烈な蹴りを繰り出す。それに呼応したかのように、残る二人もビリーの身体を蹴り出した。

顔面、腹、背中、腕、足と彼は何度も蹴られ、小さな砂埃を舞い上げた。

 ビリーの身体を容赦ない暴力が襲い、幾度となく繰り出される男たちの蹴りが、彼の小さな身体を痛めつける。


「ガキが!」


 顔面を蹴られ、顔が腫れ上がるビリー。しかし彼は拳を強く握りしめ、奥歯をグッと噛み締めた。その様相に男たちは蹴る足を少し止める。


「……で……」

「あん?」

「出て行け……この村から出て行けよ!」


 ビリーの口元は切れて血が垂れ、片目も塞がっている。だがビリーは男たちの暴力に屈する事無く、言葉を吐き続けた。


「く、クソガキがぁぁぁ!」

「おい、生意気な奴だ! あの保安官みたいによ、今ここでやっちまうか」

「や、やめてください! お、お金なら払います! それにお酒や食べ物は好きなだけ持って行ってください!」

「うるせぇ! このクソガキに、この村の支配者は誰かって事をキッチリ教えてやる!」


 男たちの暴行をやめさせるため、リリアンは瞳に涙を浮かべ唇を震わせ、男たちに縋りつく。しかしそれでも男たちはビリーへの暴行をやめる事はしなかった。

 その光景をずっと見続けていたアキトに男のひとりが彼の存在に気づく。


「ん? てめえ何見てやがる! 見世物じゃねぇぞ!」


 男はアキトに向き合い、大きな声で言葉を浴びせる。しかしアキトはそれに臆することなく、ただそこに立ちはだかった。


「お、おい。コイツの腰に下げてる物。ヒノクニの武器、刀ってヤツじゃねえか」

「ほう。ヒノクニの武器は高く売れると聞く。それなら金になりそうだな。おい、小僧。そいつをこっちに渡しな」


 男たちが下卑た笑いを浮かべながら、アキトに言う。彼らの足元には、全身傷だらけのビリーが横たわっていた。渡さなければ、お前もこうなると言いたげに。


「嫌だね」


 アキトは男たちに向かいキッパリと答えた。


「……は? 今何と言った」

「嫌だって言ってんだ。これは俺の宝物だ」


 アキトはそう言うと、腰に下げた刀の柄頭に手を添える。


「この野郎! お前もこのガキみたいにボコボコにされなきゃわからねぇようだな!」

「ふん、やってみろよ」

「てめぇ!」


 男のひとりが拳を握り、アキトへと殴りかかる。

しかしアキトは右足を引き、それを華麗に躱す。そしてそのまま体勢を崩した男の腹部に向かって、刀の柄頭を思いきり当てた。

 腹部に強打を浴びた男が、小さな悲鳴をあげその場に蹲る。


「こ、このガキ!」


 後ろに控えていた二人の男たちは、アキトの身のこなしに驚き、腰に下げた銃に手を添え、ホルスターからそれぞれ銃を抜こうとした。しかしアキトはそれを素早く察知し、踵を返し二人の男たちに突進した。


「銃を抜くんじゃねェよ」


 アキトがそう言った次の瞬間、アキトは体勢を低く構え足払いを行い、男のひとりを転ばせる。そして続けざま、銃を構えようとしていた男の顔面目掛け、拳を振り下ろした。


「ぐはっ!」


 顔面を殴られた男は口から血を噴き出し、少し宙を舞う。そして後ろにあったテーブルに激突した。


「あ、しまった。このままやると店が壊れちまう」


 アキトはそう言うと、蹲っていた男の襟首を掴み起き上がらせると、その男を酒場の入り口に投げ飛ばした。そして続けて足払いを受け体勢を崩していた男を思いきり蹴り飛ばし、この男も入り口付近へと追いやる。

 床に突っ伏していたビリーも、見ている事しか出来なかったリリアンもアキトの強さに驚き、声をあげた。


「つ……強い……」

「な、何なのこの子……」


 アキトは二人の声にも耳を貸さず、テーブルに倒れ込んでいる男の襟首を掴み上げ、無理矢理立ち上がらせた。


「て、てめぇ……何者だ」

「俺? 俺はアキトだ。クサナギ・アキト。ヒノクニから来た旅人だ」

「ひ、ヒノクニ……。クソド田舎のガキが……! こんなことして、タダで済むと思ってんのか……!」

「そんなもん知らん!」


 男の言葉を無視し、アキトは男の懐に入り込み、その反動を利用してこの男も入り口に投げ飛ばした。

 そして重なる様に床に倒れている男たちに向かって言葉を放った。


「これ以上やるなら、腕の一本や二本、失う覚悟で来るんだな」


 アキトはそう言うと、腰に下げた刀をカチャと鳴らす。


「ヒィ! コイツ只者じゃねぇ……!」


 男たちは顔面蒼白となり、逃げるように酒場から出ていく。そして酒場から消えていくその後ろ姿を確認し、アキトはふぅとため息をついた。


「全く。なんだアイツら」

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