第2話 ヒノクニのサムライ
酒場の女主人リリアンはアキトの刀をジッと見つめ、少し訝しげな表情をした。
「ヒノクニって、ここから東にある小さな倭国よね。それにサムライって……という事は冒険者という事? でも何でこんな田舎に……ここらへんは冒険者が挑むような遺跡も無いわよ」
「大陸鉄道のある中央都市ベルルーサに行く途中だったんだけど、途中で食料が底を着いちゃってさ。それで急遽迂回してこの村に立ち寄ったんだ」
「なるほど、そうだったのね。君ひとりで旅をしているの? ご両親は一緒じゃないの?」
「うん? ひとりだけど」
「え、えと……君いくつ?」
「十五だ」
リリアンは大きな瞳を見開くと口元を抑え、アキトの言葉を繰り返した。
「十五って……ビリーと同い年じゃない」
「ビリー? 誰だ?」
「私の弟よ。この間十五歳になったばかり。今は裏で調理をしているわ」
「ふーん」
「その若さで、冒険者なんて凄いわね……」
「別に凄くなんかねェよ。実際まだなってねェし。冒険者になるためにはギルドっていう所で登録する必要があるらしいから、中央都市ベルルーサに行きたいんだ」
アキトはそう言うとニコッと笑った。リリアンはアキトの言葉に驚きが隠せず、瞬きを繰り返した。
「そう言えば、ここからベルルーサまでどれぐらいあるのかな? 食糧の補充が出来たら、すぐにでも村を出たいんだけど」
アキトがそう言った次の瞬間、後ろから大きな音がした。
小さな酒場内にその音が鳴り響き、何事かと思い中に居た全員が音の方向を振り返る。
音の方向は酒場の入り口だった。先程アキトが入って来た場所に三人の男たちが立っており、彼らの足元には蝶番が外れた木製のスイングドアが転がっていた。
「邪魔するぜ」
男のひとりがそう言いつつ、足元に転がるスイングドアを蹴り飛ばす。蹴られたドアは室内の床を滑りアキトの足元の椅子にぶつかり、そこで停止した。
「なんだァ?」
アキトは入って来た男たちを不思議そうに見つめるものの、当の男たちはアキトの存在など無視しているかのように、真っ直ぐカウンターの中に立つリリアンに詰め寄った。
「お嬢ちゃん、期日だぜ」
「あ、アンタたち……!」
リリアンは眉をひそめ、奥歯をギリッと噛み締めた。
「へへへ、今日まで待ってやったんだ。金か食糧、どちらか揃っているんだろうな」
男たちのひとりが下卑た笑いを浮かべながら、リリアンの身体を嘗めまわすように視線を送る。
謎の男たちの出現にテーブルを囲んでカードを楽しんでいた老人たちは急に立ち上がり、トラブルに巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに、そそくさと店を出ていく。その姿を男たちはニヤニヤと笑いながら眺めていた。
どの男も頭にはウェスタンハットを被り、無償髭を生やし、皮の衣服は乱れ、砂埃に汚れていた。腰にはガンベルト、ホルスターの中には黒光りする銃が刺さっていた。
明らかに堅気の人間ではない、その佇まいだけでそう感じさせる男たち。絵に書いたような悪人顔にアキトは思わず吹き出しそうになった。だが人を見た目で判断してはいけない。アキトはそう思いつつ必死に笑い出しそうな感情をグッと押し殺した。
「こ、この前支払ったじゃないですか!」
「あん? あれは未納だった先月分だ。これは今月分の取り立てだよ」
「そうそう、金が無きゃ酒と食い物を持って来い」
「そ、そんな! この前もそう言って、お金だけじゃなく店の物を持って行ったのに!」
男たちが入れ替わり立ち代わりリリアンに詰め寄る。そして男のひとりが彼女の言葉を遮るように、カウンターを蹴り上げた。
鈍い音とともに木製のカウンターに穴が空き、その男がリリアンに向かって手を伸ばす。そして彼女の襟首を掴み、強引に彼女を引き寄せた。
「あれぽっちじゃ足りねぇんだよ! 酒と食い物で補填するしかねぇだろ。それとも何か? また前みたいにこの店をボロボロにされたいってのか?」
「へへへ、でも出せないなら仕方が無い。姉ちゃん、お前の身体で支払ってもらってもいいんだぜ。いやそっちの方が良いかもな。その方が俺たちも姉ちゃんも良い気持ちよくなれるってもんだ」
なるほど、この店内の荒れ様はこの下衆たちの仕業か。そう思いつつアキトは備え付けの椅子から立ち上がり、男たちの前に立ちはだかった。
そんなアキトに男たちも気づき、ギロリと彼を見下ろした。
「なんだてめえ」
男たちが目をギョロギョロとさせアキトを見た。
「見ない面だな。それにお前、その恰好……ヒノクニのモンか。小僧、俺たちになんか文句でもあるってのか?」
男のひとりがアキトの目をジッと睨みつけ、威圧する態度を取る。しかしアキトはそれに全く臆することなく、男たちの一挙手一投足に神経を集中させた。
「俺たちを誰だと思っていやがる。俺たちはこの村をよそ者から守っているカルネ様の部下だぞ!」
「知らねェな、そんな奴ァ。良いからその汚い手を離せ」
アキトはそう言いつつ、目の前の男たちを観察した。相手は三人。どの男も腰に銃を携帯しているが、身のこなしは鈍い。修練を積んでいるようには感じられないし、特殊な訓練を受けているようには見えなかった。
この程度の相手なら、刀を抜くまでもない。適当にあしらってやろう。アキトはそう思い両足を少しだけ踏ん張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます