第4話 転生者と神器
大陸の東にある倭国、ヒノクニから来た旅人アキトはカルネの部下を追い払い、傷だらけになったビリーを手当てし、さらに倒れたテーブルなどの片づけを手伝った。
しかしそれが終わった頃にはもう日が暮れており、さすがに今から次の街を目指すのも大変だと思い、どこか泊まれる場所をとリリアンに尋ねたところ、この酒場の二階は宿屋にもなっているとの事で、そこに辿り着く。
空き部屋は簡素な造りだったが、寝るには十分なベッドがあったため、アキトはそこに泊まる事を決めた。部屋の中には少し湿った空気が漂っていたおり、シーツも少しかび臭い。しかし荒野の夜は信じられないくらい寒い。それを凌げるだけでも、今のアキトには十分な贅沢だと言えた。
アキトは部屋に進み、ベッドに寝転がった。部屋の入り口には灯りを持ったリリアン、そして彼女の後ろには包帯だらけのビリーがそこに立っていた。
「ああ、布団がふかふかだァ。最近ずっと地面で寝てからありがてェ」
「さっきは本当にありがとう。あのままだったら私たち一体どうなっていたか……。それに店の片付けまで手伝ってもらっちゃって」
「別に良いよ。そのお陰で今日はふかふかの布団で眠れるんだから。ニヒヒ。あ、でも俺有り金少ないんだわ」
「お代は良いわよ。助けてくれたお礼よ」
「おお、本当か! ありがとう!」
リリアンは無邪気に笑うアキトを横目に、ベッドの脇に備え付けられた魔導器に明かりを灯す。すると照明器具がぼんやり光り出し、部屋を明るくさせた。部屋を照らす魔導器の照度は低いながらも、大きな部屋ではないため、これぐらいの灯りでも十分と言えた。
「おー、これが魔導器か! すげー!」
「お、お前魔導器を知らないのか?」
魔導器の灯りに感動するアキトにビリーが声をかける。
「魔導器自体、珍しいものじゃないだろ」
「いや、俺の生まれた村では高級品でさー。部屋を照らすのは今でもロウソクを使ってんだ」
アキトの言葉に驚いた二人は、目をパチクリさせて少しの間見つめ合った。
「やっぱ都会は違うなァ」
「ここだって田舎の村だよ……」
ビリーはそう言うと拳を握りしめ、奥歯をグッと噛み締めた。
「でもアキト、お前の住んでいた村は……ヒノクニはとんでもない田舎なんだな、そこ。魔導器が無いなんて」
「ニヒヒ。でも森も自然もいっぱいあるし、村のひとたちも優しいから良いトコだぞ」
リリアンとビリーは、彼の無邪気な反応に自然と笑顔になりつつも、少し目を伏せた。
「そう言えばアイツらなんだ? カルネの部下?」
ベッドの横たわったアキトは気になっていた事を尋ねた。
リリアンとビリーは再び顔を見合わせ、姉のリリアンが少し俯きながら、今この村に起こっている現状を話し始めた。
「カルネは転生者よ」
「それって、異世界の……、確かチキューってトコから来た人間の事か?」
「そう、現れたのは二か月ぐらい前かしら。突然カルネが現れて、村の人間たちに金銭や食糧を要求して来たの」
転生者、この世界アステア人なら知らない者は居ないと言っても過言ではない。
彼らは遠く離れた異世界、地球から転生して来た人間であり、このアステアに争いの火種を持ってきた厄介者である。
アキトは寝そべりながらも、彼女リリアンの話をただ黙って聞いていた。
「最初はこの村の保安官を中心に抵抗したわ。でもダメだった……」
「ふーん、そんなに強いのか? カルネって転生者は」
リリアンは少し口をつぐむと、首を横に振りながら言った。
「ただの転生者なら、そこまでの力は無いと思うの。勿論、私たちアステア人よりかは優れていると思うけれど、元は同じ人間だから、たぶん私たちとさほど変わらないわ。でも、カルネはある武器を持っていたの」
「ある武器?」
アキトがそう聞き返すと、姉のリリアンの後ろに隠れていたビリーが口を開いた。
「神器だよ」
「アキトくん、知らない? 神の遺物と呼ばれる……絶大な魔力を宿した武器」
アキトは寝そべりながら腰の刀を帯から引き抜き、その刀をチラリと見る。ゆっくりと自分の傍らに置いた。
「神器の力の前には、この村に二人居た保安官でさえ太刀打ちできなくて……皆の前で無残に殺されたわ。村人への見せしめだって言ってね……。今は村の東にある洞窟を根城に、突然現れてはお金や食糧を要求して、村に悪さをするようになったわ」
保安官と言えば、各土地の治安を守る連邦政府警察の人間である。ある程度の戦闘訓練もしていただろうし、武装もしていたはずである。勿論、大勢で襲い掛かられれば、どんな人間だっていずれは負けてしまうが、二人の保安官が簡単にやられてしまう事から、転生者カルネとその神器がとても強力なものだという事が伺えた。
「確かに転生者はアステア人よりか魔力量が多いって聞くけど、そんなに凄い奴なのか、カルネって」
「ええ……見た目は普通の銃なのに、何発撃っても玉切れはしないらしいし、実体を持った幻影を造り出すらしいの」
「幻影? 何それ」
「わからない……その現場に私も立ち会っていたわけじゃないし、でも村の皆は……カルネとその神器を恐れて抵抗を止めてしまったわ」
「ふーん。それって『カムイ』の事かな」
アキトはリリアンと話しながらも、少しだけ思い当たる節があった。昔祖父が教えてくれた神器の秘められた力『カムイ』という能力。しかしそれを今考えても仕方が無い。そのため最後の言葉は二人に聞こえないように、小さく呟いた。
「さっき来たのはカルネの部下たちよ。あの人たちだって、元々はこの世界の住人、ただのアステア人のはずなのに……転生者であるカルネと神器を恐れて……」
つまり先ほどの男たちはカルネの力に屈服した、と言う事である。
「ふーん、そっか。すげェんだな神器って」
あまり興味は無いな。アキトの返答はそう言っているように聞こえた。それを察してか、姉リリアンとアキトの会話を聞いていたビリーが二人の間に入った。
「お……お前、本当に何も知らないんだな」
「うん、見た事ねェから」
「気楽な奴だ……こっちは毎日アイツらに怯えているってのに」
「そうは言いつつも、お前アイツらに立ち向かっていたじゃんか。すげェじゃんお前」
「あ、当たり前だろ……。カルネみたいな転生者にこの村を壊させたくはない! 僕がいつか力をつけてカルネをやっつけて……この村を守るんだ」
「うんうん、良いね良いね。そういう気持ちを持っている奴。俺ァは好きだな」
「ぼ、僕を馬鹿にしているのか!」
アキトはベッドの上でゴロリと寝返りをうち、入り口を振り返りベッドの上に座り直した。
「馬鹿になんかしてねェよ。お前のその気持ち俺は立派だと思う。本当にすげェよ、尊敬する」
アキトはビリーの目を真っ直ぐ見つめると、ニヒヒと笑う。そんなアキトを不思議に思いつつも、彼に褒められた事が恥ずかしかったのか、ビリーはアキトから視線を外し、下を俯いた。
「何なんだよお前……」
ビリーの瞳に涙が浮かぶ。だが涙が零れる事は無い。ビリーが必死にそれを堪えているからだ。店や姉を守れない悔しさ、何も知らないよそ者に助けられ慰められる悔しさ、そして自分ではどうする事も出来ない力不足から来る悔しさ。そのどれもがビリーの涙腺を激しく攻め立てた。
「僕だって神器さえあれば……あんな奴……」
「誇り高いな、お前」
「よせよ! お前だって僕と同じ子供じゃないか!」
ビリーは虚勢を張り、強く振舞った。
「年齢なんて関係ねェよ。要はやれるだけの力があるか、だろ」
アキトはそう言うとベッドから立ち上がり、頭に三度笠を被り、傍らに置いていた刀を手に持ち部屋の入口へと歩き出した。
「ど、どこへ行くの?」
「ちょっと夜風を浴びに」
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