第12話
金木犀の香りが充満する車内で揺られること数十分。
「間もなくー、
若い女性のアナウンスに先導されるように列車は終点に着いた。
扉が開き、しばらくしてから外に出る。
一体ここはどんな場所なのだろうかと、不安に思いながら降り立つと、そこに駅のホームなどはなく、あるのはむせ返るほどの秋だけだった。
圧倒されるほどの銀杏と紅葉の並木。それが見える限り奥まで、ずぅーっっと続いている。中央には太い道があり、そこは黄色と赤色の葉っぱで埋め尽くされている。
そして、紅葉と銀杏たちに挟まれた道の上には大きな鳥居が置かれており、それも道と一緒に奥まで続いている。そしてその鳥居たちは何故か半分に割られており、右半分は道の右端に、左半分は道の左端に離れて置かれていた。まるで、元々あった道が中央から割れて左右に引き離されたように、鳥居は半分になって両端に置かれている。
「なんだよここ……」
後ろを見ると、線路以外は紅葉と銀杏の森しか無かった。線路の上に立って列車が来た道を見てみても、線路の横には見える限り紅葉と銀杏の木が埋め尽くしている。道の様なものは、列車から降りて正面に見えるこの太い並木道だけだ。
「…………」
地平線まで続いている並木道。太陽の光はだいだい色で、恐らく夕焼けなのだろう。それが紅葉している葉っぱ達を照り続けている。
周りに山も見えない紅葉の森は、さすがに不気味だった。
「……ん? あっお前!」
後ろから唐突に自分以外の声がして、驚き振り向く。
するとそこには、二足歩行の鹿がいた。
「――?」
「おい! ここに人間がいるぞ!」
いや、よく見ると二足歩行の鹿ではない。手に槍を持っていて、腰に蓑か何かを巻いている、上裸でムキムキで頭だけ鹿の――。
そんなことを考えている暇はない。
どう考えても逃げるべき状況だった。
「何! 今行く!」
僕はそれが何かを考えるのを放棄して、並木道をダッシュで駆けだした。
「あっ! おい! 待て!」
後ろから声が聞こえ、次いで足音が聞こえた。どうやらソイツが追ってきたらしい。
僕は出来るだけ全速力で逃げる。高校生の体力測定以来の全力ダッシュだと思う。両手を交互に大きく振り、腿を大きく上げて、完全な短距離走のフォームで自分の脚力を行使しながら、極彩色の並木を駆け抜ける。
「カズ! 待たせた!」
後ろの足音が二倍に増えた。どうやらさっき呼ばれた奴が到着したらしい。
「よし! 取り敢えずとっ捕まえるぞ!」
二人が走りながら話している声が聞こえる。というか、どんどんと足音も声を近づいてきている。鹿っぽい何か達は、どうやらめちゃくちゃ足が速いらしかった。
このままじゃ確実に追いつかれる。この並木道を走っているだけでは、確実に。どうする? どうすればいい?
もの凄い速度で横切っていく鳥居たちを見て、ふと蔦が目に入った。
あれを使えば……? いや、そんなことが出来るのか……? 出来たとしてもその場凌ぎで……。
着実に足音は近づいてきている。もうすぐ後ろだ。このままではひっとらえられる。
選択肢は残されていなかった。ここに来てからずっと、僕の背中はお腹に変えられない状況なのだ。
「おい! あきらめ――」
後ろで声がして、恐らく何かの腕が僕の服を掴もうかという瞬間。
――僕は思いっきりしゃがんだ。急減速をして。
「うおっ!!」
前の方で大きな音がした。恐らく僕を障害物だと思ったアイツは無理に避けようとして前に転んだのだろう。
「カ、カズ! どうした!!」
もう一人の方も急に止まることは出来ずしばらく前まで走ってしまっている。今の内だ。周りを見ることなく、一心不乱に近くの鳥居の片割れに近づき、そして巻き付いている蔦に登る。誰彼構わずに、上を目指して鳥居を登る。
「つつっ……、いってぇ……」
思いのほか蔦は強靭で、ぶちぶちと千切れながらも僕は上に登り続けることが出来る。実際に登ろうとしたことが無かったので初めて気づいたが、鳥居というものは登ろうとすると高いのだと言うことに気付いた。
でもそんなことは言っていられない。
「大丈夫かカズ! ……あっ! おい! ちっ、アイツ……!」
どうやら僕が何をしているか気づいたらしい。でももう遅い。
やっとの思いで鳥居に登り切る。地上からかなり高い。五メートルほどだろうか。こんな場所から周りを見ても、周りには木しか無かった。
「イズ……! とりあえずアイツを追いかけろ……!」
「わ、分かった!」
下を見ると、鹿男が転んでいて、その隣にいるのは猪の頭の男だった。
「……ああ、道理で。カズって名前はフランクすぎると思ったんだ」
どうやら
「なんか言ったか! おい! そこで待ってろよ!」
猪頭が鳥居を登ってこようとする。どう考えてもあっちの方が屈強なので、すぐここまで登ってくるだろう。
ただでさえ思いつきな作戦だったのでその場凌ぎにしかならないとは思っていたけど……。やはり、あれしかないか。
同じ哺乳類でも二足歩行に進化した利点というものを、存分に見せつけなければいけないらしい。
そんなこと出来るのかなんて、考えるだけ無駄だ。どっちにしろ出来なければ僕はどこにも辿り着かずに終わってしまうだろう。これが何を比喩しているかは、本能で察しがついた。
下でガシガシと蔦を掴んで登ってきているのが聞こえる。もう時間が無い。仕方が無い。
この後どう逃げるかなんて考えがあるわけじゃない。ただ走りでは絶対に追いつかれる。
だから僕は、隣の木々たちに飛び移った。
「ん? あ! おい! ど、どこに行く!」
並木の枝に飛び移り、何も考えずに次に自分が飛び移れそうな枝へ向かってジャンプする。バランスが難しい。崩れて何度も落ちそうになる。
「くっそ……。そっちがそうくるなら!」
猪頭の声がして、その後枝が揺れる音がした。
――嘘だろ。これでも付いてくるのか。
「いいぞ猪頭! ……俺もすぐそっちに行く!」
下から鹿頭の声が聞こえる。どうやら大した怪我を負わせることは出来なかったらしい。
枝に飛び移る際に木の幹を支えにしながら飛び移る。他に枝がない孤立しているものより、支えになる枝が周りにある、大きなものに飛び移りたい。そうやって落ちないように選びながら移動していく。
「素早いな人間! しかしここは我らが番をしている森! 簡単に見失うと思うな!」
後ろから野太い声が聞こえる。しかしこの方法では詰められる距離に限りがあるのか、音は中々近づいてこない。その代わり遠ざかりもしないが。
問題なのは下だった。
「早く降りて来い! 今なら皮を引ん剝くくらいで許してやる!」
鹿が待ち伏せている。走って早くも追いつかれた。これで僕は、絶対に足を滑らせることが出来なくなった。
くっそ、こんなのジリ貧だろ。そう思いながら枝に飛び移っていく。決して落ちないように飛び移る枝は見極めながら、しかし決して追いつかれないように出来るだけ素早く。
早く、速く移動しないと追いつかれる。枝が揺れる音に心を揺さぶられて、目に付いた枝に飛び移ってしまう。
しまった。幹から遠い枝だ。しかも飛距離を見誤った。
わずかに枝の中心からずれて着地した足は、木の皮を剥がしながら枝からずり落ちようとする。
――やばい。落ちる。
落下すると思って下を見ると、鹿の顔がニィとこちらを見ていた。
「やばっ……」
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