第11話

 朝が清々しい秋だけれど、夜は冷え込むことが多い。そんな時に財布もスマホも持たず現代人と呼称していいのか怪しいほど手ぶらで外に出た僕は、気づけば駅のホームに立っていた。

 ポケットに入れていたなけなしの小銭を券売機に入れて一番近い駅の切符を買う。本当は向かう気も無い駅の切符を買って電車に乗り込んでは駄目なのだけれど、これは仕方の無い行為なんだ。

 僕は今から、存在しない筈の駅に向かおうとしてる、存在しない筈の電車に乗ろうとしてるんだから。

 そんなことが出来るのか分からないんだけど、というか出来る訳が無いと普通考えると思うんだけど、でも、本当に、僕にはこれしか手掛かりが無かった、

 彼女が、檜扇ちゃんが帰った場所の手がかりはこれしか無かったんだ。そういう意味でもやはり背に腹は変えられず、僕は切符を改札に通す。そしてそのまま、彼女がいつも向かっていたホームへと歩みを進めた。

 時刻は夜明け過ぎくらいで、いつも見送っていた時間にそろそろなる。ベンチに座って待っていると、静けさの中に自分の心音がいやに響いて聞こえた。

 暗さと明るさが共存する時間。人と何かが共存する世界。彼女の言っていたことを信じるなら、そういうことになる。

 そしてその時は唐突に来た。

 何かが近づいてくる音を感じて、何かが近づいてくる揺れを感じて、僕は顔を上げる。

「……のれ……はぬばた…………き。お…………はひ…………す」

 そこには、都会に似つかわしくない二両編成の列車が到着していた。オレンジ色の車両は古ぼけていて、どこかからタイムスリップしてきたような風情を感じる。

 勢いよく空気を押し出しながら扉が開く。

 目には見えないが、確実に中から何かが出て、そして何かが入っていくのを感じる。そこに入ると、もう本当に戻ることが出来ない。そんな予感があった。

「すぅ…………」

 僕は一度大きく深呼吸をした。

 その列車が連れてきたのだろうか。辺りにはうっすらと金木犀の香りが漂っている。

 行こう。

 僕は何かに当たらないようにしながら、その車両に乗り込んだ。

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