第5話
彼女はきっともう二度と僕の目の前には現れないだろうという予想はすぐ出来た。彼女がいきなりいなくなったあの時から、なんとなく。彼女はルールに縛られていて、そのルールに反したということは何かしらの理由があったのだろう。僕か彼女か。恐らく僕が。ルールを破ったから彼女はさよならを言わず突然消えたのだろう。そしてきっと僕の目の前には二度と姿を現さないのだろう。
まるでよくある、昔話のように。
「
ずっと一緒にいた者が消えたからと言って世界の時間は止まりはしない。朝は来るし仕事は貯まる。だから僕は、いつものように僕をこなす。
「……分かりました」
現実世界の僕をこなす。
「…………いや、代本さん。分かりました、じゃなくないですか?」
「……はい?」
資料から顔を上げると、僕の同僚である彼女は少し苛立った態度だった。
「何度目ですか? 訂正。ミスするのはそりゃ仕方ないですけど、すみませんの1つくらい無いんですか?」
「あ、いや……。すみません」
周りの視線を集めていた。僕が小さな声で謝ると、彼女は溜息を吐いて自分のデスクに戻っていった。
「……………………」
謝罪の姿勢のまま、しばらく床を見続ける。面を上げるのが恥ずかしくて、物凄い重力で押しつぶされている気がして。
あれ。
こういう時って。
こういう時って、どうしてたんだっけ。
人に怒られた時って、どうしてたんだっけ。
恥ずかしい時って、どうしてたんだっけ。
人にむかついた時って、どうしてたんだっけ。
相談できる人が居ない時って、どうしてたんだっけ。
しんどい時、やり方が分からない時、大人なのに泣きそうな時、自分が何もできないと感じた時、人生に価値を感じない時、それでも変えようと思わない時、人と比べて自分が秀でてないと感じた時、自分を慰めて欲しいと思った時。
――一人が寂しいと思った時、どうしてたんだっけ。
「……何あれ。私へのあてつけ?」
「分かんねぇよ。聞こえるぞ」
「いやだって……ねぇ?」
「仕事に集中しろって。あんま気にすんなよ。人の恨み買うと碌なことないぞ」
「何それ。経験談? …………はいはい、仕事するって」
僕はその後、逃げるように家に帰った。道中のことは余り覚えていない。気が付けば部屋に居て、エアコンのリモコンを握りしめていた。
暖房もクーラーも付いていなかった。
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