第2話
ちょぉっと爪とか皮膚を拝借すれば、獣を呼ぶ供物としては十分。
新鮮な生き血をドバドバとってやれば、真っ赤なワインが大量大量。
ぐへへ。
お酒なんて久しぶり。街で仕入れられなかったからなぁ。貧血になるまで絞ってやる。
臓器なんかも、ちょいっと、いただいちゃおうかな。そしたら、あんなことも……うぅん……それはやり過ぎか。
ともかく、隠れ家に連れてって、治療のふりして色々いただいちゃお。
にっしっし。
上機嫌になってきたあたしの横で、騎士は辛そうに歩いてた。
木の根につまづいたりしちゃって。
「あぁ、ごめんごめん、見えてないんだったね」
手を取って歩いてあげることにする。
「すまない」
「いいってこと」
あとで、お礼はたっぷりいただきますから。
「ところで、君は何者だろうか」
「ん? まじょ――」
「っ!?」
しまった。口が滑った。
ここで正体がバレたら、こっそり供物を採取できない。抵抗されながらってのは気が引けるし、誤魔化した方が楽。
「魔女! が見えた気がしたの!」
「何!?」
そういって、騎士がいきなりあたしを抱き寄せてきた。
これぞ
ちょっとキュンときた。
「どこだ!」
「ごめん、見間違い。木の上に人影が見えてさ、空飛んでるってことは魔女だぁ――って思ったんだけど、ただの猿だった。枝に立ってただけ。もういない」
「そうか」
安心したみたい。騎士はあたしを離して、ひと息ついた。
「あぁ、それであたしが誰か、だっけ? その辺の村の娘だよ。どこにでもいるような」
ききとーに嘘をついておく。
「名前は?」
「エルン」
正体はてきとー。名前は本当。信じてもらえたかな?
「エルン。君の村までは、どれくらいだ」
「歩いてだと、うーん、どれくらいだろ? 二日?」
「なに? そんなにか。随分と遠いな……君はどうしてこんな場所に」
「そりゃ、びゅーんって箒で……飛べたらいいんだけど、そうじゃなくて、えっと、馬車で街に向かってたんだけど、盗賊に襲われちゃって。逃げてるうちに森に入って今に至るというわけで」
「……大変だったな」
しんみりした顔で、そういってくる。
この人、いい人そう。
「お兄さん、名前は」
「クレイブだ。クレイブ・ノルン」
「ふーん。クレイブは、こんな森の中で何してたの」
「暴虐の魔女を追っていた……つもりだが、正直、自分がどこへ向かっているかも分かっていなかった。仲間を失い、自暴自棄に彷徨っていた、というのが正しいだろうな」
「へぇ、それは大変だったね。暴虐の魔女め、今度、あたしがやっつけたろか」
「……魔女みたいなことを言うのだな」
「え、いや、あたしは……」
マズった。この口、よく滑る。人間と話すの久しぶりだから、なんかいきおいで喋っちゃう。
次はどう誤魔化そうか。と、焦ったんだけど心配いらなかった。
「すまない。ひどいことを言ってしまった。魔女だなどと。君は私を励まそうとしてくれたんだよな。察しの通り、我々は暴虐の魔女アージェンにやられた。仲間が大勢殺され……この目も、奴に焼かれた。当然、できることなら敵討ちをしたいが、無謀だとも分かっている。気を遣わせてすまない」
やっぱり、この人、いい人。
「いつかできるといいね。敵討ち」
「……もう、いいんだ」
「辛かったね」
「公国の騎士ともあろう者が、情けない姿を晒して……すまない」
「誰だって、辛くて泣きたくなるときはあるよ。あたしも友達ができなくて辛い」
「そうか……」
しまった。また余計なことを。
なんで友達がいないか、言い訳、考えないといけなくなるじゃん。
でも、大丈夫だった。
「私でよければ、君の」
彼はそういってくれた。遠慮がちに。
はっきりいって嬉しい。
でも、あたしは魔女だ。
「うん」
適当に、返事だけ……
§
徒歩。しかも、目の見えない男連れ。
道は長かった。
途中、森を貫く人間の通り道に出た。そこで、盗賊なんかに出くわしてしまう。
「おいおいおい~お手手つないでどこ行くんだい、おふたりさん」
卑しい声。同じ男でも、クレイブとは大違い。あたしはえずきそうになった。
クレイブはというと、声を聞いて、鋭く身構えてた。
「この者ら、まさか、君を襲ったという連中か」
違うけど、そういうことにしておこう。話のしんぴょう性が増す。
「うん」
「下がっていなさい」
っていうけど、どうするつもりだろう。
戦うつもり? その目で?
あたしなら楽勝だけど……盗賊に追われてきた可愛い村娘って設定だからな。下手に魔術を使っちゃまずい。
どうしたものか。
盗賊たちが散開してあたしたちを囲む。けど、クレイブは正面を向いたまま。
「こいつ、目が見えてねぇぞ」「そっちの小娘は、怖くて顔も上げられねぇみたいだな」「ひとまず、男を殺る」
吐き気のする三つの声を聞いて、クレイブが小声で訊いてくる。
「敵は三人か?」
「うん」
「武器は?」
「みんな剣を持ってる。クレイブのと似たようなの」
「防具はどうだ」
「革鎧、かな。それだけ」
「体を低くして、そこを動くな」
「あ、はい」
以降、クレイブは黙って集中し始めた。
「ほれほれ、どこ向いてる。こっちだぜ」
盗賊の声がした方へ向かって、彼はひざまずく。
「私はどうなってもいい。だが……どうか、彼女だけは見逃してやってくれ」
え、そういう方向でいくの? てっきり戦うのかと。
「あぁん? つまんねぇ奴だな、てめぇ。ちっとは足掻けよ」
盗賊のひとりがクレイブのそばまで近づいて、剣を振り上げた。
「お望み通り――」
死ね。そう、盗賊が言いかけた瞬間、彼は腰の剣を抜き、突進した。
体当たり。
剣を突き出しながら。
「あ……」
盗賊は腹を貫かれて倒れた。
なるほど。不意打ち。やるじゃん。
「てめえぇぇ!! なめた真似しやがって!!」
その叫び声がした方へ、今度は剣を投げつけた。目にも止まらないとーてき術で、うまくやっつけた。
すごい。あっという間。目が見えてないはずなのに。
でも、剣を投げちゃったから、今は丸腰。
もう不意打ちはできない。
けど、敵はあとひとり残ってる。
「ぶっ殺してやる!!」
最後のひとりが声をあげると、そっちに向かってクレイブは突進した。
「あ」
マズイよ。
動きが読まれてる。
敵は剣を突き出すように構えてた。そこに突っ込むと、自滅しちゃう。
「待っ――」
止めようと思ったけど、彼の動きがあんまり速いんで、できなかった。
そして、あたしの予想は少し外れた。
クレイブは交差した腕を頭の前に出して敵の剣を受けた。腕が犠牲になったけど、彼はまだ生きてる。
なんとか敵に組みついてみせた。
でも、それじゃ勝てない。
敵は、彼の腕から引き抜いた剣で、すかさず刺してくる。背中を。
「逃げろ、エルン!」
どうやら、これが彼の作戦。
油断している敵を奇襲でふたり倒して、あとのひとりは捨て身で足止め。それで、あたしだけが逃げる時間を稼ぐ。
なにそれ。あたしのために死ぬ気?
クレイブは敵と取っ組み合いになってる。当然、腕どころか背中をぐっさり刺された彼の方が不利。
今にも殺されそうだった。
死んで欲しくなかった。
弾かれたように、あたしは動いていた。
カバンをまさぐって、獣の爪を放り投げる。それを供物に、猪を召喚した。
彼の上に覆い被さった敵へ、突進させる。
「なんだ……!?」
何も見えてない彼は、当然、驚いた。
「ラッキーだよ。猪が突っ込んできた」
駆け寄って、そう教えてあげる。
「フゴッ、フゴッ」「このっ……」
盗賊と猪がやり合っている音が聞こえてきてる。
「今のうち、ほら、立って」
体を起こしてあげようとしたんだけど、ムリ。重っもい。
「私はいい。君ひとりで逃げろ」
「なんでよ」
「私はろくに走れん。君ひとりの方が速い。行け!」
「でも」
「急げ!」
焦るのもしょうがない。
猪が武装した盗賊をやっつけるなんて、そんな期待できないよね。でも、やっつけたんだよね。
追加で熊も出しといたから。
「どっか行ったよ」
「なに?」
「盗賊、どっか行った。猪に追いかけられて」
さすがに、ありのまま起こったことは話せない。
「そんなバカな」
「いや、猪っていっても、めちゃくちゃデカかったからね。熊並みだったよ」
「確かか」
「うん。もう誰もいない」
「信じられん……助かったのか……」
「いやいや、助かってない。その怪我、ヤバいよ」
「怪我はないか」
「いや、だからさ。あたしは大丈夫なんだけど」
どうやら、あたしの話はよく聞いていないみたい。聞く余裕なんてなかったんだろうな。
「よかった……」
そういって、彼は気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます