ライアーウィッチ

松井千悠

第1話

「るんっるるん」

 今日は思い切って街に来てみた。パン屋からもれるいい匂いとか、土産物屋がのぞかせるガラス細工やら何やらのきらめきに、次々と目移りがする。

 やっぱり、歩いているだけで楽しくなる。

 人間の街は物があふれていて、いつ来ても飽きる気がしない。

 服屋に立ち寄ると、ビロードのスカートに目を奪われた。そうしていると、急に。

「ご試着なさいますか?」

 って、話しかけられた。

「あわわわわ」

 あたしはフードの端を引っ張って、目深に被り直す。しっかりと目を隠して、そそくさ店を出た。

「急に話しかけないでよ。びっくりするじゃんかよ」

 小言をこぼしながらも、気を取り直して別のお店へ。

「わぁお」

 それは、店の中で一番目立つところにあった。

 台の上で、すらりと立つマネキン人形。その首に下げられているネックレスが、あたしの目にまばゆく映った。

 もっと近くで見たいというのは、さけられない欲求だった。

「きれー」

 つい、上を向いて眺める。

 そうして見惚れているわたしに見惚れる人がいた。

「お客様も、なんときれいな目を……」

 店員が話しかけてきたかと思うと、次の瞬間には、これだった。

「……って、きゃああ! 魔女!」

 見られてしまった。虹色の、魔女の目を。

「やばっ」

 急いで店を出たけど、目の前に衛兵がいた。早いな。

 ここ、高級店だからかな。出入り口の近くに、がっしりとした大男が控えてたっけ。

「まあ、待って待って。落ち着いて。あたしはこの通り、確かに魔女。だけど、別に敵じゃないから」

 怖い顔した衛兵をなだめようと試みる。

 結果は無残だった。

「グザール帝国の手先め!」

「だから、それ、あたしじゃないって」

「貴様らのせいで、多くの騎士が帰らなかった!」

「いやいや、なんの話……」

 そうこういって睨み合っている――というより、一方的に睨まれて剣を突きつけられている間に、ぞろぞろと集まってきた。

 衛兵の増援だ。

「捕えろ! 手足を斬り落としてでも!」

 仲間が増えて、気が大きくなったか。急に、いきおいよく襲いかかってきた。抵抗の意思のない、この、愛くるしいあたし様に向かって。

 なんてひどい奴らだ。

 剣はよけたけど、腕をかすめられちゃった。血が出たし、何より、お気に入りが台無し。とんがりフードとかわいいコートが一体になった、おでかけのいっちょうら……

 あたし、裁縫は得意じゃないんだから!

「かっちーん」

 斜めにかけてたカバンから、供物くもつを取り出してやった。

 種もみ。

 これをばら撒いて、魔力をひょいって流して、弾けさす。

 バチバチバチッ、と。爆竹みたいな炸裂を起こして、大の男どもをビビらせてやった。

 この隙に、すいーっと空に浮かぶ。

 剣やら槍やらは、もうあたしには届かない。

 ひとまず傷を治そう。あたし自身の血をちょっとばかし供物にして、魔術を行使。腕の傷をふさぐ。

 どうだ。この自己再生力。まいったか。

 お次に、カバンから蛇の抜け殻を取って、下に投げつけてやった。

「これでもくらえ」

 抜け殻が光をあげて消えると同時に、ワラワラッ、と。生きた蛇が光の中から何十匹とあふれ出る。

 そんで、あっちっこっち散っていく蛇に、街の人間たちはキャアキャアと取り乱した。衛兵たちも、蛇の対応に追われてあたふたあたふた。

「へへんっだ」

 魔女の力に、せいぜいおののくがいい。蛇に毒はないけど、噛まれたら痛いよ。

「あっかんべ」

 毒蛇だぁ、とかいって騒ぐ人間たちを尻目に、あたしは街の外へ飛び去る。


 あーっ、むかつく。

 善りょー最ぴゅあなあたし様と暴虐の魔女なんかを一緒にするなっての。

 これだから。まったく。

 街は好きだけど、人間は嫌いだ。

 あぁ、もう。イライラすると余計に疲れてきた。ほうきに乗って……あぁ、もう! 街に置いてきちゃった!

 箒がないと長く飛べない。

 とりあえず地面に下りて、さて、どうしよ。

 箒がないと、家まで遠い。かといって、今、街に取りに帰るのはやめといた方がいいよね。

 というか、宿に置いておいた荷物、どうせもう捨てられてそうだし。

 しょーがない。

 歩いて、休憩して、飛んで、歩いて、休憩してってして、地道に帰ろう。

 ……くっそ、めんどくさすぎる。

 箒ならひとっ飛びなのに。

 だいたい、なんであたし様がコソコソ郊外で隠れ住まなきゃいけないんだよ。

 眺めのいいお城に住みたい!

 キラキラなドレス着たい!

 イケメン王子様とあまーい恋がしたい!

「はぁ……」

 暴虐の魔女たちのせいだ。

 ところ構わず人をさらって、供物にして、そんなこと続けてたら嫌われるに決まってる。

 あたしはやってないってのに。

 魔女の力に目覚めたからって、悪用するバカばっか。そのせいで、魔女ってだけでひどい扱い。

 バカどもみたいに、魔術を兵器に使いたがる帝国に与すれば、迫害はされずに済む。けど、戦争に利用される。

 それは絶対にヤ。

 かといって、帝国と敵対する公国に行けば、さっきの有り様。

 他に行くとこがあればいいけど、ない。

 海を渡るのは怖い。

 結論、森に隠れて、ひっそりひとり暮らし。

 寂しいだろうがよぉ……

 とにかく、人間社会にまざるためには、この目立って仕方ない目を何とかしないとダメ。いや、顔も覚えられたかもだし、目だけじゃダメかも。

 顔を丸ごと誤魔化せる魔法ができればいいんだけど……

 幻術。

 苦手なんだよなぁ……

 なんて、考え事しながら、森の中をしぶしぶ歩く。


 しばらくすると、人の気配を感じた。

「ありゃりゃ」

 傷だらけだ。兵士かな? 剣をさげてる。

 でも、鎧とかなくて、服は汚れまみれ。木の幹に背中を預けてぐったりしてる。

 火傷みたいな傷で、両目が塞がれてるみたいだった。

 たぶん、魔女にやられたな。

 剣とか矢でこんな傷はできない。魔女討伐隊の騎士が、残念無念、返り討ちにあったって感じか。

 近づいてみると、向こうから声がかかる。

「誰か、そこにいるのか」

「いるよ。あのぅ、大丈夫?」

「…………」

「じゃ、ないよね」

 フードを脱いで顔を出してみた。けど、魔女だと騒がれない。本当に見えてないね、この人。

 はっはーん!

 とってもいいことを思いついた。

「ラダーン公国の騎士?」

「ああ」

「ねぇ、もしかして、すっごく困ってるよね? 医者まで連れてってあげるよ」

「それは……かたじけない」

 にっしっし。

 こいつ、あの街の騎士だ。

 戦で負けて、仲間とはぐれて、目も見えないから帰れなくて、何日もさまよって、ついには野垂れ死そうになってる――ってとこかな。

 要するに、あのむかつく街の奴らの仲間だ。

 ちょうどいい。

 まだ腹の虫はおさまってない。あたしは怒りっぽいのだ。もうちょい腹いせさせてほしい。

 どうせ死にそうだったんだし、問題ないよね?

 節度のはんい内だ。

 うん。

 連れ帰って、供物にしてやる。

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