第5話 信じてもらえない辛さ
現在時間軸です。
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さぎりは、職を求めて、今日も今日とて、帝都に繰り出す。
お供に連れているのは、懐いている子狐である。
この子狐、宿に置いていこうかと思ったのだけれど、さぎりにぴったりくっついて離れないのだ。
外に出るときも、その体が小さいのを良いことに、さぎりの首周りに襟巻のように巻き付いており、きょろきょろと周りを見ながらも、離れる様子がない。
「子狐ちゃん、そんなにくっつかなくても大丈夫よ?」
「きゅん……」
「くっついてたいの?」
「きゅーん!」
「なら、仕方ないわね」
嬉しそうに尻尾を揺らす子狐に、さぎりは微笑む。
そうして道を歩いているところで、さぎりはふと、大通りから少し逸れた小道に、きらりと光る物が落ちていることに気が付いた。
駆け寄ってみると、それは美しい懐中時計であった。
銀色のそれには、繊細で美しい細工が施されており、その値の高さは、時計に詳しくないさぎりにも感じ取れる。
きょろきょろと辺りを見回すと、小道の先の角を、官憲の姿をした者が曲がるところが見て取れた。
「……もし! お待ちくださいませ」
さぎりは必死に走り寄り、小道の先の角を曲がる。
すると、立ち止まっていたらしい男にぶつかってしまい、さぎりはしたたかに男の体に鼻をぶつけてしまった。
「痛……す、すみません」
「何用か」
冷たく怜悧な瞳で見られて、さぎりは思わず身を竦めてしまう。
そして、その髪の色が白銀であることに気が付き、さらに青ざめた。
この国で、白銀の髪といえば、六大公爵家の一つ、治癒の力を持つという
あまり、良い評判は聞かない、あの。
男は、震えるさぎりの手元に目をやると、汚いものを見るように、目をすがめた。
「お前、その時計を盗ったのか」
「ええ!? ち、違います。落ちていたから、その……」
「返せ」
乱暴に時計を取り上げられ、さぎりは驚きながらも、やはり彼が時計の持ち主だったのかと、その顔を見上げる。
美しい男だった。長い髪を後ろで一つに結んでいる。年の頃は、二十半ば程だろうか。
そんなふうに見上げるさぎりを、その灰色の瞳は、冷たく射抜いていた。
「女。お前、その痕を消してもらおうと、擦り寄っているのか」
「えっ」
「盗った上で恩を着せるつもりなのか、見張っていて落としたところを狙ったのか」
「……!? ち、違います! 私、そんなこと」
「卑しい女狐が。我らの力を、お前のような下賤の者に使うことはない。立ち去れ」
男は、ふんと見下した顔をした後、背を向けて立ち去ろうとした。
さぎりは呆然としていた。
火傷痕で、避けられることは覚悟していた。宿を取れなかったことも、受け入れた。
けれども、親切を素直に受け取って貰えないとは思わなかった。
そのことが、こんなにも、心を壊すものであるとも……。
ぽろりと涙がこぼれたところで、首元に巻き付いていた子狐から、禍々しい色の炎が立ち上がった――狐火だ。
目を見開くさぎりの前で、その炎は目の前の男の全身にまとわりついた後、そのまま男に吸い込まれてしまった。
「こ、子狐、ちゃん?」
「きゅん!!」
「一体何を……」
「なんだ。今度は動物と話をしているふりか? 気味の悪い」
男はそう吐き捨てると、今度こそ、その場を去っていった。
どうやら不思議なことに、今の狐火、男には見えていなかったらしい。
立ち去った男の後ろ姿を見ながら、さぎりはもう一度、子狐に話しかけた。
「子狐ちゃん。一体何をしたの?」
「……」
「酷いことをしたらだめよ? 恨みを買うのは貴方のために良くないわ」
子狐は、悪戯が見つかったときの
仕方がないので、子狐の頭をつんと指で小突くと、「きゅん……」と小さく、鳴き声が聞こえる。
そうして、後ろを振り向いたところで、視界に小さな老婦人が映ったものだから、さぎりは悲鳴を上げてしまった。
「す、すみません!」
「いいんですよ。驚かせてしまったみたいですからね。それにしても、お嬢さん。大丈夫でしたか?」
上品な着物を身にまとい、色の抜けた白い髪を綺麗にまとめ上げた、美しい老婦人だった。瞳の色は、紫色だろうか。
どうやら、この老婦人は、さぎりが先ほどの男に冷たくあしらわれているところを見ていたらしい。
「大丈夫、です。お恥ずかしいところを……」
「恥ずかしいのはあちらの方ですよ。私は、貴方が時計を拾って届けようとしたところを見ていました。民のための官憲だというのに、酷い人も居たものです」
「……いえ。私が、こんな見た目だから、仕方がないんですよ」
力なくさぎりが笑うと、耳元から悲しそうな「きゅん……」という鳴き声が聞こえる。
「そんなふうにご自分を粗末になさると、そちらの子狐様が悲しんでしまわれますよ」
ハッと顔を上げるさぎりに、老婆は優しく微笑んだ。
その美しさに、さぎりはつい、見とれてしまう。
「ところで、お嬢さん。行く宛てはあるんですか?」
「え?」
「いえね。実は、家のお手伝いをしてくださる方を探していたのですよ。その角のところで、お仕事を探されていたでしょう? ですから、声をお掛けしようと思って追いかけたところで、今の現場を見てしまったんです」
さぎりは、目の前がパアッと明るく開けたような気持ちになった。
仕事。まさかの、求めてやまなかった、職が、目の前に!
「仕事、探していました! 是非やらせてください!」
「ふふ。内容を聞く前から、やると決めてしまって良いのですか?」
「はい! なんでもやります、一生懸命働きます!」
「きゅん、くぅーん!」
喜ぶさぎりと子狐に、老婦人はころころと笑いながら、近くの茶屋に二人を案内する。
そうして、仕事の内容を改めて説明し、さぎりは一も二もなく、頷くのだった。
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