第3話 狐付きの火傷娘の働く場所はないらしい

現在時間軸に戻ります。


    ―✿―✿―✿―


 さてはて、家を追い出されたさぎりは、職を見つけるべく、帝都を奔走していた。


 そして、見事に惨敗し、公園のベンチに腰掛け、ぐったりとしてうなだれていた。


「きゅーん……」

「ごめんね、子狐ちゃん。不安になっちゃったね」

「きゅん……」

「大丈夫よ。ほんの少しなら蓄えがあるから、暫くは生活できるんだからね」

「……」


 さぎりの隣に座り、彼女の膝に頭を置いた子狐は、心配そうにさぎりを見上げている。

 そんな子狐を、さぎりは優しく撫でた。

 気持ちよさそうにしている子狐は、安心したのか、目をとろとろさせて、眠そうにしている。


 さぎりは、住み込みの奉公先やカフェでの給仕の仕事を探して、手当たり次第に何件も訪れて回った。

 しかし、求人を掲げていた者達は皆、さぎりの首元や手の無数の火傷を見て、顔をしかめ、けんもほろろに断ってくる。


「うちは客商売だ。そんな怪我人みたいな見た目じゃ、雇えないよ」

「狐付きぃ? 動物は入れられないね」

「何をしたらそんな怪我をするんだ? 気味が悪い……家の中に居たら辛気臭くなるじゃあないか」


 そう言われてしまうと、もう何も言えることは無い。ただ頭を下げて、その場を立ち去るだけだ。

 そうして、結局どこ行く宛てもなくなってしまったところで、この公園にたどり着いたのである。


 さぎりは、眠ってしまった子狐を撫でながら、撫でている自分の手を見つめる。


 火傷の痕だらけで、醜い手。この傷は、手先だけのことではない。

 なんとか顔だけは守ってきたけれども、首からほんの少し、頬にかけて、跡が残ってしまっている。


(まさに、醜女しこめね……)


 わかっては居たけれども、こうも言葉にされると、胸が痛い。

 ぽろりと涙が零れ落ちて、さぎりは慌てて涙をぬぐいながら、止まらない涙に、子狐が眠っていてよかったと安堵する。


 この四年間、外に出られない希海のぞみに付き添い、ほとんどの時間を屋敷の中で過ごしていたから、大したことはないと勘違いしてしまったのだ。

 できるだけ鏡を見ないようにしてきたこともあるが、何より、優しいの人が、さぎりを醜くないと言ってくれたから、さほど気にすることなく、ここまできてしまった。


 火傷があるから、身を売ることもできない。

 客商売も、難しい。

 そうすると、さぎりにできることはあるのだろうか。


 ……職探し、かなり苦戦する覚悟をしなければならないかもしれない。


 さぎりは唇を噛みしめ、もう一度、涙をぬぐった。



    ―✿―✿―✿―


 その後、その日のうちの就職を諦めたさぎりは宿を取ろうとしたけれども、それも一苦労だった。

 火傷の痕を見た宿の者達は、うつる病気ではないかと、さぎりを宿から追い出してしまうのだ。

 うつる病気ではないと納得してもらったとしても、動物連れの宿泊というだけで断られることもあった。


(まさか宿まで取れないなんて)


 仕方がないので、さぎりは袖頭巾と手袋を買い、火傷を隠しながら、子狐を鞄に隠し、宿を取った。

 相部屋ではなく個室を取ったから、子狐のことはばれないだろう。


 部屋に着き、子狐を鞄から出すと、なぜか子狐が悲しそうに涙をぽろぽろと流し出した。


「子狐ちゃん!?」

「……」

「痛いところがあるの? おなかがすいたの?」


 ぷるぷると頭を振る子狐は、ただただ、しくしくとその場で泣いている。

 その場に狐火が出たり消えたりしているのは、子狐が、暴走しそうになる異能の力を必死に抑えているからのようだった。どうやら、この子狐も、狐火を使うことができるらしい。

 人間以外にも異能の力があるとは知らなかったけれども、あの萩恒はぎつね家にいた狐なのだし、そういうこともあるのだろう。


「もしかして、宿を断られたこと、気にしてるの?」

「きゅーん……」

「ふふ、大丈夫よ。あんなの、子狐ちゃんのせいじゃないわ。断られた理由の殆どは、私の火傷痕なんだから」

「……!」


 気を使って明るくそう告げると、子狐はさらに涙を増して、きゅんきゅん泣き始めてしまった。


「子狐ちゃん、し、静かに! だめよ、ばれたら追い出されちゃうわ」

「……!!」

「どうしたらいいのかしら……悲しいことがあったの? 大丈夫よ、こっちにおいで」


 さぎりが招き寄せると、子狐は大人しくさぎりの膝の上に乗ってくる。


「大丈夫、大丈夫。さぎりが付いてますからね」

「きゅーん」

「良い子良い子。さあ、ご飯にしましょう」


 さぎりは、二人前の食事を用意し、一人分を子狐に与えた。

 萩恒家に居る頃から、この子狐は、人間と同じ食事を所望するのだ。狐は雑食だというし、まあそういうこともあるのだろう。


 腹が膨れて眠そうにしている子狐を、さぎりは湯に入れて洗い、トイレにいざない、ベッドの上で寝かしつける。

 そうして、子狐が眠りについたところで、自分も湯あみのため、宿の風呂を借りた。


(小さな宿でよかった。このお風呂、一人ずつしか入れないわ)


 この火傷だらけの体で、大浴場に入ろうものなら、きっとつまみ出されてしまう。


 そう苦笑しながら、さぎりは湯につかる。

 精神的にも肉体的にも、疲れ切っていたところに、湯の暖かさが沁み入るようだった。


(これから先、がんばらなきゃ。子狐ちゃんを泣かせている場合じゃあないわ!)


 さぎりは、湯の中でうずくまったまま、落ち込んでいる場合ではないと、拳を握って奮起するのだった。



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