護衛を頼まれる(前編)「ヤレヤレな展開」

 私には、未だに悩む課題がある。それは何が正義で、何が悪かということ。あのゴブリンは確実に正義だった。魔物とは思えない程の優しさがあった。ゴーたんもそう。

 だから時々思うんだ。人間にだって悪はいるじゃない? と。むしろ人間の方が狡猾で、下劣な場合もある。これはそんなお話。

 私は、いつも通り人々を守るべく警備をしていた。すると、前から先輩のレドルさんがやってきた。

「マアロ、お疲れ様。交代しよう、少し休め」

「ありがとうございます! では、カナリアおばさんの食堂に行ってきます」

 私は会釈してその場を後にする。食堂に着くと人だかりができていた。昼時はもう既に少しすぎている。いくら人気のある食堂だからと言っても、ここまで人が溢れかえったりはしないはずだ。

「どうしたんですか?」

 私は囲む人に声をかけた。

「ああ! マアロちゃん! それが大変なんだ。あの貴族の坊ちゃんが……」

 その人が指さす方を見てみると、貴族であろう子供と召使いの人がカナリアおばさんと揉めていた。

「だから! いくら払えばお前を雇えるんだと聞いてるんだ!」

「あたしゃいくら貰ってもここを離れる気はないよ。召使いさんからも言っておくれ」

「坊っちゃま、あまり我儘を申されては……」

 召使いの人の制止も聞かず、駄々をこねる貴族の子供に、私は道を開けてもらい叱る。

「君、カナリアおばさんを困らせたらダメじゃない」

「なんだお前は?」

「私はマアロ。見ての通り騎士よ」

 兜は脱いだが鎧は着けたままの私を見たその子は、ふうんと私を見定めて言った。

「お前中々良さげだな、俺の専属騎士にしてやってもいいぞ」

 私はそれを聞いてため息をついた。私は一応、モテる。だがこんな子供にまで色眼鏡で見られては堪らない。

「お断りします。あなた、名前は?」

「バージェス=ゴードだ。文句あるか?」

 ゴード家か……、あそこは金で何でも手に入れようとする貴族だ。人から好かれるような家柄ではないが、子供にまでこんな教育をしているのでは、先が思いやられる。

「バージェス君。世の中にはお金では何とも出来ないこともあるのよ? 人に礼儀を示し、何か恩を受けたら感謝を示す。それすら出来ないようでは、人としてはダメよ」

「ふん、お説教か? 騎士風情が生意気だぞ! 俺は貴族の子だ。偉いんだ。俺の親父が何をしてるか知ってるか? この国の公務で世の中を動かしているんだ!」

 金勘定で世の中を見てしまってはいけない、そう言いたいが頑固そうで言っても聞かないだろう。私は考え、こう言った。

「ではこうしましょう。あなたの屋敷の腕自慢を連れてきて私と腕相撲をしてください。あなたの屋敷の人であれば何人連れてきても構いません。それであなた側が勝ったら、私はあなたの専属騎士になりましょう」

「カナリアは?」

「巻き込む訳には行きませんから私だけでお願いします。それともあなたの屋敷の腕自慢は私程度も負かせない人たちなのかしら?」

 それを聞いたバージェス君は、ムッとして召使いに人を呼ぶように伝えた。

 暫くして、ゴード家の屋敷の腕自慢が十人ほど集まった。

「はっはっはっ、坊ちゃん! これはいい提案をなさいましたね」

「可愛いお嬢さんだな」

 男たちは私を見て笑う。私は黙って腕相撲の構えを取った。

「誰からでもどうぞ」

 周りの人はゴクリと唾を飲む。だが、一人目の男の腕を倒すと、ワッと歓声が上がった。

「馬鹿野郎! 何してるんだ! クビだ! お前なんかクビだ!」

「か、勘弁してください! この女、めちゃくちゃ強え……」

 そうして次々と相手していき、十人目の男の腕を倒した。

「約束は守らないとダメよ? 男の子でしょ?」

「ぐぬぬ……」

 バージェス君は私を睨んでいたが、諦めて手を広げた。

「俺たちの負けだ。今回は引こう。だけど諦めないからな! マアロ、次は絶対専属騎士にしてやるから!」

 負け犬の遠吠えを吠えながら、帰っていくバージェス君たち。カナリアさんは謝意を私に伝えた。

「ごめんね、マアロちゃん! 疲れたろう。飛びっきりのご飯を用意するよ!」

「やっとご飯が食べられるー!」

 私は椅子に座って料理を待つ。何故私が十人もの男たちに勝てたか? その秘訣は秘密だ。

 出てきた料理を頬張り、私はご飯を食べていた。周りの人も落ち着いたのか帰っていく。

 ご飯を食べ終わった後、伸びをした私は持ち場に戻ろうとした。

 すると先輩のレドルさんが息を切らしてやってきた。

「ハァハァ……。マアロ! 大変なことになったぞ!」

「なんですか? 落ち着いてください」

「ゴード家が隣街であるローディアに行くらしいんだが、何故か護衛にマアロを指定してきたんだ!」

 ははーん……。あの坊ちゃん、タダでは転ばないのね。私はため息をついて、先程の経緯を話した。レドルさんは呆れて腰に手を当てた。

「なかなか戻らなかったのはそのせいか。まったく、ゴード家にも困ったもんだな。国王様は国の騎士を複数人遣わすことは避けたいと言われたから、マアロ一人で護衛につくことになったんだ。大丈夫か?」

「私は大丈夫ですけど、他に護衛はつくんでしょ?」

「それが、屋敷の護衛全員クビにしたらしく、新しく雇いに行くのにローディアに行くとのことなんだ……。だから、今から雇うだろうが、何人行くことになるか……」

 私はため息をつく。もう何度目かわからないため息だ。これだから貴族は嫌いだ。一部を除いて、金でなんでも解決しようとする。今回のことを国王様が許しているのは、きっと沢山金を積んだんだろう。

「わかりました。お受けします」

「……いいのか?」

 私は頷いた。こうなったら何がなんでも無事送り届けてやろう。

 次の日、準備をした私はゴード家の前にいた。

 家から出てきた、如何にもお金持ちのバージェスの父親と母親、バージェスを迎え、馬車に乗せた。召使いの人が馭者になり、手綱を握る。その手は震えていた。これから外に行くのだ。当然魔物も出る。対して……、護衛は私一人。もし盗賊でも出れば、私一人では守りきれないだろう。

 そして、盗賊が出ることは確定している。今も視線を感じる。だが、私は気付かぬ振りをした。

 そうして旅に出る。ローディアまでは馬で三日はかかるだろう。それなりの食料と、向こうで人を雇うためのお金を積んでいるので、馬の負担も大きい。

 私はため息をついて、街から進むのに前に出る。私は敢えて軽装にした。護衛に重装備では動きが鈍る。それこそ、隊を作って護衛するならわかるが、一人では意味がないからだ。

「頼むぜ! マアロ!」

 バージェス君の気持ちはわかる。バージェス君の気持ちはわかるんだが、何故父親と母親が私一人に護衛を任せたのかがわからない。

「ご主人、何故私一人を雇ったのですか?」

 私は聞いてみた。すると驚きの回答が返ってきた。

「バージェスから、男十人でも歯が立たなかったと聞いた。それならば、任せられると踏んだんだ」

 私は呆れてものも言えなかった。別に十人いっぺんに相手したわけでもない。一応声はかけたらしいのだが、集まらなかったということで、人望のなさも伺い知れる。そして、この家族の無知さがこれから起きる惨劇の一端になっていることを知ってほしかった。

 半日ほど歩いたところで休憩をとった。日が暮れるまでには、ある地点に行きたかったので、街道を焦らず走っていたのだが、やはり馭者となった召使いさんの負担が大きかった。

「……すいません」

 泣きながら謝る召使いを責める気はなかったが、バージェス君は叱る。これがいたたまれなかったが、雇い主はゴード家だ。とやかく言う資格はない。

 ……このままこの召使いさんもクビになった方がいい気がしていたが、召使いさんはこっそり首を横に振る。

「坊っちゃまは本当はいい方なんです」

 旦那様と奥様は口には言えませんが、と言う彼女は、バージェス君の良いところを言っていく。

「私が放り投げてはあの子の進む道は茨です。だから私だけはこの職に食らいついてでも坊っちゃまの傍にいるんです」

 それでもクビになったら意味ないと思うが、何度も頭を下げ、給金が下がっても召使いとしていたと言う。

 ここまでしてもらってわからないのか、あの子は。私はやれやれと首を振った。

 休憩を終え、中継地点までの道。小さな村が見えてくる。村で宿をとって、その日は休んだ。もっとも、私は寝ずの番をしたが。

 ローディアに着くまでは私は休むつもりも気を抜くつもりもなかった。そして、宿の部屋の前で、ずっと立っていた。

 召使いさんがお茶を入れてきてくれて、立ち飲みした。

「マアロさんも少しは休んでください」

「大丈夫。私、体力には自信があるから」

 やがて日が落ち夜がくる。私は気を引き締めた。だがその日は何も起きなかった。ほっと一息、すぐに支度をしてローディアに向かう。

「ちょっとは寝させろよ!」

 ここぞとばかりにわがままを言うバージェス君。

「男の子でしょ。しっかりしなさい」

「しかしそう慌てんでもいいんじゃないかい?」

「私はマルシェアの騎士です。国王様に仕える騎士なんです。あまり無理強いをしないでください」

 マルシェアは城下町。ローディアに向けて発った街の名だ。

「うむむ、すまぬ……」

 国王様のことを出せば引き下がるのはわかっている。

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