正義とは何か。騎士マアロの想い

みちづきシモン

あのゴブリンが討伐されてから

 私はいつもお祈りを捧げる。教会の神父様のところで、神に祈りを捧げる。感謝、それこそが大切なあのゴブリンの教え。

 ゴブリンに教わったなんて、おかしいと思う人が多数だ。ゴブリンは、体が緑色で、野蛮で人を襲い、食料を奪ったり、弱い人は命を奪われたりする。卑劣な魔物で、罠をしかけたり弱いものとしか戦わず、強い者と相対するとすぐ逃げる。強欲な生き物で、襲われた若い女性が孕まされたなんて話まで聞く。

 集団でいることも多く初心者の冒険者たちの最初の試練である。

 私は騎士だ。国を守る騎士として騎馬し剣を振る。魔物から人々を守る存在。誰もが憧れる存在。だが幼少の頃、ゴブリンに助けられたことがあるのだ。

 そのゴブリンは随分老いていた。そして、私に感謝と礼儀を教えてくれたのだ。小さな頃、手を合わせて「いただきます」をすることですら、適当に済ませていた。だが、魔物であるゴブリンですら感謝をすることに驚き、私は感謝の心で手を合わせてみた。するとどうだろう、心にポゥっと炎が灯った気がしたのだ。

 その後、そのゴブリンは私を探しに来た騎士の人達によって討伐された。私は泣いた。騎士の人達は、私を助けに来たと言った。だが、あのゴブリンを殺す必要はなかったはずなんだ。あのゴブリンは悪ではなかった。

 そのことを何度説明しても、「あれは魔物だから。君は惑わされてるだけだ」と、取り合って貰えなかった。私は諦めた。もうあのゴブリンは生き返らない。あの村落から逃げ延びたゴブリンもいるが、あのゴブリンほどの感謝と礼儀を持つ魔物には出会えないだろうと思う。

 だからせめて、私は祈り感謝する。あのゴブリンはきっと、導きの神グラーツェ様の元に連れて行ってもらえてるはずだ。「ありがとう」名も知らぬゴブリンさんよ。

「今日も例のゴブリンのために神にお祈りかい?」

 神父のポリフェさんが笑いかける。私の話を唯一ちゃんと聞いてくれた人だ。

「ダメですか?」

「そりゃあ、騎士としてはダメだろう。でも、君にとっての正義とはそこにあるんだろ? ならば、それは君にとっては間違いじゃあない」

 笑って話すポリフェさんに感謝の意を示し、私は教会を後にする。私はまだご飯を食べていなかったので、食堂に寄った。

「マアロちゃん、こんにちわ。食べてくかい?」

「うん、いつものください」

 私はガッツリ肉料理を食べる派だ。運ばれてきた料理を見て、手を合わせ、食事と今ある幸せに感謝し、いただきますを言った。

 丁寧にペロリと食べ尽くした私は、お代を払い、食堂を後にした。

 騎士だからこそ馬と共にある。鞍をしっかり着けた騎馬に乗り街をぶらりと進む。時々少年少女が手を振ってくるので返す。兜を着けた私も顔を覚えられてるので、よく声をかけられる。

 唐突に街の鐘が鳴った。緊急事態の鐘だ。私は顔を強ばらせ馬を走らせ現場へと急ぐ。

 魔物の群れが、この街で暴れていた。その魔物たちは子供を攫おうとして、襲いかかり街の人の抵抗の中暴れていたようだった。

 この街は魔物の住む森と少しだけ近い。だから、人々は私たちの助けを必要としている。

 私が一番に駆けつけたので対処した。その魔物を斬りつける。……ゴブリンだ。

「ゲギャーーー!?」

 首を刎ねて呆気なく終わる。人々にとって脅威のゴブリンも私にとっては簡単に殺せる魔物。それがとても悲しかった。そう……、簡単に殺せるのだ。私はそれなりの力を得てしまった。そして、あのゴブリンと同種族のゴブリンたちを手にかける人間になってしまった。

 最初は、クマや狼から身を守るためだと教えられた。それが段々強くなっていって、いつの間にか私は騎士になっていた。才能があると言われたがそんなものいらなかった。ゴブリンを殺すと、あのゴブリンの最期がフラッシュバックする。兜で隠れているが、私は今も泣いている。

 必死に逃げろと言ったあのゴブリンを守る力があの時なかったのに、今はいとも簡単にゴブリンや、魔物と渡り合う。それが悔しかった。

「マアロ! 無事か?」

「団長! 大丈夫です。彼を襲っていたゴブリンは討伐しました」

 ゼアス団長と、先輩たちが後からやってきたので報告する。被害はゼロに抑えられた。

「油断はするなよ? お前は魔物に魅入られがちたがらな」

 団長は、あの時私を救った騎士の一人だ。今は黒い甲冑に身を包み黒騎士として街を守っている。

「マアロ、一旦宿舎に帰って正装してくれ。貴族の方がお前の力を必要としているようなんだ」

「……?」

 私は顔をしかめた。貴族は嫌いだ。あの嫌味で上から目線の物言いが癇に障る。

 だが私はそれを見て、考えが一転した。

「これは……!」

 私は正装をして武器を携帯し、ある貴族の屋敷に訪れた。そこで見た光景は異様なものだった。

「ゲギャ」

「ダメよ、ゴーたん。悪さをしてはダメ」

 その屋敷の一室には少女と、ゴブリンの子供がいたのだ。

「お嬢様。どうかそのゴブリンをこちらの騎士様に討伐していただきましょう!」

「嫌よ、爺や。私はここの跡継ぎでしょ? 命令に従えないの? ゴーたんはわたしのことを守ってくれた、大切な友達なの」

 私は目を疑った。そして、団長が私を寄越した訳がわからなかった。

「あら、来たわね。お姉さん、私にゴブリンと仲良くなる方法を教えてくださいな」

 本当に訳が分からない。だから私は聞いた。

「私が昔ゴブリンに助けられた話を誰かから聞きましたか?」

「神父様のお話は私たち子供の中では有名なお話なのよ、マアロお姉さん」

 そういうことか……。きっと彼女の名で理由を話さず私を指名したに違いない。理由を話していたら、きっと団長が来て殺していたに違いないから。

「ご両親はこのことは?」

「それが現在出張中で知らないのです。どうか騎士マアロ様、このゴブリンを討伐してください」

 執事のお爺さんのセリフに真っ赤になってお嬢様は怒る。

「爺や!!! 私の大切な友人を殺すなんて言わないで!!!」

 私は考える。この屋敷にいたらいつか両親が帰ってきて、団長の耳に入り、討伐隊が来る。

 どちらにしてもこのまま放っておくわけにはいかない。私は少し準備をすると言って屋敷を飛び出し、本屋に駆けつけ、二冊の本を買った。それは礼儀や感謝に関する本だ。

 屋敷に戻った私は執事のお爺さんを説得し、二冊の本をお嬢様に渡した。

「お嬢様、お名前は?」

「マリエーヌよ」

「では、マリエーヌ様。この二冊の本を、ゴブリンに読み聞かせてください。そして、ご両親が帰ってくる前にこのゴブリンとお別れすると誓ってください。それが約束できないのであれば、私が今ここでこのゴブリンを討伐します」

 討伐するという言葉を聞いて怒りの目を向けるマリエーヌ様だったが、私の真剣な眼差しに負け。大人しく頷いた。

 執事のお爺さんに聞いた話では二週間後には両親は帰ってくるという。それまでしか猶予はない。それでも礼儀と感謝を覚えてくれたら、もしかしたら人を襲わないゴブリンになるかもしれない。

 それだけが救いだった。このゴブリンには人を襲うようにはなって欲しくない。もし興味を持ってくれたら……。淡い期待が私の中にも生まれつつあった。

 それから私はいれる間だけその屋敷に通って一人と一匹の様子を見た。その様子が私に昔を思い出させてくれた。お爺さんも驚いていたが、ゴーたんはご飯を食べる時手を合わせていただきますをした。食べる時物をゆっくり口に運び、零さず食べて、食べ終わるとごちそうさまをした。遊んだ後は、握手を求め「ありがとう」と言ってくれた。遊び疲れて眠るゴーたんを優しく見守るマリエーヌ様はこう言った。

「ねぇ、これなら皆に認められるんじゃないかしら?」

 正直、私も驚いていた。そして……。

「ですが、人は皆魔物を恐れるものです。ご両親が帰る前に別れることは譲れません」

「じゃあマアロお姉さんが世話してくれない?」

「私は騎士です。きっと、すぐバレてゴーたんは殺されてしまうでしょう」

「……森へ帰すしかないのね」

 そして、私はマリエーヌ様に一冊の本を渡した。

「……マアロ様、ありがとう」

 マリエーヌ様は、私に敬意を示した。

 次の日屋敷へ向かうと、お爺さんが慌てて駆け寄ってきた。

「あのゴブリンが暴れているんです!」

 私は慌ててマリエーヌ様の部屋に向かった。

「ゴーたん、わかって!! お願い! 私も……、私も悲しいの!!!」

「ヤギャヤギャヤギャ!」

 ゴブリンは涙を流していた。私は力いっぱい抱きしめた。

「ごめんね。ごめん。でもここにいたらダメなんだ」

 私が昨日お嬢様に渡した本は、サヨウナラの本だった。それを読み聞かせたため、きっと分かったんだろう。別れが来たと。

「ゲギャゲギャゲギャ!!!」

 私をポカポカと殴る手は弱々しかった。涙がポロポロと落ちる。私も泣いていた。

「ごめんね、でも……、ありがとう……」

 私は感謝を示し、抱きしめた。ゴーたんの後ろをマリエーヌ様が抱きしめる。

 やがて、力を弱めたゴーたんは私たちを抱きしめ返した。

「サヨナラ……アリガトウ……」

 マリエーヌ様は号泣して、ゴーたんの名を呼び続けた。お爺さんもいつの間にか泣いていた。この数日間で、お爺さんにもゴーたんは懐いていた。だから、暴れていても他の騎士を呼ばなかったのだ。

 私は、用意していた箱を準備し、中にゴーたんを入れた。最後に蓋を閉める前にゴーたんは握手を求めてきた。

「ボクタチ、トモダチ」

「ゴーたん……!」

 マリエーヌ様はギュッと手を握り、ゴーたんの手にマジックで星を書いた。

 それは魔法のマジックで、専用の消しゴムでしか消せないマジックだった。

「ゴーたん……、どうか死なないで……」

 お別れを済ませた後、私は箱を閉じ、騎馬に括りつけた。そして馬を走らせ、街から出る。

 街道を少し走ったところにその森はある。奥に行けば行くほど危険度は増すが、贅沢は言ってられない。

 私は、奥まで魔物を斬り進み、泉のある所まできた。そこで箱を下ろし、ゴーたんを解き放った。

「さよなら、ゴーたん。最後にこれを」

 私は三冊の本を渡した。それらは当然マリエーヌ様が読み聞かせたものだ。

「アリガドウ……」

 少し涙で濁ったその言葉に私まで涙してしまう。

「サヨウナラ」

 ゴーたんは手を伸ばしてきた。私は握手を交わし、言った。

「ありがとう。希望をありがとう!」

 私は騎乗し、街へ帰る。屋敷ではいつも通り大忙しだった。ゴブリンは基本的に汚い。体の奥から汚れが湧き上がってくるのだ。そのため執事のお爺さんは一人でせっせと掃除していた。

「手伝いましょうか?」

 私がそう言うと、お爺さんは自分の仕事だからと首を横に振った。

「それよりお嬢様をお願いします」

 私は、マリエーヌ様の部屋に入った。

「……ゴーたんは無事かしら……」

「……きっと大丈夫です」

 ここにまた一つゴブリンとの友情物語が生まれたのだった。

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