Ⅴ 河合優亜

 初めて会ったパパは、随分と小洒落た格好をして、スタイルも全然悪くない、童顔なせいかおっさんというよりお兄さん、みたいな人だった。てっきり、身体から臭いニオイを放つ老け顔のイカつい男を想像していたから、何だか拍子抜けだった。

「この人がパパ、裕一さんね」あっけらかんとババァが紹介する。

「……こんにちは、優亜って言います。よろしく」

 他人行儀よねー、ほら、もっとちゃんと挨拶して、なんてババァがテンション高く突っ込んでくるので「あー、もーウゼェなー」と言って適当にあしらって部屋に戻る。

「これからパパとエッチなことするから、中に入ってこないでねー」

 うるせぇ、クソビッチババァ! 心の中でそう毒づいてから、スマホを取り出して親友の由布っちと他愛のないやり取りを再開する。


優亜「パパきた」

由布「ええ??(LINEスタンプ)」

由布「イケメン?」

優亜「思ったより」

由布「で、何か話した?」

優亜「なんも」

優亜「てかいきなりで話すことなくね?」

由布「そゆもんか」

優亜「そゆもんよ」

由布「で、今何してんの」

由布「パパは」

優亜「これからババァとSEX」

由布「展開早すぎて草」

優亜「これから夕飯の支度するからマジでさっさと終わらせてほしい」

由布「ゆあはえらい子だよ」

由布「人間の鏡だな(LINEスタンプ)」

優亜「ただでさえエンゲル係数低く抑えてるのに一人増えるとかマジで迷惑」

由布「えっ、エンゲル係数って高い方がいいの? 低い方がいいの?」

優亜「高い=クソ」

由布「なるほど理解した」

由布「で、パパとは一緒に暮らすん?」

優亜「シラネ(LINEスタンプ)」

由布「聞いてきなよ今から」

由布「お取り込み中すいません! とか言ってさ」

優亜「バーロー(LINEスタンプ)」

(中略)

由布「てか、そっちは男連れ込むの何回め?」

優亜「聞いておどろくなよ」

優亜「これが初めてなんだぜ」

由布「うそぉ!?(LINEスタンプ)」

優亜「ほんと」

由布「週五で男が入れ替わってるうちの異常さがよくわかった」

優亜「ゆふっちの家の狂い具合もはやウケる通り越してヤバい」

優亜「そこにシビれるあこがれるぅ!(LINEスタンプ)」

由布「いや、マジな話、そのパパきっと本物だよ」

優亜「偽物のパパとか紹介されても微妙なのだが」

由布「そうだけど、そうじゃなくて」

由布「まぁ、何だろね」

由布「幸せに暮らせよ!」

由布「アバヨッ!(LINEスタンプ)」

優亜「るせー!」

優亜「夕飯こさえてくるわ」

由布「いってらー」

 部屋から出ると、パパとババァがそこにいた。普通に洗い物をしたり、テーブル拭いたりしていた。

「しねぇのかよ、エッチ」

「しないでパパと晩御飯について話してましたよー」

 それからしばらく、謎の沈黙が流れた。

「……裕一さん」恐る恐る、言葉にしてみる。

「何食べる? 晩御飯、いつもうちが作ってるの。好きな食べ物、あったら作るけど」

 これだけの言葉を発するだけでも、あたしの勇気エネルギーは全部使い果たされた。もう、抜け殻だ。裕一さんはというと、表情は変わらないんだけどすごく微妙な顔をした後で、こっちを見て、一言。

「ご飯と味噌汁で、どうですか」

「味噌汁ね、わーった」

 あたしは何故かだんだん恥ずかしくなってきて、逃げ込むように台所に立って、調理を始めた。


 裕一さんと二人で、料理している。

 黙々とあたしが出汁をとっている中で、裕一さんは思いの外テキパキと水菜を切り、豆腐を切りしている。

 なんで? 味噌汁作る以前に、この謎シチュエーション誰か何とかして。ババァは普通に風呂入って、のんびりしてるし。いやーマジでホント何考えてんのかなぁあのクソババァ。

「本当に普段から、おうちで料理作ってるんですね」

 裕一さんが感心したように、あたしに話しかける。とりあえずぎこちないイントネーションと敬語がキショい。それに、そんなこと言われたって何て返せばいいか分からない。

「ぼくもね、最近は自炊するようになって、簡単だけど味噌汁くらいなら作れるようになったんだよ。ホラ、出汁入りの味噌とか売ってるの教えてもらって、それで作ってるんだ。だから、優亜さんが」「さん付けやめてキショいから」「あっ、ごめん、その……」「呼び捨てでいい」「えっと、優亜がちゃんと出汁とるところからやってて、偉いなって思って」

「偉くなんかないよ」煮干を取りながら言った。「うちがさ、ママにできるのは、料理と洗濯くらいしかないから。普通に、働かざる者食うべからずなんで」

 しばらく、沈黙。気まずい沈黙。

「学校行ってないのも、ママから聞いたよ」

「うん」更に気まずい話題平気で振ってくるなコイツホントに空気読めねぇのかよ。

「学校って、何であんなにしんどいんだろうなぁ」「いいから具材寄越して」「あっ、はい」

 水菜と豆腐、それに乾燥わかめをパラパラっと振りかけて、味噌をといたら、今日の適当味噌汁は完成。あとはお米が炊き上がるのを待つだけ。セッティングは裕一さんがしてくれた。

「もっと食べたくない? おかず、作ろうか」

「裕一さんが欲しいなら作る。私はいらない」

「そうですか」裕一さんは若干手持ち無沙汰なのか、ウロウロ歩き回っては奇妙な動きをしている。

「何か、することないですか?」

「じゃあ、そこに座って」

 あたしと裕一さん、二人でテーブルを囲む。

「ねぇ、裕一さんってさ、今何してる人?」

「そう、ですね。ぼくは、ええと、その、まず、脳みそに障害を抱えていて、いわゆる、発達障害ってやつなんだけど、それを抱えているから、普通の仕事とかしんどくて。おまけにぼくは一回、犯罪を犯しているから、働くとこ、ないんだ。

 今は、作業所、ってところで働いているよ」

「へぇ」

 ……。

「作業所って、どのくらい貰えるの?」

「ひと月通って、一万とか、そのくらいかな」

「えっ、それでどうやって生きてるわけ?」

「生活保護、って言って分かるかな。

 国からお金がもらえるんだ。その手続きして、何とか暮らしているよ」

「そうなんだぁ。あー、うちも生活保護申請して、作業所で働いて暮らそっかなぁ」

 ……。

「作業所はね、障害持ってないと、働けないんだよ。それに、毎日が単調で、さして面白くもない生活だよ」

「えー、だってワンチャンさー、親が障害持ってたらさぁ、子どもだって障害持ってるってことにはならないの?」

「……どうかなぁ……」

 ……。

「優亜はさ、今、しんどいって思うことない?」

「もう、どうでもいい。学校とか行きたくないけど、ママがそもそもああだから、学校行けとか、そんなん全然言われないし。それにパパだって、あ……」

 ナチュラルにパパって言ってしまった。激烈に、恥ずかしくなる。逃げ出すように、部屋に駆け込んで、戸を閉めた。手当たり次第ぬいぐるみをかき集めて、ベッドに横になってギュッとするけれど、ドキドキが全然収まらない。

 そのうち、ババァが風呂から上がってくる音が聞こえた。二言三言やり取りがあってしばらくしてから、裕一さんの声がした。

 ここにご飯、置いておきますから、ちゃんと食べてください。よろしくお願いします。

「だから、敬語なんかやめろよ、バカ!」あたしは怒鳴った。怒鳴ってイライラしたら、何だか色々なことがどうでも良くなってきた。結局、戸を開けた。ご飯と味噌汁が乗ったお盆を持って、パパがそこにいた。「ごめんなさい……ごめん……」とカミカミで謝るパパに、あたしは言った。

「ママとセックスするんでしょ。終わったら、うちの部屋来ていいよ。また後でゆっくり話そ、パパ」

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