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結局のところ、僕はなにひとつ手に入れることはできなかった。
◆
魔女は死んだ。歴史の中で彼女らが果たした役割についてもう一度検証するにはもう遅すぎるかもしれない。けれどもこれから先、彼女らに関する情報は失われる一方だ。遅すぎるとしても私はせめてできる限りのことをしようとこうして筆をとった。
◆
そもそもの話、人間と魔女の間に恋愛感情は発生しうるのか?
これまで説明してきたとおりに両者の能力はあまりにかけはなれている。弱者から強者にしろ強者から弱者にしろ人間同士みたいな恋愛感情を抱きうるのか?
これははっきりわからないとしか言いようがない。魔女も魔女と同じ時代に生きた人間もすでに死に絶えてしまって話を聞くわけにはいかないから。
まあ例え話を聞けたとしても本当のところを語っているかについてどこまでいっても疑いは残るだろうが……。藍鉄であれば真実をなおさら語ることはないだろう。
◆
僕はいったい何を選択すべきなのか?
友情か愛情か、個人か組織か、過去か未来か。
いずれにしてもそうした形に還元してしまうと陳腐になってしまう。問題はもっと複雑で絡まり合っている。どちらを選択するにしても何かを部分的に失う。
あるいは選択によって何を得て何を失うことになるのかもはっきりわかっていない。
選択しないことを選択することもできる。けれどもそれによって得られるのはせいぜい少しの精神的な平穏にすぎない。
その平穏を重くみるならば選択しないという選択肢は十分に有効だろう。僕の場合はそれをあまり高くは評価していないが。
たとえそれが不十分であったとしても僕は考えるだけ考えて自分の進む道を選択したいと思っている。おそらく状況から見て僕は必ず後悔することになる。選択に関わらず。
もっと早い段階から動いていれば完全に満足のいく結果を得られたのだろうか? 今となっては意味のない質問だが、現状を考察する補助線になってくれるかもしれない。
遡るとすれば彼女と出会った地点になる。現在の状況の中心に立っているのは彼女だから。
もし出会わなかったとしたら、僕たちにもたらされた変化はもっと緩やかなものだったろう。じわじわと陣地を削られていって、どうしようもなくなったところで特攻しておしまい。
出会うことは避けられなかった。だとすれば彼女をもっと上手にコントロールできてればよかった――そんなことは不可能だけれど。
仮に僕が今の状態の知識を持って過去に戻ったとしても彼女を制御することはできないだろう。何百回何千回とチャンスを与えられたとしても同じことだ。
少しはましな行先を選択できるかもしれないがその程度だ。最善を掴み取る前にこちらが擦り切れて、消えてなくなってしまう。
……あまり意味のない仮定だった。結局現状がほとんど必然的であることがわかっただけだ。
◆
1.4万字を超えて終わりが見えてきた、一方で書くことが本当になくなってきた。そんな状況でも無理矢理に1日のノルマ2000字をひねり出そうとすればどうなるか?
大抵の場合、書いている最中及び書き終わった直後は、ひどいものを書いたものだなという気持ちでいっぱいになる。しかし時がたって手直しをしてから見返してみると、案外よく書けている、これはこれでいいんじゃないか、と思えることが結構ある。
これはどういうわけなんだろうか?
私たちはいろんなことを考えてから、考えながら、文章を書いている。しかしその事前の準備はたいして効果をあげていないのかもしれない。
要するに確率の問題だ。きちんと考えてから書けば1%の確率でいい文章が書ける。考えずに書けば0.1%の確率でいい文章が書ける。この数字は適当で現実的を反映したものではない。
そもそもいい文章とはいったいなんなんだろうか?
非常にいい加減な基準で言えば、それは到底他者と共有できるものではないが、ひとかたまりのうちに何かひとつでもきらめくものがあれば、いい感じに書けたと個人的には思える。
どうにもまとまらないことを書いている。これも時間を経てから見返してみれば案外書けていると思えるのかもしれない。今のところ到底そんな風には思えないのだけれど。
◆
打庭国北方に位置する大帝国虎口の魔女・炎戯と藍鉄は戦闘における思想が似通っている。相手に隙があれば自分の状況に関わらず積極的に動く。
大抵の魔女は仕掛けるにあたって先に自身の安全を確保する。彼女らにはその視点が欠けているように見える。
その思考の類似から藍鉄は炎戯の弟子であったという説があり、そうであれば歴沙の戦いは史上稀な師弟直接対決であったことになる。
◆
全然書きあがらなくて残り1000字ぐらいはまあ適当に穴埋めすればいいやと考えつつ急ぎ足で会場に向かう。そんなことをしていられる状況でなかったがさすがにこの用事は外すことはできなかった。
開かれた大きな扉をくぐればすでに雰囲気はできあがっていて、遅れてやってきた人物に特別な視線を向けてくるものはいない。その点に関してはまったくありがたい話だった。
お腹がすいていることに気づいて、朝食にパンを食って以来何も腹に入れてなかったことを思い出す、壁際のカレーに引き寄せられる。ウェイターに適当な量をついでもらう。もっと食えたがまあひとまずこのぐらいでいいだろう。
そんなことをしていると、ふと区切りの記号を1文字から3文字にしてはどうかと思いついた。どれだけ◆のマークを使っているかは知らないが、例えばそれが30あったとしたら3倍になることで60字稼げることになる。
うーん60字か。たかが60字とはいえ追い詰められた私にはずいぶん魅力的な提案に思える。しかしそうすることで区切りの感覚があんまりにも強くなりすぎるような気がする。段落と段落との断絶が私が意図しているものよりもずっと深くなってしまうような。
なーに読んでる側はそんなこと気にしないものさ、なんなら区切りを5文字にでも10文字にでもしてしまえばいい。そうすればもっと字数を埋めることができるよ。私はその決定を後回しにすることにした。やるとしてもそれは本当にどうにもならなくなった時の最終手段だ。
「やあやあ、随分と遅れてのご登場だね」
と言って声をかけてきたのは恰幅のいい髭面の男。どこかで見たことがあるなと思ったのだが、そのどこかは現実感の伴わない場所で、何か古ぼけたイメージを伴っていた。容貌は古風なわりに装いは今風の紺のスーツでぱりっとおしゃれに決めている。
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