5-5 次のトラックに進んじゃった

ナルくんは嬉しそうに

ごろーんって寝返りをうってくれる。


ダウンロード販売されてるASMRだったら

ここでトラックが変わったところだと思った。


ナルくんに『ASMRっぽく』

とリクエストされたこともあってか、

わたしもそんな気分で耳かきを持ち直し、

ナルくんの左耳を見下ろす。


「左耳さんの耳かき……

 ぞーりぞーり、始めちゃうよ。

 こっちもきれいだね。


 これじゃお掃除じゃなくて、

 かりかりって音と感触が気持ちいいだけの耳かきだけど、

 それがASMRなんだもんね?」


「んっ……うん……」


寝言のような返事がナルくんの口から漏れた。

いい感じにウトウトしてきたのかな?

わたしはナルくんの左耳に穏やかに語り始める。


「お次はごろんってしなくていいから、

 このまま寝てもいいんだよ……。


寝落ちしちゃったら、

わたしがナルくんで楽しむから」


「いや、それじゃ何されるか

 分からんくて寝られんぞ」


ナルくんはぱっと目を開けて言った。

ふとももからもナルくんの不安が伝わってくるようで、

わたしは耳かきを上げる。


「あ、ごめんごめん。そうだよね。

 それじゃあ……ナルくんが寝ちゃったあと、

 わたしがすること決めておこっか。


 ほら、動画説明とかトラックリストには

 どんなことするか書いてあるように、

 予め分かってればいいよね?」


「アドリブ聞かせたりしないか?」


「しないよ。使える道具は防音室の中のものだけ。

 耳かき、お水の音、頭なでなでの寝かしつけ

 ……でどうかな?」


「まあ、たしかに。

 防音室にない道具は使えないな。

 この……枕から離れたら流石に俺も分かるだろうし」


納得したナルくんはまたゆっくりとまぶたを閉じた。

アドリブ効かせない自信は……正直ない。


それでもナルくんが快眠できるのが最優先だから、

それは頭に改めて入れよう。

わたしは耳かきをナルくんの左耳に近づける。


「ごめんね、起こしちゃったね」

「いい。ミスって変な音出したみたいなもんだろ」


「うん……初めて生放送でやったときは、

 そういうこともあったかも。


 左耳の中、入れるよ……ず~。

 確かそこの耳かきの箱を

 ひっくり返しちゃったんだよね……かりかり」


わたしはちらりとその箱を見て思い出した。

ナルくんからの返事はないけど、

口元の緩みからそれであってるんだと勝手に解釈する。


「わたしも後でアーカイブ確認したんだ。

 一部の音はノイズキャンセリングされて、聞こえなくなってたよ」


……じょりじょり……ぞりぞり。


「ケーちゃん師匠は笑ってたし、

 チャットもコメントも怒ってるひとはいなくて、

 みんな優しいなぁって思ったよ。


 ナルくんも優しく見守っててくれたんだね。

 あ、この場合は、聞き守っててくれた、かな?」


眠りの妨げにならないような、

でもわたしが話したいと思ったことを囁いた。


ひとによっては声があると寝れないというひと、

オノマトペだけはほしいというひと、

優しく語りかけてほしいひと、

ASMRを聞くひともするひとも様々だ。


ナルくんは、眠りの邪魔にならない程度に

声をかけてあげたほうがいいひと。


「すぅ……すぅ……」


返事の代わりに落ち着いた息遣いが聞こえてきた。

寝てるってわけじゃなさそうだけど、落ち着いてはくれてるみたい。


配信だと話しちゃいけないことが

口から出ないように考えながらで、

話題に苦労する。


でも今は、わたしとナルくんしかいない。

マイクも入ってなければ、

家に誰か来ることもない。


「世の中いろいろ大変だけど、

 ASMRで癒やされに来てるのに

 ぴりぴりしちゃ良くないよね?


『クーちゃんみたいな若造が世の中悲観するなー』

 ってケーちゃん師匠は言うかも?


かりかり……ぞりぞり……。


「話さなくていいけど、

 ナルくんも苦労してるのかも。

 あ、苦労させたのはわたしかな?」


わたしは苦笑いをしながらささやいた。

ナルくんはノーコメントって感じ。


「そんな『ごめんね』な失敗もしちゃったね。

 けど、わたしがASMRを始めた気持ちは、

 ちょっとでも世の中の快眠の手助けになったらいいな

 って思ったからなんだ」


こしゅこしゅ……さわさわ……。


「実際にナルくんはいい感じに眠れて、

 元気になってくれたもんね」


ナルくんは穏やかな息遣いで答えてくれた。

わたしの言ってることを認めてくれてる感じがして、

わたしも穏やかな息遣いになる。


「だから、またナルくんに穏やかに寝てほしいなって、

 すなおに思ったんだよ。

 伝わってるといいな」


わたしは耳かきをナルくんの耳から抜いて、

ゆっくりと口を近づけた。


少しお腹にちからを入れて、

少しずつゆっくりと耳ふ~をする。


こうすると耳ふ~は、

思った以上に技術が必要だって分かるよね。


一気に吹いたら聞いてるひとはびっくりしちゃうし、

マイクが壊れちゃうことだってあるかもしれない。


息の量や長さを調節するのは腹筋だって、

ASMRをするようになって初めて知ったもん。


耳かき終わりのお耳ふ~をしてあげて、

わたしは耳かきを木箱に戻す。


「はい、左耳さんもカリカリおしまい。

 ナルくんどうかな、寝れそう?」


「普段寝る時間じゃないが、

 段々とウトウトしてきた……」


ナルくんは半目を開いて、

斜め下に目線をそらしつつ答えた。


声も少しふにゃっとしてて、

本当に眠気を感じているんだと、

わたしにも分かる。


うとうとしたナルくんもかわいいなぁ。

膝の上のナルくんと目を見てうなずく。


「うんうん、癒やされてくれたみたいだね。

 もっといっぱい聞きたかった?」


「耳かきしすぎるとよくないし、

 他のシチュにしてくれ」


素直にリクエストを言ってくれたナルくんを

わたしは優しく撫でた。

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