5-2 ラブレター、また出しちゃった

あのときはその日に呼び出したけど、

今回はそうもいかない。


フウリに茶道部の部室を借りるのとは違って、

ケーちゃん師匠の防音室を借りるんだからね。


ちゃんと決めてから、

家で落ち着いて手紙を綴ってから出そうと思った。


それとナルくんのことも考えてみる。


ナルくんは家庭教師のアルバイトをしてるらしいので、

その日に呼び出すと大変だと思った。


でもナルくんのアルバイトの曜日がわからない。


「というわけで、コーくんは知ってる?」

「月水木」


「即答!? なんで分かるの?」

「そりゃ教えられない」


わたしはむむむと頬を膨らませてコーくんを見つめた。

なんだかわたしよりコーくんのほうが、

ナルくんのことを知ってる気がして素直にジェラシー感じちゃう。


「別にそれくらい知ってていいと思うけど……。

 おれがナル先輩を取っちゃうわけじゃないし」


「わからないよー。

 もしかしたらわたしより、

 コーくんのほうがナルくんと仲良くしちゃって、

 わたしそっちのけでゲームやりまくったり、

 勉強教わったりするかもしれないしー」


ほっぺを膨らませたまま、

わたしは例え話をした。


するとコーくんは

変な味のジュースを飲まされたみたいな

顔をして黙っている。


「どしたの?

 もしかしてこっそり、

 えっちなASMRを教え合ったりしてるとか?」


「ないない。

 だいたい、ナル先輩はクー姉ちゃんと、

 ケーお――姉ちゃんのASMRしか聞いてないんだろう?

 おれもクー姉ちゃんのしか聞いたことないし」


「そっか……

 ってやっぱりナルくんのことよく知ってるじゃん!」


「これはクー姉ちゃんが話したじゃん!」


「あ、そっか。

 わたしどんだけナルくんのこと好きなんだろうねぇ」


自分で言ってて笑えてきた。

わたしってわたしの気持ちの理解度低すぎ。

コーくんはそんなわたしにやれやれと

ラノベ主人公みたいなリアクションを見せる。


「手紙にして整頓してみたらどう?

 クーちゃんならナル先輩みたいな怪文書にならずに、

 ちゃんと整頓できるしょ」


「も~、わたしの元気の糧を

 怪文書呼ばわりしてー。でもありがと」


わたしはそういって立ち上がり、

コーくんの頭を撫でようとして止めた。

これはナルくんにしたほうがいいよね。


「おう……」


でもコーくんはめっちゃ寂しそうな目を向けてきた。

なので、わたしは結局コーくんの頭を撫でる。


「こんなじゃまだまだ心配だ」

コーくんは少し嬉しそうに言った。



――まさに『決戦は金曜日』ってわけね。

明日だけど。前に行った通り、

防音室使っていいわ。がんばって。


ケーちゃん師匠からそんな返事が来た。

コーくんが使いそうな言葉だと思ったけど、

よくよく考えたら音楽のタイトルだ。

世代的にケーちゃん師匠が好きなのかな?


ちょっと調べたら、

好きな男性に告白しに行く女性の心境を歌ったものらしい。


……なんだかわたしの今の心境っぽく感じてきた。

ドキドキしてきた、どうしよう。


わたしは首を振って机に置いてある便箋に向かう。



――とつぜんの手紙ごめんね。


――ナルくんが興味ありそうなお話がしたくて、

手紙を出しちゃった。


――きっかけは、

風のウワサで『堂々ポップ』さんのASMRで

寝ていると聞いちゃったこと。


――堂々ポップさんはわたしの親戚なんだ。

このことを話したら、

わたしといっしょに見学をしていいと言ってくれたの。


――堂々ポップさんの仕事場に興味はあるよね?

ASMRがどんなふうに収録されているか気にならない?

機材のこと気にならない?


――睡眠導入ASMRに興味があるということは、

安眠や快眠に興味があるってことだよね?

過去に眠りについて悩んでたって言ったよね?


――わたしはそんなナルくんの話を聞いて

『気持ちのいい眠りをさせてあげたい』

といっぱい思ったの。


――どんなことをしたら、

ナルくんは安眠してくれる?


わたしは『ASMR』のプロなんていえないけど、

ナルくんが安眠できるように上手なASMRがしたいの。


収録する現場を見て、

そういうことをお話してくれたら、

わたしも勉強になると思うんだ。


――最初はうまくいかないかも。

でもやってみたい。


――ナルくんが『よく寝れた』と言ってくれたら、

わたしとASMRのこともっとよく分かってくれたら、

わたしは嬉しくなっちゃう。


――放課後、学校に一番近いコンビニに来てほしいな。

待ってるね。



ちゃんとした手紙を書くのって意外と大変だった。

最初に呼び出したときはさささっといけたのに、

今はASMRの台本並みに難しいと感じる。


ううん、ASMRの台本だって、

リスナーさんのことを好きなひとだと思ったり、

好きなひとにしてほしいことを考えながら

書くんだから似たようなものかもしれない。


そっか、段取りも考えないとか。

わたしは便箋に封筒を丁寧に入れながら思った。

封筒はクリアファイルに挟んで、学校のバッグへ。


次にメモ帳を出して、

ナルくんにしてあげたいことを箇条書きにしていった。



以前のわたしは、

どうやって手紙を出したんだろう?


いつもより早めの朝、学校の下駄箱の近くで、

わたしは不自然に突っ立って考えていた。


最近似たようなことをずっと思ってるけど、

今もそう思ったんだから仕方ない。


だってこれ、本当の意味でラブレターだよ?


昨日クリアファイルに挟んだ封筒は、

未だバッグからも出てなかった。


わたしの手はバッグの中で、

宝箱に擬態したモンスターに食べられたみたいに出てこない。


コーくんに言われて、

自分の気持ちを整頓する意味でも書いたけど、

そうしたら本当にラブレターだって、これ。


きちんと書いたからこそ、

相手に見てもらうのに不安が出てくる。

なにせ断られたらわたしどうなっちゃうか分からないもん。


だとしても、手紙を出さなきゃ、

わたしの恋もASMRも進まない。


わたしはナルくんにASMRしたいんだもの。


意を決して手足を動かした。

しっかりナルくんの下駄箱を確認して、

ばっとすぐに手紙をバッグとクリアファイルから出して、さっと入れる。


本当ならここでお賽銭箱にするみたいに

『ぺこぺこぱんぱんぺこり』したいけど、

それは結構違うし不審者がすぎるのでしない。


何食わぬ顔を作って

自分の下駄履から外履きと上履きを履き替える。


そしてサササッと教室へ向かった。

ナルくんは来てない、ヨシ。


自分の席に座ってクソでかため息をついた。

すっごい疲れた気がしてぐてっと突っ伏す。


ちらっと廊下の方を見た。

クラスメイトたちが今日も元気にやってくるけど、

ナルくんはいつ来るか分からない。


落ち着かないのでわたしは、

持ち歩く用のイヤホンを出して、

自分で撮ってきた川のせせらぎを聞く。


ああ落ち着くなぁ。

でもナルくんみたいに寝ちゃわないように気をつけないと。


川のせせらぎがワンループする前に、

ナルくんはやってきた。

見たこともないものすっごい緊張した顔をしている。


多分わたしのラブレターに気がついてる。

中を読んだかは分からない。

でも『ラブレター見た?』なんて聞くのも違う。

ううん、聞くような度胸ない。

それにナルくんは恥ずかしがって答えてくれないと思った。

だから眠そうな顔でわたしは声をかける。


「おはよー」


「お、おう、おはよう。

俺より先に来て、なにかしたってわけじゃないな……」


「うんー。昨日ちょっとなれないことをしててー」


ウソはいってない。

疲れてるのはホントだから、

わたしはそこの気持ちを隠さずに言った。

するとナルくんは納得して大人しく自分の席へ。


「そうか、おつかれさん」

「ん、ありがと」


わたしは腕に顔を埋めた。

『おつかれさん』なんて多分社交辞令だし、

大人はみんな使ってるどこにでもある言葉だよね。

でもすっごく嬉しかった。


変なリアクションにならないよう顔を隠さないといけないくらい、

顔がトロってして口元ユルユルになっちゃってる。


早く放課後にならないかなぁ……。

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