第五章 クーちゃんは生ASMRをする

5-1 ちゃーんと起こしちゃった

昨晩は疲れてすぐに寝ちゃったけど、

むっくりと朝起きて思うことがある。


「そっか、わたし、

 ナルくんをデートに誘うんだ」


ということに気がついて胸がきゅんってした。


そりゃ、場所はケーちゃん師匠の家だし、

仕事場だから『お家デート』には当たらないよ。


なんだけど、(コーくんを除く)

男の子とふたりでどこかに行くなんてこと初めて。


そもそも男の子のことを

こんな風に好きになることも初めてなのに、

これってわたしすっごい大胆な作戦考えちゃったってこと?


ぶるぶる、よくよく考えてみたら、

初めてじゃないかも。


だって、わたしはナルくんを

お手紙で呼び出したことがあった。


ナルくんがほとんど覚えてないとはいえ、

膝枕して、耳かきして、

いろんな話を囁いて聞かせて、

耳なめ未遂までしてるんだよ。


耳なめなんてちゅーと同じだよちゅーと。


えっちなASMRの定番シチュエーションで、

えっちなことしてない音声作品でも

一応『R-15』がついちゃうシチュエーションに

なっちゃうくらいえっちなこと。


うーん。今思うと、

わたしどうしてあそこまでできたんだろう。


建前でいうと、

ナルくんがASMRで瞬時にぐっすり寝るのか

確かめたかった。


本音は多分、わたし、

ナルくんが机からひっくり返ったのを見て、

そのときには好きだったのかもしれない。


だからこそ、同じことを、

わたしの不純な理由じゃなくて、

ナルくんを癒やして穏やかに寝てもらいたかった。


それがケーちゃん師匠の防音室を借りてする『生ASMR作戦』だ。


その最初の手順は、

言うまでもなく、ナルくんを誘うこと。


ケーちゃん師匠はそのために

自分の芸名の『堂々ポップ』を使っていいと言ってくれた。


けど、そもそも

『堂々ポップさんはクーちゃんの師匠で親戚』

っていうのを信じてもらえるかどうか。


またわたしがナルくんをいじるのに

変なことを言い出したとか思われそう。


日頃の行いうんぬんって

こういうことを言うんだろうなぁ。

反省しちゃう。


ともかく。

『一年の計は元旦にあり』なんて言葉もあるから

『一日の計は朝にあり』だと思って、

朝ちゃんとナルくんとコミュニケーションをとろうって思った。

わたしは早速教室に入ってナルくんに挨拶する。


「おはよー」

「お、おう。おはよ」


ナルくんはちょっとびくっとした声で挨拶を返してくれた。

わたしはきょとんとする。


「どしたの?」

「いや、百々瀬姉が前みたいに戻って驚いたというか……」


「百々瀬姉?」


わたしはそんなナルくんの微妙な言い方を聞き逃さなかった。

まるでコーくんのことを知ってるみたい。


もちろん、わたしはコーくんの存在を話している。

けど、今のナルくんの言い方は、

わたしとコーくんを混ぜないようにする呼び方だった。


するとナルくんはごまかすように仕切り直す。


「百々瀬、最近元気ないっていうか、

パナマ運河が詰まって船が通れなくなってるみたいな顔してたからさ」


「あ、うん、例えはわからないけど、

 悩んでたのはホント」


「そっか、解決しそうか?」


ナルくんはわたしに心配そうな細い目を向けてきた。

わたしは胸がキュンっとするのを感じながらお礼を伝える。


「わたしのこと心配してくれるんだ。

 えへへ、ありがと」


「隣の席のヤツが調子悪そうにしてたら目覚め悪いだろ。

 結構聞いてる声なんだからなおさらだし……」


ツンツンと言いながらナルくんはそっぽを向いた。


わたしはナルくんが

『聞いてる』と言ったのを気にしながら、

ナルくんの顔を覗き込む。


もし、クーちゃんから心と耳が離れていたら、

ここは『聞いてた』ってなる気がする。


ASMRをしているとこういう微妙なニュアンスも気にしちゃう。


っていうことは、

わたしが誘ったら来てくれる気がしてきた。


コーくんの言う通り作戦がうまくいくかもしれない。

わたしにも可能性が聞こえた。早速準備をしたい。


わたしがうずうずしているのを気にしてか、

ナルくんは体を固くして聞いてくる。


「……今日はなんかするのか?

 予め言ってくれよ」


「あ、今日は用意がないかな。

 別のことしないとだし」


「そうか」

朝のやりとりはこうしてさらっと終わった。



わたしは授業中、

どうやってナルくんを生ASMRに誘おうかうんうん考えた。

いつのまにか四時限目の英語の授業になる。


「――よし、そこまでだ。

 百々瀬、ついでにまた隣の風井を起こしてくれ」


「はぁい」


わたし、クーちゃんはそう言われて英語の教科書を置いた。

先生に言われた通り、

隣のナルくんに目を向ける。


ナルくんはまた寝ていた。

これはとぉってもデジャブを感じる。


「ナルくーん、じゅぎょーちゅーだよー」


わたしは授業の邪魔にならない程度の声で言いながら、

ナルくんの肩をゆさゆさ揺さぶった。


すると以前とは違ってナルくんはうっすらと目を開ける。


「クーちゃん?

 あれ、新作動画出てたっけ?」

「まだ編集中だよ」


寝ぼけるナルくんにわたしは優しく答えてあげた。

今ならナルくんの本音が聞き出せるんじゃないかと思って、

わたしはさらっと話を続けてみる。


「クーちゃんの早く聞きたい?」

「聞きたい……」


「そっか~。そうなんだ~。えへへ~」


困ったなぁ。ナルくんを起こさないとなんだけどなぁ。

ナルくんがわたしのASMR聞きたいって言ってくれたのが嬉しくて、

甘やかしちゃう。ニヤニヤも止まらないよぉ。


でもそうしちゃったら

またナルくんを困らせちゃうかもだし、

真面目に起こしてあげよう。


「ナルくん、ごめんね。

 今授業中だから起きよっか」


「はっ。百々瀬か、俺を起こしたのか?」


「そだよー。さらに深く寝かされると思った?」


「思ったけど、しなかったのか」


ナルくんは意外そうな安心したような顔で言った。

すると英語の先生のわざとらしい咳払いが聞こえてくる。


「ほら、じゅぎょーちゅー、

 じゅぎょーちゅー」


わたしが言うとナルくんは黙って正面に顔を向けた。

わたしも顔を黒板に向ける。


わたしがナルくんのことを好きになったときと、

似てるようで違うやりとりだったなぁ。


構最近のことだと思ってたんだけど、

なんだか懐かしく思う。


このあとわたしは、

ナルくんのASMRの効き目を確かめたくって、

フウリに茶道部の部室を借りて、

ナルくんを手紙で呼び出したんだよねぇ。


あれも今思えばラブレターみたいだったかも。


「そっか」


思わず大きめの声を上げて、

手に持とうとしたシャープペンをかちゃんと落とした。

すると教室の視線がわたしに向く。


「どうした?

 今度は百々瀬が居眠りか?」


「あ、そうかもしれないです。

 失礼しました。あはは」


乾いた笑いでわたしはごまかした。

みんなの視線が黒板や教科書に戻る。


それを見てからわたしは自分の机を漁った。

中には以前ナルくんを呼び出すときに買った封筒と便箋がある。


ナルくんを誘う方法が見つかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る