4-5 根回ししてもらっちゃった

「わたし、ナルくんが好き。

 ナルくんをASMRで寝かしつけてあげたいの!」


「って、おれに言われても」


コーくんは渋いお茶を飲まされたような顔で答えた。

ああ、たしかに早とちりだったかも。

食後に後味の悪いことをした気がしてえへへと謝る。


「ごめんごめん。

 でもこれがナルくんと向き合って、

 自分の気持ちを受け入れて出た答えだよ。どうかな?」


「変な答えじゃないし、

 向きはあってて、おれはいいと思うんだが――」


「だが?」

「クー姉ちゃんはその結果どうしたい?」


まるで世界を変える

すごいロボットの使い道を聞くような言い方で

コーくんは聞いた。


そんなコーくんの好きなゲームじゃないんだから……

と返そうと思ったけど、

そんな例えができるほどコーくんはマジだ。

茶化さずにちょっと考えてみる。


「ナルくんが癒やされて、

幸せな眠りをして『めでたしめでたし』ってなるけど」


「快眠はナル先輩が得すること。

 クー姉ちゃんが得することってあるだろう?」


「ん~、他人の幸せは自分の幸せって気もするけど」


わたしはコーくんの求める答えが

分からずこてんと首を傾げた。

コーくんも同じ方向に首を傾げて腕を組む。


「『おもてなし』精神はあることに越したことはないし、

 損得だけで考える話じゃないんだが、

 こー、なんかあるはず」


「逆に聞いちゃうけど、

 コーくんはわたしのために真剣に考えてくれたり、

 ナルくんについて調べたりして、得ある?

 この理屈は『クー姉ちゃんのため』が通用しない気がするけど」


「それを聞かれると弱い……

 マジでクー姉ちゃんの言う通りで、

 おれがあれこれしてるのは

『クー姉ちゃんが落ち込んでるのを見ると、おれも気分悪い』

 としかいえない」


コーくんはそう言って、

印籠を見せられたようにリビングのテーブルに突っ伏した。

わたしはそんなコーくんを見て、

ちょっと迷ったけど思ったことを言う。


「……コーくんって、シスコンだよね」


「はぁ!?

 実の姉が指摘することじゃねーぞそれ!」


「あ、でも、それならわたしと

 ナルくんの関係が良くなることを妨害するはずだもんね。

 ごめんごめん」


「………………………………………………………………………………そうだよ」


なんか、めっちゃ長い間があってから、

コーくんの部屋にある怖い顔のロボットみたいな顔で答えた。


コーくんにはコーくんなりに、

わたしの恋愛を応援して得があるんだろうね。


そういうことにしておこう、うん。


「とりあえず、クー姉ちゃんの考えは間違ってはない。

 そも、ASMRってひとを癒やすもん?

 安眠に聞くもんだろう?

 初心に帰って考えるといいかも」


「初心かぁ。ケーちゃん師匠に誘われて、

 わたしが世の中のためにできること……

 なんて偉そうなこと思ってASMR始めたんだったなぁ。

 でもそれは、フウリと話して気がついたことと同じだけど?」


「うん、だからもうちょっと考えてみてってこと」


家庭教師の先生みたいな口ぶりでコーくんは言った。

わたしは初めて習う数式に挑むように考えてみる。


ケーちゃん師匠が家の近くに引っ越してきて、

わたしが興味持ったから仕事場の防音室を見せてもらって、

そしたら流行りのASMRをやってみないかって誘われて、

やってみたらケーちゃん師匠に『向いてる』って言われて、

教わりながらやってみたらなっがーいコメントで褒められて、

そしたらそのコメントがクラスメイトのナルくんで……。


ん~、どこに『わたしの得』があるか分からないなぁ。

わたしはイスから立ってコーくんにスリスリすり寄る。


「もっとヒントちょーだーい。

 コーくんの好きなASMRシチュしてあげるからさー」


「おれはASMRにハマってるわけじゃないから、

 好きなシチュなんてないって。

 それにヒントを出そうにも、

 おれはクー姉ちゃんじゃないんだから分からないって」


コーくんは抱きつくわたしを払おうと

モゾモゾ動きながら言った。

それでもヒントがほしくてわたしはコーくんを話さず、

頭をナデナデする。


「じゃあもっと一緒に考えてよぉ」


「考えたよ。必死に考えた結果がこれなんだって。

 これ以上はホントに、

 クー姉ちゃんが考えなきゃいけないと思う。

 その代わり、ナル先輩への根回しをするから、

 それで勘弁してくれ」


「根回しって?」


わたしはコーくんから少し離れて聞いた。

顔が真っ赤なコーくんは、

予め言うつもりだったように迷わず答える。


「ナル先輩はクー姉ちゃんに

 ナニカサレないか警戒してるだろ?


 おれがクー姉ちゃんのASMRの警戒を解いてもらえるように

 誘導してみるってこと」


「そんなことまでしてくれるの?

 ううん、そんなことできるの?

 どうやって?」


「どうやって?は協定に反するから教えられないけど、

 クー姉ちゃんとナル先輩の仲を取り持てるようにするつもりだ」


コーくんはつんつんした態度で言った。


けどわたしは胸がポカポカする。

小学生の頃からこうしてコーくんは

わたしにいろいろとしてくれた。


さすがに小中学校で別れたときはできなかったけど、

今、中学高校で別れているのにこうして世話を焼いてくれる。


どういう風に根回しをするのか、

ナルくんのことを調べている方法も分からないけど、

コーくんなら悪いようにはしないと分かっていた。

だからわたしはまたぎゅーっとコーくんを抱く。


「ありがとー、わたしの自慢の弟コーくん」

「だから勘弁してくれって」

 抵抗はなかった。


でもでも、そんなコーくんに甘えるだけじゃなくて

ちゃんと考えないとね。

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