4-3 好きになっちゃった?

「――ということなの」


わたしは家に帰ってコーくんに相談した。


リビングのテーブルを挟んで座るコーくんは、

新しいヨガのポーズみたいに腕を組んで首をひねる。


「ケーおば――姉ちゃんは、

クー姉ちゃんの悩みは

ASMRの悩みじゃないってつっぱねたわけか。

分からんでもない」


「分かるの!?」


思わずわたしはぐわっと

前のめりになってコーくんに顔を近づけた。

コーくんは渋柿でも口に突っ込まれたみたいな顔をする。


「そういうところだぞ」

「どういうところ?」


わたしはコーくんの顔をマネしながらオウム返しした。


コーくんの顔をじっと見つめるが

ホントに分からない。


コーくんは渋柿の種を吐き出すような息を吐いて言う。


「ごめん、ちょっと意地悪だったけど、

 おれから言うのは迷うなぁ」


「いいよ。言っても。

 わたしに悪いことがあったら、

 ちょっとくらい厳しいこと言われても、

 がんばって直したい」


意気込みを見せるために、

わたしは『ふんす』と構えをしてみせた。


でもわたしがやる気を見せても、

コーくんはもごもご迷った顔をしてる。


「そういうわけじゃな……

 いや、そうでもあるんだけど」


「ホント、はっきり言っていいんだよ?」


わたしはコーくんの顔を覗き込み、

高校受験の面接以来のちょー真剣な顔をして伝えた。


それくらいのマジ度があるの。

ナルくんがなんでわたしのASMR寝なくなっちゃったのか、


どうしてケーちゃん師匠は

これがASMRの問題じゃないって言ったのか、

わたしは知りたい。


わたしがじっと見つめていると、

コーくんはすっごい迷って

髪をワシャワシャかき乱す。


「あーもー、クー姉ちゃんがマジなら、

 答えないわけにいかねーじゃんかー」


「うん、言って」


「言うぞ! クー姉ちゃん!

 ナル先輩のこと好きだろ?」


「………………………………………………………………………えっ?」


コーくんの言うことがホントに分からなかった。


さっきから『ホント』って言って、

思ってばかりだけど、どれもホントなんだよ。


多分この『ホント』を信じてくれたからか、

コーくんはうなずく。


「やっぱ自覚してないか。

 ま、自覚してたら、

 ナル先輩はこんなに困ったりしてないか」


「な、なんで、分かるの?

 わたしだって、ナルくんのこと、

 す……好きなんて思ったことなかったよ」


ああ、顔がぽわぽわしてきた。

ナルくんの名前とか、好きって言葉とか、

口にするどころか思うたびに

心臓がワンテンポずつ早くなってく。


コーくんはわたしの反応をさも当然のように見て言う。


「クー姉ちゃんはナル先輩の話をするとき、

 うざいくらい聞いてほしそうで、

 眩しいくらい明るくて、心底楽しそうで、

 その……」


「なに、早く言ってよぉ」


わたしは手のひらでほっぺを冷やすように、

頬を両手に当てた。


でも手のひらもすっごい熱くて、

冷やすことなんてできない。


どうしていいか分からなくて、

首を振って、落ち着きなく体をくねくねさせるしかなかった。


なのにコーくんも恥ずかしそうに顔を赤くしている。

わたしの熱さが移ったの?


それとも姉の変なところとか見てて恥ずかしい?

コーくんは少しうつむいて、わたしを見つめてきた。

わたしは息が荒くなってくるのを感じる。


「変な目で見ないでぇ」


「いやだって、

 ナル先輩の話をしてるときのクー姉ちゃん、

 かわいいんだよ」


「そそそれってぇ!?

 まるで恋する乙女ってことぉ!?」


立ってられなくなったわたしは、

がたっとイスにお尻をつけた。

もうびっくりすることいっぱい言われて頭がパンクするかも。


男の子の話をするときかわいくなるって

少女漫画のヒロインみたい。


そんなこと言われたら

初めて動画をアップしたときよりドキドキするし、

コーくんがかわいいって面と向かって言ってくるし。


とにかくがんばって顔を上げて、

コーくんに聞く。


「じゃあ、どうしたらいいの?

 ナルくんに告白したらいいかな?」


「んなことしたら、

 今度はナル先輩が混乱するよ。

 まずは姉クーちゃんが落ち着け」


コーくんは言いながらコップを用意して、

冷蔵庫にあったコーラを注ぎ、

わたしに突きつけた。


映画で見たイケメンがした

『水ドン』みたいだぁ。


この場合は『コーラドン』かも。

なんて頭お花畑なことを考えながら

コーラに口をつける。


「しゅわしゅわ」


「炭酸水で頭を洗うASMRとはいかないけど、

 ちょっとは落ち着いたみたいだ」


「うん、ありがと。

 やっぱりコーくんは素敵な弟くんだよ」


「褒めたってアイディアはでないぞ」


「照れ隠ししなくてもいい……えっ?

 これからどうすればいいか分からないの?」


あまりにコーくんがサラッと言うので、

わたしはまた調子を狂わせて変な声を上げた。


この流れならなにか教えてくれる感じだったじゃん。

なのにコーくんは自信なさげに話を続ける。


「分かるわけないって。

 おれがひとに教えられるほどの

 恋愛経験を持ってると思ってた?」


「わたしの知らないうちに彼女とか作ってたりしないの?」


「しないしない。だっておれには――」


ぐるぐると動画の読み込みが失敗したように、

コーくんは言いかけて固まった。


今のわたしは頭が回ってないので答えが予想できない。

とりあえずコーくんが再読み込みするまで待つ。


「――クー姉ちゃんがいて、

 その世話で大変だからな」


「まるでわたしのこと

『世話がかかる姉』って言いたいのー?」


わたしはむっと口をとがらせた。

もっとオブラートとか優しさに包んでも

いいんじゃないのと思う。


コーくんはむっと同じ口をしてわたしに言う。


「そうだろ。

 今も自分の恋愛感情自覚してないで、

 好きな相手にかまってほしくて、

 いたずらしすぎて『どうしようどうしよう』

 ってなってるんだから」


「うう、かまってほしくていたずらは

 違うけど『どうしようどうしよう』は

 本当に思ってるから言い返せない……」


コーラをこぼさないように気をつけつつも、

わたしは机にでろーんと突っ伏した。


コーくんの細い目は

『世話がかかる姉』をみているように感じる。

わたしは開き直って聞く。


「『世話がかかる姉』なのは

 認めるからなにか考えてよー」


「考えるもなにも、

 俺はクー姉ちゃんじゃないからわからないんだって。

 まずはナル先輩に素直に向き合ってみたらどうだ?」


「素直って、わたしはいっつも素直だよ。

 コーくんやナルくんじゃないんだから……」


わたしはぷくーっと

ふくれっ面を見せつけてコーラに口をつけた。

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