4-2「甘い」って言われちゃった

ケーちゃん師匠から編集された音声ファイルが届く。


わたしは早速投稿サイトにアップした。


今回はナルくんにも聞かせた川のせせらぎをバックに、

耳かきのASMRで、夏も近づいてきたので

涼しく寝られそうなのをと思ってのチョイス!


そして今日ナルくんにするのは、

マッサージクリームを使う耳のマッサージだ。


新作の動画でナルくん寝てくれるかな?

クリームを使ったマッサージでまた寝てくれるかな?

もし寝れなくても動画にコメントはくれると思った。


それを期待してその日は寝て、

朝起きて動画の管理画面を見る。


「ついてない。

 でも朝早いし、

 前みたいに考えてる最中ってこともあるし」


そう自分に言い聞かせて学校へ。


「おはよう、ナルくん。

ねぇ、わたし昨日の夜、

ASMR動画をアップしたんだけど、

聞いてもらえたかな?」


「えっと、聞いてない――わけじゃなくて、

気の利いたコメントが思いつかないんだよな」


ナルくんはワタワタとごまかした。

もしかしてケーちゃん師匠のASMRを聞いて寝たから、

わたしのASMRを聞いてないのかもしれない。


「そ、そうなんだ。そうだよね。

 いつもかんたんに思いつくものじゃないよね?」


「ああ、すまないな」

「ううん、こっちこそ、

 ほしがっちゃってごめんね」


弱気なわたしはナルくんに謝った。

ここでワガママ言って、

コメントを頼むことだってできたのに、

わたしはしない。


多分わたし、

ナルくんがわたしのASMRを聞いてくれてないことが、

思った以上にショックなんだ。

わたしは大人しく自分の席に戻る。


「百々瀬、元気なさそうだが調子でも悪いのか?」

「うん、なんかうまくいかないみたい」


「俺は元気付けてもらう方だから

うまくは言えんが、無理はするなよ。

つらかったら保健室行くなり学校休むなりしたほうがいいぞ」


ナルくんはわたしの顔を覗き込みながら、

割りとマジっぽく心配の声をかけてくれた。


わたしは慌てて手のひらをナルくんに見せて振る。


「だ、大丈夫だよ大丈夫!

やだなーナルくんってば、

本気で心配しちゃってもー」


わたしはナルくんに強がって笑顔を見せた。


いけないいけない、

わたしはナルくんを癒やしてあげる立場なんだ。


心配かけたら、

ナルくんは素直に癒やされてくれない。


そうでなくても、

わたしのASMRでナルくんが

寝てくれないってことになってて、

その理由がわからないんだから、

余計な心配はかけちゃいけないよね、うん。


「まあ、それだけ声が出せるならいいか」


ナルくんは一応、

大丈夫だと分かってくれたようだ。


そこで予鈴が鳴って先生がやってくる。


ホームルームが始まると、

わたしはそれを聞き流しながら自分のバッグを見つめた。


中には今日、ナルくんに使ってみようとした

マッサージクリームが入っている。


でもなんだか今日のわたしは、

ナルくんにASMRしても、

寝かせるどころか癒やしてあげられないかもしれない。

結局この日はなにもできずに終わってしまった。



「ケーちゃん師匠、

 ナルくんとASMRのことについて相談があります」


「いいよ。今日は丁度オフで家にいるから、私のとこに来な」


「ありがとう。手土産は何がいいですか?」


「苦いコーヒー。あと師匠はよして」


そんなやり取りをして放課後、

わたしはコンビニに寄って手土産を買った。


自分用にも、

なんとなく手土産と同じ苦いコーヒーを買って、

ケーちゃん師匠のお家にお邪魔する。


「いらっしゃい、ってなんか弱気な顔だね」

「えへへ、わかるかな」


眉をひそめるケーちゃん師匠にわたしは苦笑いを見せた。

ケーちゃん師匠は『おいで』と手招きをしてくれる。


「はい、今日の相談料です」


「それより話してよ。

 いつも元気なクーちゃんになにがあったのかさ」


ケーちゃん師匠はコーヒーを受け取りつつ、

わたしを急かすように言った。

もしかしてわたし、結構辛そうに見える?

そう思って話を始める。


「ナルくんが、昨日アップした

 わたしのASMR聞いてないみたいで――」


わたしはケーちゃん師匠に話してなかったナルくんのことや、

自分の気持ちを隠さずに話した。


ナルくんがケーちゃん師匠のASMRを聞いて寝てたこと。

わたしの新しい動画を聞いてなさそうだということ。

わたしがそれで落ち込んでいること。


言いたいことを全部言い終わると、

わたしはようやくコーヒーに口をつけた。


思ったより苦くて、

なんだかわたしの気分をそのまま味にしたみたいだ。


ケーちゃん師匠はASMRの指示を出すような口ぶりで言う。


「なるほどね。

で、クーちゃんはどうしたい?」


「わたしは、ナルくんに

 またわたしのASMRを聞いてほしい」


「普通の女子ならここまでの話で気分さっぱりだろうけど、

 クーちゃんはそうじゃなくて、

 私になにか求めてるんだろう?」


「うん、どうしたらナルくんに

 耳を傾けてもらえるか、教えてほしいなって」


わたしは自分でも情けないと思えるしょんぼり声で、

ケーちゃん師匠に求めた。


ASMRのことだから、

ケーちゃん師匠はいいアドバイスをくれると思う。


今までも、こうしたらリスナーは気持ちがいい、

こうするとリスナーは喜ぶ、

こうするとリスナーは寝てくれる

ということをいっぱい教えてくれた。


だからケーちゃん師匠が照れくさいと言っても、

わたしは『ケーちゃん師匠』と呼ぶんだ。


ケーちゃん師匠はコーヒーを口にしてから重く口を開く。

「甘いね」


あれ? 苦いコーヒー買ったよね。

なんでケーちゃん師匠はそんなこと言ったの?


わたしがきょとんとしていると、

ケーちゃん師匠は続きを語る。


「クーちゃんの甘い声は好きだけど、

考えが甘いのは良くないわ。

特にASMRとかじゃない『こういうこと』なら

なおのこと私に助けを求めちゃダメよ!」


「えっ? なんで?

ASMRのこと相談してるのに」


ケーちゃん師匠の『かけていたはしごを外された』と

言いたくなる返しに、

わたしは目を見開いた。


ケーちゃん師匠はちびちび飲んでいた

苦いコーヒーをぐいっとして、立ち上がる。


「残念ながらこれは、ASMRの問題じゃないの。

 いえ、ASMRも群雄割拠のこの時代、

 伊達政宗が伊達に耳を舐めても推して貰えないのよ。


 そんな時代に、推し変された相手に『推しを返して貰う方法』を聞くなんて、夏季限定グランデホワイトモカシロップクラッシックチャイエクストラビターチョコトッピングダークモカクリームフラッペメニュー名『ノブリス・オブリージュ』の店員さん激励コメント付き、より甘い!」


「がーん!」


ナルくんのコメントみたいな長さの

メニューのことは分からないけど、

ケーちゃん師匠がわたしを助けてくれないことは分かる。


でもどうしていいか分からずわたしはがーんと顎を落とした。


多分今のわたしは

すっごくかわいくない顔をしていると思う。

けど、そんなかわいくない顔でも

ケーちゃん師匠に聞きたいことがある。


「ケーちゃんししょ~、わたしはどうすれば……」


「ASMRじゃないことだから、

 他のひとに相談してみなさい。

 それと、ASMRのことなら、

 ちゃんと手助けするから、

 それは勘違いしないでね」


言いながらケーちゃん師匠はドヤっとウインクした。

今度のわたしは愛らしく口をぽっかり開けてぼーっとする。


「私についてなにか思ってることがありそうね?」


「ケーちゃん師匠、もしかして、

 偉そうに試練をわたしに与えてみたかったのかなって……」


「どうしてそう思ったの?」

「いつもの『師匠はよして』がないから」


状況が状況なので、

わたしはちょっと恐縮気味に答えた。

するとケーちゃん師匠はわざとらしい咳払いをして、


「師匠はよして」

と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る