3-10 大丈夫って思っちゃった

「ナルくん!

 わたし以外の誰と寝たの!」


「語弊しかない聞き方をするな!」


「じゃあちゃーんと聞くよ!

 ナルくん毎日わたしのASMRで

 寝てるって言ってたのに、今は違うの!?」


朝、わたしはナルくんに思ったことを直接聞いた。

ナルくんが引くと分かっていても、

昨日コーくんから聞いた話題が

どうしてもどうしても気になって仕方ない。


予想通りナルくんは

顔をしかめて答えづらそうな顔をしてる。


「誰に聞いたんだ?

 いやもしかして……違うな、

 俺は『クーちゃんのASMRを最後まで聞いた』

 としか話してないし。

 いいぞ、百々瀬も答えるな、

 多分お互いボロが出るだろ」


ナルくんはな~んか分かってそうな言い方をした。

でもわたしもコーくんから聞いたことは伏せておきたいから、

ナルくんのごまかしに乗って、本題に戻す。


「いいんだ。じゃあなんでか教えてよ。

 新作がでないから?

 だったら同じ動画リピートしたり、

 別のアーカイブを聞いたりでいいじゃん。

 たまにはそういう日もあるから、

 変なことじゃないよ」


「それはまあ、そうなんだが」


ナルくんはまた曖昧な言い方をした。

ASMRを聞かなかった理由は

わたしに後ろめたいことなんだ。

わたしは心を覗き込むようにナルくんの目を覗き込む。


「えっちなASMR聞いちゃった?

 ナルくんも男の子だし、

 年齢制限ついてなくても

 十分にえっちなASMRもいっぱいあるし、

 隠さなくていいよ」


「ちげーよ。エロいのはホントに聞いてない」


あ、この反応はホントっぽい。

えっちなASMRできるひとは他のこともお上手だから、

ナルくん取られちゃうって思ったけど、安心だ。


「じゃあなんで浮気した彼氏みたいな素振りするの?」


「なんだよその例え」


「だって、わたし以外のASMR聞いて、

 それを隠してるように見えるんだもん」


わたしはわざとむすーっと頬を膨らませて

不機嫌な顔を作って言った。


これで答えてくれなかったら怒ってますアピールを増やそう。

でもその前にナルくんは観念したみたいで、

ため息をついて答えてくれる。


「聞いたよ。

 クーちゃんのASMRが終わっちゃっても寝れなかったから、

 動画サイトのオススメで見かけたASMRを聞いた。

 そうしたらぐっすり寝れちゃったんだ」


「そっか、ちゃんと寝れたのはよかったね」

 ぽつんとした声で反応をした。


意外とショック受けてるな、わたし。

なんでだろ?

わたしの知らない誰かが

ナルくんを寝かしつけることができたことに、

ヤキモチ妬いちゃってるのかな?


だったらなおのこと

誰のASMRを聞いたのか気になった。


知ってるひとだったら研究しないとだしね。

とはいえ相手がプロの可能性だってある。

プロの声優さんがアップしているASMRだってあるし、

VTuberさんだっていっぱいやってる。


ASMR界隈は群雄割拠、戦国時代みたいなものだ。

うまいひどは織田信長、徳川家康レベルだけど、

わたしは名前も残せない地方の弱小サムライみたいな?


そう思うとちょっと自信がなくなって、

弱気な声で聞いちゃう。


「ちなみに、なんてひととか、

 サークルさんの名前、聞いていい?」


「えっと『堂々ポップ』って名前だった。

 プロの声優さんで、声は凛としてるけど、

 優しくて、聞いててエデンにいるみたいに落ち着いたな。


 あ、それはクーちゃんのASMRでもいつも感じてるから、

 実力を比較してるわけじゃなくて……」


ナルくんは段々とわたしを怒らせないように、

アワアワとフォローを口にしだした。

でもわたしは全然怒る気がしない。

わたしはニヤニヤとナルくんを見つめる。


「なんだその顔……俺は

『やっぱり浮気じゃんナルくんのバカ』

とか言われると思ったのに」


「えへへ」


ぴくぴく怯えるナルくんに

わたしは笑うだけで答えた。

これは守秘義務って偉そうな理由があるようなこと。


だって『堂々ポップ』さんは

ケーちゃん師匠の芸名なんだからね。


わたしのお師匠様で親戚のお姉さんのASMRを聞くなら、

浮気って気もしない。


それにわたしのASMRから興味を持って

当然の相手でもあって、

ケーちゃん師匠が褒められるのは

わたしも素直に嬉しい。


そんなわけでわたしは

ナルくんをニヤニヤと見つめ続けた。

するとナルくんはむっとして

わたしに質問を投げつける。


「俺も話したんだから、

 なんでそんな顔してるのか答えろよ」


「そうだねぇ。

 その堂々ポップさんのASMRは

 わたしも参考にしてるから、

 ナルくんが近しいものを感じるのが

 ちょっとおもしろいって思ったんだ」


ニヤニヤとしたままわたしは、

ホントのことを話して大丈夫そうな感じにアレンジした。


それを聞いてナルくんは

拍子抜けしたように目を丸くする。


「そ、そうか……」


「ナルくんは堂々ポップさんの

 どんなシチュエーションがよかった?

 参考にするし、

 同じことしてあげるから教えてよ」


「まるで自分のことのように嬉しそうに聞くな?」


「わたしは堂々ポップさんのこと、

 勝手に師匠って呼んでたりもするくらい、

 とっても尊敬してるんだよ」


これも嘘じゃないので、

わたしは堂々と元気に言った。


ナルくんは目をそらしていたけど、

チラチラわたしに目を戻しながら答える。


「やっぱり定番の耳かきだな。

 体験型映画かっていうくらい、

 本当にされてるみたいに感じてめっちゃよかった」


「うんうん、わたしもそう思う」


だってわたしは、ケーちゃん師匠が

リアリティにこだわっているのを知っているからね。


それがちゃんと伝わってるのは

すごいなって思うから、

すなおにうなずいた。

ナルくんはわたしがおもしろそうに聞いてるからか、

早口に話し始める。


「それに耳ふ~もいい。

 シチュエーションとしては

『しょうがないわね』みたいな感じなんだけど、

 うるさくならないように

 うまく調整して息かけてくれるんだよな」


「上手だよね。

 同じマイクでもわたしはあんなふうに優しくできないから、

 憧れちゃう」


「なんで同じマイク使ってるって知ってるんだ?」


「動画の説明に書いてあるよ。

それに最近ASMRしてるひとは、

だいたい同じダミーヘッドマイクだと思うし」


「そ、そうか……。

 普段聞いてるだけで、

 どんなふうにASMRを撮ってるとか

 気にしたことなかったな」


「気になる?

わたしとか、堂々ポップさんの収録環境?」


スキを見つけるとわたしはずいっと顔を近づけ、

ナルくんに囁いて聞いた。


ナルくんはぶるっとかわいく震えたけど、

眠ったりはしないでわたしの質問に答える。


「きっ、気になるけど。

 俺が立ち入れるような場所じゃないから、

 俺は写真でいいかな」


「ふ~ん」


わたしはふたつ残念なことがあって

ナルくんに細い目を向けた。


ひとつはわたしのASMR収録に

興味持ってくれなかったこと。


身近にやってるひとがいるんだから

『ワンチャン見せてくれないか?』

くらいは聞いてほしかったかも。


もうひとつは、

わたしの囁きでナルくんが寝てくれなかったこと。

やっぱり前みたいに寝てくれない。


それにわたしの動画の効き目も

悪くなっちゃってるのも気になる。


でもケーちゃん師匠のASMRでなら

寝られるってことは、

その弟子であるわたしのASMRから

離れたわけじゃないって思えた。


そのうちナルくんはわたしのASMRに戻ってくる。

だから今はがまんがまん。


そうしていると予鈴がなった。

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