3-4 熱くなっちゃった

「いや大丈夫じゃない、

 クー姉ちゃんやりすぎ」


また夜、リビングでコーくんに

その話をしたら食い気味に言われた。

わたしは首を傾ける。


「そうかなぁ?」


「そうだよ。クー姉ちゃんに自覚がないのも

 おれが思ってた通りだし」


コーくんはクソデカため息をついた。

なによなによどんなふうに思ってたの?

わたしはプンプンと口をとがらせて文句を言う。


「そんなに呆れなくてもいいじゃーん」


「だって、クー姉ちゃんってば、

 ナル先輩とおれの言うこと全然聞かないし」


するとコーくんも口をとがらせて文句を言った。

そのコーくんの様子が

なんだかヤキモチ妬いているように見えたので、

わたしはウインクしておねだりするように頼む。


「ごめんごめん。

 ならどうしたらいいかな?

 アドバイスちょうだい」


「おれはナル先輩の好みとか、

 ASMRとか分からないけどさ、

 ナル先輩の聞いているヤツを普通にすればいいじゃん」


「えー、わたしはナルくんに

 こうかばつぐんなASMRの範囲が知りたいのに」


「ロボットゲームの布教するときに、

 いきなりチュートリアルもなく

 傭兵団体採用実践試験に放り込まれるような

 難易度高いのを出すな、って感じなの。


 ちゃんと最初のミッションの前に

 キーコンフィグとアセンブルとテストモード

 できるシリーズから勧めないと、

 布教にならないだろう?


 いきなりやらせてクリアするヤツは

 イレギュラーだから逆に怖いわ」


「コーくんの例えも分かりづらいけど、

 いきなりニッチなのをすると、

 相手が引いちゃうってことだよね」


わたしは腕を組んで深くうなずいた。

確かにケーちゃん師匠は

『歯磨きASMRは最初マイナー性癖だった』って言うし、

わたしの動画でASMRを知ったなら、

ナルくんはヘビーユーザーでも初心者当然かもしれない。


コーくんはわたしが返した水筒を横に振りながら、

目を細めて言う。


「だいたいクー姉ちゃん、

 動画じゃ変なことしてないじゃん。

 確か膝枕して、耳かきと耳ふーってしたり、

 優しく声掛けたりとかだったし?」


「もしかしてコーくん、わたしのASMR聞いた?」


わたしは目をきょとんとさせてコーくんに聞いた。


コーくんは一時停止ボタンを押したようにぴたっと固まる。

これはもう『はい』と言っているようなもの。

わたしはずいっと前のめりになる。


「そっか、聞いてくれたんだー。

 今まで興味なさそうだったのに、なんでなんで?」


「な、仲間内ではやってるんだよ。

 傭兵ロボゲーがめっちゃうまいVTuberがASMRの配信もしてて、

 仲間が『傭兵ロボゲーもASMRも

 信じられないくらいうまいから見ろ聞け』って。


 でもいきなりそのひとのASMRを聞くのは

 ちょっとドキドキするから、

 先にクー姉ちゃんの聞いてからのほうがいいかも

 って考えただけだし」


「そっかそっかー。

 で、クーちゃんのASMRはどうだった?」

「……気持ちいい音だった」


さっきからの早口が嘘のように、

コーくんは口下手な感想を言った。


それだけでも嬉しくて、

でも身内に褒められるのはちょっと照れくさくて、

わたしはにへぇっとした変な笑いをしてしまう。


「ありがと」

「それだけでいいのかよ。

 ナル先輩みたいな長文感想ほしくないのか?」


「本当に思った褒め言葉なら文字数なんて関係ないよ」


「そう……っておれのことはいいんだよ。

 ナル先輩のことだろ?」


「うんうん。

 じゃあコーくんの長文レシート感想コメントもいずれね」


「おれはナル先輩みたいに、

 クー姉ちゃん好みの怪文書は書けないから期待しないで。


 とにかく、変わったことをしなくてもいいだろってこと。

 別にASMRとかってわけじゃないのに、

 聞き心地のいい音って世の中にあるだろう。

 風鈴とか」


「風鈴かぁ。

 うん、変じゃないかも。

 でも学校に持って行ったらうるさそう……」


「いや現物じゃなくて録音して持っていけばいい気がする。

 ほらクー姉ちゃん、

 前にヘンテコな形したマイク持ってたじゃん」


「ううん、川は持っていけないから録音したけど、

 風鈴みたいに持ち運べるものは本物を使いたいな。


 リアリティを求めるのはケーちゃん師匠の教えだし、

 ナルくんも癒やされて、

 寝てくれると思うんだ」


わたしは前のめりになってコーくんに考えを伝えた。

コーくんは口をへの字に曲げて、天井を見上げる。


「ケーおば――姉ちゃんの言うことを素直に実践して、

 ナル先輩のために~って考えるのは、

 クー姉ちゃんのいいところなんだけど、

 どうにも今は暴走気味に見える」


「暴走って、わたし暴れてないよ?

 コーくんの好きなロボットゲームじゃないんだからー」


「じゃあロボットゲームで例える。

 今のクー姉ちゃんは、

 ロボットで例えると『熱暴走』してるって感じ」


「『熱暴走』!?」


するとわたしの体は、

本当にかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

っと熱暴走を始めたように熱くなった。

しかも恥ずかしさまで感じて、

落ち着かなくなってくる。


「コーくんってばもう……変なこと言わないでよ」


「変なことはたしかに言ったけど、

 クー姉ちゃんなにモジモジしてるんだ?」


「分かんないよ。

 でも、胸がポカポカして、

 暖かくなった血が体中に流れてる。

 本当に『熱暴走』しちゃってるの?」


「なんか、変なスイッチ入れちゃった。ごめん」


「ううん、とりあえず風鈴はいいと思う。

 家にあるので早速実践してみるね」


わたしはそそくさと足早にリビングを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る