3-3 歯磨きさせちゃった

次の日のお昼休み、

わたしは学食から出てきたナルくんにどーんと突撃した。


「ナルくん! 歯磨きだよ」

「はぁ?」


ナルくんは『お前はなにを言っているんだ』

の顔をそのままわたしに見せた。


わたしは昨日買った歯ブラシを

ひょいっと見せて説明を続ける。


「歯を磨いてあげるASMRだよ。

 わたしが磨いてあげるから、

 気持ちよく寝ようね」


「いやおかしいだろ」


「おかしくないよ?

 歯磨きASMRは今や市民権を得てるよ」


「音声作品売ってる販売サイトだけの市民権だろ。

 そもそも歯磨きASMRは

 シチュエーションで音を楽しむものであって、

 実際されて気持ちいいかは別だ。

 そういうの意外と多いぞ。


 しかもそれで俺が寝ちゃうと思ってるのか?

 百々瀬が歯医者みたいに俺の歯を磨いてたら

 周りはどう見るかちょっと考えてみろ。

 どう考えても恥ずかしいだろ。

 その歯ブラシを入れ物から出す前なら間に合う、引き返せ」


「ナルくんのツッコミすごいねー。コントみたい」


「コントのツッコミだとしたら長すぎるんだよ。

 まだ歯ブラシを出すな」


まるで開けちゃいけないドアの鍵を伏せるように、

ナルくんはわたしの持つ歯ブラシを手で押させた。


これはちゃんと話し合わないとと思って、

わたしは笑顔で説明をする。


「それじゃひとつずつ答えていくね。

 音声作品とかのダウンロード販売って

 すごい売り上げ伸びてるんだよ。


『ASMRはまだガンに効かないけど、そのうち効くようになる』

 って言うように、

 いずれは県民権も国民権も得られるよ」


「『ASMRがガンに効く』と、

 ASMRの良さがもっと世に広まって欲しいは同意したい。

 だがそれは俺に歯磨きASMRする理由になってないぞ」


「かわいい女の子に歯磨きしてもらうの気持ちいいと思うよ?

 弟のコーくんだって小さい頃喜んでたし」


「小さい頃だろ。

 俺ら今ティーンネイジャーだぞ」


「『かわいい女の子』ってところにツッコミは?」


わたしはずずいっとナルくんとの距離を詰めて聞いてみた。


わたしも女の子だからね。

男の子に『かわいい』と思われているか気になるもん。


それにナルくんは『クーちゃんのASMRは癒やされる、寝れる』

って言ってくれても『かわいい』とは言っていない。

いい声だとは思ってくれてるんだと思うけど、

具体的に聞いておきたい。


ナルくんはとっさに半歩下がる。


「……かわいい女の子だって思うなら、

 俺にこんなことしてないで彼氏と遊んだらどうだ?」


「彼氏なんていないよ。

 わたしに寄ってくる男の子は、

 弟のコーくんが『クー姉ちゃんに見合わん』

 って追い払っちゃうの」


「じゃあその百々瀬弟は俺についてどう思ってるんだ?」


「コーくんは『あまりナル先輩に迷惑かけるなよ』って」

「めっちゃ心配されてるな」


「でしょう?

 だからわたしは大丈夫だって言うんだよ」


「百々瀬弟の言うことも聞いてやれ……。

 見たこともないのに、

 百々瀬は俺と同じ苦労をしてる気がしてきたぞ」


ナルくんはため息混じりに言いながら遠くを眺めた。

ちょうどコーくんの通う中学校があるほうだ。

わたしはそんなナルくんの視界にひょいっと飛び込んで聞いてみる。


「もしかして気が合うかも。コーくんと会ってみる?」


「そのうち――ってスキあらば歯ブラシを出すな。

 歯磨きじゃ俺であっても寝ないぞ」


また歯ブラシを降ろされた。

ナルくんがため息で開いた口に、

歯ブラシを突っ込もうと思ったけど、失敗。

わたしは気にせずにナルくんに声をかける。


「ホントに?

 やってみないと分からないじゃん?

 歯磨きしながら寝ちゃうなんて誰にでもあるかもしれないよ?」


「そりゃ、よっぽど寝起きの悪いヤツか、

 寝不足のヤツだ。

 普通に考えたら誰でも、

 口でも鼻でも自分の体と違う物が突っ込まれたら嫌がる」


「じゃあ耳かきは?」


「耳の中に気持ちいいって感じる神経が通ってる、

 って前に百々瀬も言っただろ。

 あといろいろと効くツボも多いから」


「ナルくん物知り、なでなで」


わたしは左手を伸ばしてナルくんの頭を撫でた。


わたしとナルくんは、

わたしが少し背伸びして届くちょうどいい身長差だ。

歯ブラシみたいに抵抗されると思ったけど、

ナルくんはなぜかわたしに大人しく撫でられる。


「……百々瀬ならそれくらい知ってるだろ。

 なんで聞いたんだよ?」


「ナルくんの理解を確認するため。

 これ、迷走神経って言うんだよねー。

 こうして、耳に触っても刺激できるんだ」


説明しながらわたしはナルくんの右耳に触れた。

するとさっきまでつり上がっていたナルくんの眉は、

だんだんと落ちていく。


耳の裏にあるツボに触れてみたり、

耳たぶ触ってみたり。


「さわさわ……ナルくんは耳触られるのも弱いんだぁ」


「まじかよ……自分でも気が付かなかったぞ……」


ナルくんは急に眠そうな顔をしだした。

口もぽっかりと開けてて、

肩も落ちて前のめりになっている。


これはもう歯磨きチャンス。

わたしはすぐに歯ブラシをパッケージから出して、

無双系主人公の必殺技カットインみたいに右手で構える。


「じゃあ寝る前の歯磨きしましょうねぇ」


わたしはナルくんの頭を持つように左手で耳を触り、

右手の歯ブラシをだらしなく開いた口に入れた。


ナルくんは目が虚ろで、

手をぴくっと動かそうとするけど抵抗できてない。


「前歯から……じょりじょり、

 食後にしてはキレイだね。

 しゃりしゃり……普段からちゃーんとしてるんだ。

 えらいえらい」


「クーちゃん? なにしてるの?」

「ほわぁ!?」


聞かれたのはわたしだけど、

ナルくんはいい夢が急に悪夢になったような声を上げた。

全力バックステップしてがっと壁にぶつかる。


「フウリ~、声をかけるときは静かにだよ~。

 バイノーラルマイクだったら聞いてるひとの

 鼓膜ないないしちゃうじゃん」


「えっと、この状況じゃ、

 さすがに冷静にお伺いを立てることは、無理かも……」


フウリは眉間にシワを寄せ、

言葉に困っているように口をモゴモゴさせていた。


するとナルくんは顔を真っ赤にしてびゃーっと走って行ってしまう。


「あっ、ナルくん!? 廊下は走っちゃ危ないって」


「大丈夫かな?

 恥ずかしさで風井くん学校来れなくなったりしないかな?」


「ナルくんをあんなにしちゃったのはわたしだからね。

 誰にもナルくんの悪口は言わせないよ」


わたしは歯ブラシを持ったままの右手を

ぐっとしてフウリに見せた。

それでもフウリは子また顔をし続けている。


「クーちゃんはみんなに顔が利くのは分かるけど

……そういう問題かなぁ」


「大丈夫大丈夫」

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