第三章 クーちゃんは分からなくなってる

3-1 うまくいかなかった

4限目の授業中、

わたしは良いASMRを見つけた。


これなら今学校にあるものだけを使って

音を作ることができる。


ただ消耗品を使うASMRだったので、

自分の持ち物から漁った。


それでも足りないと思って昼休みに入るなり、

フウリに声をかける。


「フウリ、いらなくなったプリントとかある?」

「ちょっと見てみるね」


「『なにに使うの』とか聞かないなんて、

 フウリは察しが良くて助かるよ~」


「最初はクーちゃんの不思議に感じてた。

 けど今は不思議に感じたことは、

 だいたいASMRに使うのかなって思うだけで、

 どんな音を出すのに使うのか分かってないかな」


「その考えで十分察してるに入るよ」

「そうかな」


フウリは机やバッグを探しながら呟いた。

フウリは茶道部でおしとやかな印象通り、

整理整頓のできる女子だ。


もしかしたら不要なプリントはきっちり捨てているかも、

と今になって思った。

でもフウリは終わった行事のプリントを数枚差し出してくる。


「これでいいかな?」

「いいよ。ありがと」


一方でナルくんは学食にいるらしい。


プリントを一旦机の中にしまって、

わたしはその間にASMRのイメージを膨らませながら昼食を食べた。

実際にこの音をとったことはことはないけど、

今のクーちゃんならうまくできるしょ。


シャキシャキレタスと

ハムのサンドイッチをはむはむしながら、

わたしはナルくんのいない隣の席を見つめていた。


早く帰ってこないかな。

ワクワクが溢れてくるからか、

サンドイッチを噛むのが遅くなる。


早めに食べないとASMRをする時間が減っちゃうかも。

でも食べ終わっちゃうと

手持ち無沙汰になってなにしたらいいか分からない。


そんなことを考えていると

ナルくんは教室に帰ってきた。


ちんたらとサンドイッチを

ハムハムしてるわたしを気にしたからか、

ナルくんはわたしを見つめている。


「どしたの?

 わたしの口元になにかついてる」


「いや、食事をしてるなら、

 なにも仕掛けてこないなと思って」


「仕掛けるなんてイタズラみたいじゃーん。

 してるのはASMRだよ」


「イタズラもとうぜんだよ。

 昼間にひとを無理やり寝かせて楽しんで、

 夜寝られなかったらどうするんだ?」


「そしたらクーちゃんの

 ASMRを聞けばいいんじゃない?」


「ASMRはそんな万能じゃないだろ。

 科学的根拠だってないんだから。

 ほれ、さっさと食べないと昼休み終わっちまうぞ」


「そだねー」


ツンツンしたナルくんに、

わたしは素直に返事をした。

サンドイッチをモグモグと食べ進めた。

もう待つ必要ないもんね。


ナルくんはそれを見て自分の席に座り、

スマホをいじりだした。


わたしはときどきナルくんをちらりと見て、

ナルくんもわたしをチラチラ見てて、目が合う。


「まだ食べてるよ。咀嚼音聞きたい?」

「結構だ。それに咀嚼音じゃ寝れない気がする」


「クーちゃんのASMRなら、

 なんでも寝れるわけじゃないんだね」


「なんでも寝るなら、

 勉強用ASMRを聞きながら勉強できなかったし」


「ああ、なるほど」

わたしはぽっと口を丸くしてうなずいた。


つまりナルくんは、

わたしが寝てほしいと思って

ASMRすると寝てしまい、


わたしが勉強してほしいと思って

ASMRすると勉強するってこと。


なんだかナルくんを

意のままに操ってる気がしておもしろい。

するとナルくんは口をとがらせる。


「おもしろいことに気がついた顔をするなよ……。

 言わなきゃよかった」


「いいじゃん、

 効かないって分かった音はやらないんだから」


「そうして消去法で

 俺に効き目のあるASMRを探すつもりだろ」


「あー、その手があったか」

「もう話さん」


ナルくんはぷいっとしてスマホに目を向けた。


そんなふうにしても、

今日やるASMRはもう決まってるんだけどね。

わたしは残りのサンドイッチをきゅっきゅと口に詰め込む。


しっかり飲み込んでぽんと手を合わせると、

ちらりとナルくんの様子を確認。


スマホに目を向けて、

わたしと顔を合わせないようにしているみたい。

話をするとボロが出ると思っているようだけど、

それはスキを作ってるよ~。


わたしは何気なく席を立った。

ナルくんは食後の眠気に誘われて、

コクコクと船を漕ぎ始めている。

よしよし。


次にわたしは机から

フウリにもらったプリントとハサミを取り出した。


ナルくんの横に近づいて

ハサミとプリントをナルくんの耳元に近づけ……。


「ちょっきん」

「おわぁ!?」


ナルくんが素っ頓狂な声を上げた。

椅子から転げ落ちそうになるのをなんとかこらえる。


思ってたリアクションと違った。

眠らないどころかぱっちり目を覚ましたナルくんは

わたしに声を上げる。


「な、なんだ、

 看取りASMRでもしようってのか……?」


「えっ、なにそれ?

 そんなのあるの?」


「あるらしい。

 紹介記事を見ただけだから実際には聞いてない

――って今はその話がしたいんじゃねぇ。

 なんでハサミなんて持ってんだ!?」


「紙を切る音だよ。

『看取りASMR』よりはメジャーだと思うけど」


「知ってるよ!

 だからっていきなりそれをやろうとするか!?」


「挨拶なしで不意打ちは

 一回までならオッケーじゃないの?」


「それはニンジャのルールだ。

 そもそも、俺を寝かせて遊ぶな」


「えー、ナルくんすっごい気持ちよさそうに寝てるから、

 ホントは嬉しいって思ってるんじゃないの?」


「寝たいときに寝かせてくれってことだよ……」


ナルくんは椅子を直して、

不機嫌そうに頬杖をついた。


でも『気持ちよさそうに寝ていた』ことは否定しなかった。

じゃあなんで『紙を切る音』じゃ寝なかったんだろう。


直接聞いてみようと口を開けたけど、

ナルくんの後頭部がなんだか不機嫌に見えた。


わたしがうまくASMRしなかったから

ご機嫌斜めになっちゃったのかも。


ケーちゃん師匠に相談しようかな。

わたしはスマホを出してメッセージを打ち込んだ。

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