2-9 感想書いてもらっちゃった

二日後、ケーちゃん師匠から

編集された動画ファイルが届いた。


わたしは用意していたサムネやタイトル、

説明文を載せて動画配信サイトへアップする。


編集された動画とアップした動画は、

おかしくなってないか確認した。


これは自信の有り無しに関わらずしている。

ケーちゃん師匠の編集した音は、

わたしの音なのにそうじゃなく聞こえた。

自分の撮ったASMRで宿題ができたので、

使えることはよく分かる。


でもナルくんも同じように使えるかは分からない。

いつも安眠ASMRをすると

次の日の朝にナルくんはコメントをしてくれるのに、

今はまだついてなかった。

なんでだろう。


そう思いながらも学校へ行った。

来ていないナルくんの席を気にしながら、

自分の動画を確認する。

まだナルくんからのコメントがない。


「おはよう」


隣の席にナルくんがやってきた。

わたしがASMRでいじるようになってから、

ナルくんは必ず朝の挨拶をしてくれるようになった。


曰く、不意打ちを防ぐため。

わたしはそんなナルくんの挨拶にちょっと弱気な返事をする。


「おはよ」

「最近元気ないな。なにもしてこないし、

 新しい動画作成で疲れたのか?」


「そんなとこ」


わたしはため息混じりに返事をした。

新作を作るので疲れたのは事実。

ナルくんはわたしの返事を聞いてからスマホを出す。


「見るなよ」


「まだなにもしてないじゃん。

 もしかしてえっちな絵とか見るの?」


「学校で見る勇気はない。

 まあ、俺がしてることはそのうち分かる」


ナルくんは頭みたいにツンツンした言い方をした。

わたしのキレがないいじりはあっさりと流されちゃった。


それよりもわたしは

ナルくんのしていることが気になって、

すすすっと首を伸ばす。


「昨日アップしたわたしの動画だ」

「だから見るなって」


文句を言いながらナルくんはわたしに背を向けた。


ナルくんは体を屈めてわたしからスマホを隠す。

今から勉強するにはちょっと違う。

ASMRを聞くのにイヤホンをしてないし、

ナルくんはASMR用のイヤホンを

学校に持ち込まないと言っていた。


わたしは疑問の答えも、

いじるアイディアも浮かばず、

ナルくんの背中を見つめる。


そうしている間に朝のホームルームが始まった。

わたしは先生の退屈な話を聞き流し、

ナルくんの様子をちらっと横目に見る。


ナルくんはこそこそスマホを片手に

フリック入力で文字を打っている。


これってもしかして……

と思ったのはホームルームが終わってから。


「コメント、しておいたぞ」


ナルくんはホームルームが終わるなり、

わたしにそれだけ伝えてきた。


わたしは少しきょとんとして、

はっとしてから自分のスマホを出して確認する。


――早速勉強のお供として聞きました。


ギャラルホルンの音を聞いたように瞬時に気分を切り替えて、

勉強を進めることができました。


クーちゃんをそばに感じることで、

まるでワルキューレに見守られながら勉強しているような気分です。


普段よりASMRで自分の安眠を任せていますが、

自分の勉強も任せてしまうのは、

オーディンが首を吊らずに叡智を授かったみたいで

少し気が引けてきます。


ですが、こんなにもはかどる

勉強用ASMRを提供いただいたことは、

逆に活用しなければ失礼と思い、

これから毎日勉強のお供として耳に入れます。


ナルくんのコメントを読み終わると、

わたしは大作映画を見たような気分になって大きく深呼吸した。

例えはよく分からないけど、

ナルくんがとても褒めてくれているのは分かる。


リクエスト通りにやってみたのはいいけど、

今までと違うことで自信がなかった。


ケーちゃん師匠は褒めてくれたけど、

ナルくんはちゃんと聞いてくれるかは

分からないと不安だった。


けど、こんなふうにコメントしてくれた。

どんな顔をすればいいか分からないほど嬉しい。


わたしは隣の席のナルくんを見た。

ナルくんはわたしから顔を隠すように外を見ている。


「リクエスト、応えてくれてありがとうな。

 コメントに書くと、

 なにも知らないひとが不審に思うから、

 リアルで伝えておくぞ」


「えへへ……えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」


顔がニヤけるのが止まらなかった。

するとナルくんは見たことないくらい

顔をしかめてわたしを見る。


「なんだよキモチワルイ声だして」


「だって、ナルくん

初めてリアルで褒めてくれたんだもん」


「褒めてない。

 いや、コメントじゃ褒めたが、

 リアルじゃ礼を言っただけだろ」


「同じことだよ。良くなかったら

『リクエストに応えてくれてありがとう』なんて言わないし」


「ったく、都合のいい解釈するな……。

あまりニヤついてると変人扱いされるぞ」


ナルくんはわざとらしく、

クソデカため息をついてまたそっぽを向いた。


それでもなおわたしはニヤニヤしながら言う。


「ナルくんほど変人じゃないって。

 囁かれただけで寝ちゃうなんて、

 変な体質だよ」


「だからって、

 それでいじり倒してくるのは変だろ」


「でもナルくんは気持ちよく寝てくれるじゃん。

 昨日は気持ちよく勉強もできたでしょ?

 わたしはそれが嬉しくて楽しいの」


わたしはナルくんの

ツンツン後頭部を見つめたまま伝えた。

ナルくんは態度がツンツンで答えてくれない。


それでも、動画につけてくれたコメントで十分だった。


次はどんな方法でナルくんを寝かせようか、

やる気のあふれるうちに考えたかった。

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