2-8 ASMRで宿題しちゃった

おっ、きーみ、勉強?

宿題やるの? それともお仕事?


トテトテトテ。


クーちゃんも隣で勉強するよ。

ガサゴソ……

あ、最近勉強のはかどるいい方法を知ったんだ。


ポモドーロテクニックって言うんだ。

クーちゃんの見つけたやり方を説明するね。


クーちゃんの説明聞きながら準備してて。

説明と言っても難しいことはしないよ。


ガサゴソ……まず二十五分、

クーちゃんの息遣いとか、ペンを動かす音、

ページを捲る音とかを聞きながら、

集中して勉強するの。


クーちゃんに甘えたくなっても、

寝そうになっても我慢して、がんばろうね。


二十五分経ったら中途半端でも一旦ストップして、

クーちゃんと五分間のイチャイチャターイム!


いっぱいがんばれるように頭なでなでしてあげる。


五分間イチャイチャして元気になったら、

また二十五分集中してがんばろうね。


クーちゃんもきみのこと

甘やかしたり甘えたりするの我慢して勉強するよ。

そしたらまた、五分間イチャイチャタイム。


この繰り返しで合計二時間、

勉強したり、お仕事したりがんばろっ。


勉強とか宿題できたら、

頭良くなってクーちゃんと同じ学校通ったり、

進学したり、良いお仕事つけるかも!


お仕事いっぱいできたら、

いっぱいお金稼げたり、

偉くなったりして、

クーちゃんのこと幸せにしてほしいな。


もちろんクーちゃんも賢く、

偉くなってきみのこと幸せにしてあげられるように、

勉強がんばるよ。


タイマーはクーちゃんがしてあげるから、

きみは時間を気にせず集中してね。


説明終わり、準備できた?

カチカチ、クーちゃんは準備できてるよ?


それじゃ、よーいスタート!



合図をするとわたしは、

ダミーヘッドマイクの隣で本当に勉強を始めた。


音量の調整はあとで編集するケーちゃん師匠に任せて、

自分なりに音を立ててみる。


シャープペンを走らせる音、

頬杖をついて問題を眺める息遣い、

教科書やノートを捲る音。


ダミーヘッドマイクに伝わっている音は、

わたしもワイヤレスイヤホンを通して聞いていた。


ナルくんが使ってたやつの同じイヤホンだと知って、

よりナルくんと音を共有している感じがなんだか嬉しい。


多分ナルくんも、

こんな風に勉強してくれるのかな。


「えへへ……。

あ、なんでもないよ。集中集中」


思わず漏れた声をフォローするため、

マイクの方に声をかけた。


ささやくとナルくんが寝てしまう気がするので、

小さいだけの声だ。


ちらりとデジタル時計に目を向ける。


時間はまだあった。

なのでわたしは、

自分で言った通り再度教科書とノートに向き合う。




はいストップ!

計算の途中だとしても一旦やめ!


ペンを置いて、

キーボードから手を離して、

顔をクーちゃんに向けてほしいな。


うんうん、五分間のご褒美イチャイチャタイムだよ。

クーちゃんにかまって、

もっとそばに来てほしいな。


どうかな? 進んだかな?

もしうまくいった気がしなくても、

五分のイチャイチャタイムでエネルギー充電して、

またがんばろ。


まずは二十五分も集中したことを褒めないとね。

えらいえらい。


きみががんばってるのを見て、

クーちゃんもがんばったよ。


きみとクーちゃん、えらい子同士。

いいこいいこ。


……途中にしてたところが気になる?

大丈夫。


中途半端に区切ると、

再開したときすぐに頭の切り替えがしやすいんだって。


それにクーちゃんイチャイチャタイムで、

やる気もエネルギーもチャージできるんだよ。


そうしたら無理に続けるよりうまくいくって、

クーちゃんが保証しちゃう。


保証は一生涯、

ううん、ずーっとずーっと。


そんなこと言えちゃう理由?


このポモドーロテクニックとか、

中途半端に区切ったほうがいいとかは、

学者さんが言ってたからだよ。


でもでもそれ以上に、

クーちゃんはきみのこと信じてるから、

言えちゃうんだよ。


なにかができるひとって、

近くにいるひとにも良い影響を与えるよね?


クーちゃんの勉強をはかどらせてるきみは、

勉強ができるってこと!


もし自分に疑問をもっちゃっても、

クーちゃんの言う事は信じてほしいな。


……うんうん、えらいえらい。

ぎゅー、よしよーし。


クーちゃんのこと信じてくれてありがと。


えへへ、あとさっき邪魔しちゃってごめんね。

いっしょの時間を共有しているって思うと、

幸せ感じちゃったんだ。


勉強もお仕事も大変だけど、

きみといっしょだったら、

嬉しんだなぁって。


きみも大変だと思ったら、

クーちゃんの隣に来てほしいな。

いっしょならがんばれるよ。


……そろそろ五分経っちゃう。

早い? 早いよねー。


また二十五分がんばったら、同じことしよ?

約束したら、がんばれるよ。

クーちゃんも同じ気持ちだからね。


さ、準備して……。

ペン持って、キーボードのFとJに人差し指置いて。


……スタート。



そうしてわたしは二時間分の収録を終えた。


もちろん宿題も終わってて

今日はスカッとした気分で家に帰れそう。

わたしは大きく伸びをする。


「終わっちゃった~」


「お疲れ様。

 クーちゃんの作業用ASMR、

 これから私も使うわ」


防音室へ入ってきたケーちゃん師匠に、

わたしはちょっと照れ隠しな舌を出す。


「ありがと、ちょっと失敗しちゃったかも」


「リスナーの顔を見て笑っちゃったところかしら?

 失敗どころか、台本かのように演出できてたわ。

 うまくなったわね」


「ならよかった……」


わたしはほっと胸をなでおろしてから、

片付けを始めた。

ケーちゃん師匠はすっとわたしの隣へ、

目線を合わせて言う。


「自分のものをまとめられたら

 あとは私がやっておくわ。

 遅くなっちゃう」


「時間は大丈夫だよ。

 宿題終わっちゃったし、

 帰ってぼちぼち寝るだけになっちゃった」


時計を見るとギリギリ二十二時になるところだった。


現代人ならまだまだ起きてる時間だし、

ひとによってはアニメや配信を見る時間だから

これからが本番まである。


「いいえ、大人の事情と、

 カーくんとコーくんが心配しちゃうからよ。


 キーさんは私のこと信用してくれてるから、

 何も言わないけどね。

 制服で外出るのもちょっと問題ありそうだから、

 これ羽織って」


「そっかー、大人って大変だね。

 カーくんパパとコーくんについてはノーコメント」


えへへと笑いながらわたしはブレザーを脱いで、

ケーちゃん師匠から渡された、

かわいいマークのついたジャケットを着た。


確かケーちゃん師匠が出た

戦闘機アニメに出てくるものだ。

思ったよりジャケットの素材が良くて温かい。


そんなジャケットを羽織ったわたしと、

凛々しいパンツスタイルの

ケーちゃん師匠に付き添われて外へ出た。


わたしの家とケーちゃん師匠の家は歩いて五分くらいだ。


途中は住宅街だけど

コンビニもあって明るいから怖い場所じゃない。


わたしとケーちゃん師匠は

ご近所迷惑にならない音量で気軽に話をしていた。


「あとの動画化編集はわたしがやっておくわ。

 できたらデータ送るから少し待っててね」


「うん、自分で編集できたらいいのにな」


「クーちゃんにはパソコンの性能と機材が足りてないわ。

 それに音はわたしがこだわって編集したいのよ」


「それならおまかせします。

 わたしはサムネと説明文考えないと」


口元に手を当てて、

LEDの街灯に目を向けた。


夜になって外が肌寒い。

そのせいで少し頭が冷えた感じがしたからか、

いろいろと迷いが頭に浮かぶ。


「今日撮ったASMR、

 ナルくんは聞いてくれるかな?」


「急に不安になってきた?」


「なんでだろう?

 疲れてるのかな?」


「似たようなものよ。

 ほとんどのクリエイターが

 今のクーちゃんと同じことを考えるわ。

『自分の作品、おもしろいのかな』って感じね」


「わたし、クリエイターらしくなってきた?」


「ええ、わたしの言う事をすんなりと理解する程度にはね」


ケーちゃん師匠は言いながら

ぱちっとお上手なウインクをした。


すっごい褒められた気がしてくすぐったい。

そうしているとうちの前に着いた。

わたしはジャケットを脱いでケーちゃん師匠に返す。


「今日はありがとうございます」


わたしはペコリと礼をした。

クリエイターらしいと言われたのなら、

らしく振る舞わないとと思っての行動だ。


ケーちゃん師匠は満足げにうなずいて、

ジャケットを受け取って羽織った。

すごい似合う。


「こちらこそ、ありがとうございます。

 それとクーちゃんの感じている不安の対策はないわ」


「えっ。じゃあみんなどうしてるの?」


「不安を無視る。

 世に出してしまえばおもしろいかどうかは分かるし、

 自分で良し悪しを決めるなら

 あとで聞き返してみるしかないわね」


「そう、なんだ」


わたしはぽかんとしてケーちゃん師匠を見つめた。

ケーちゃん師匠はわたしを無人島に置いていくような声で言う。


「それじゃ、音声は三日以内に送るわ。お疲れ様」


「お疲れ様……でした」

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