2-5 いい水筒見つけちゃった

夜、わたしはリビングの食器棚を漁っていた。


マグカップ、グラスなどなど、

いろいろ取り出しては水を入れて、

別の容器に移してを繰り返す。


もちろん子供のごっこ遊びみたいなのじゃなくて、

わたしは水を注いだときに出る音を確認していた。


ナルくんが寝ちゃうような生ASMRをするには、

まず自分が納得いく音を探す。

そういう研究が大事で楽しいんだよね。


「マグカップだといい音がでないなぁ。

 陶器じゃなくてステンレスとかガラス製かなぁ」


つぶやいてまた食器棚を漁った。

わたしとコーくんの水筒を見つけて

今度はこちらに水を注いで見る。

家にある水の入る容器を全部試す前に見つけたい。


「クー姉ちゃん、なにやってるんだ?」


「音探しだよ。

 水が流れる音って癒やされない?」


わたしはドヤ顔ダブル水筒を見せながらコーくんに答えた。

コーくんは冷蔵庫からヒエヒエのコーラを出しながら答える。


「こういう音が良いってこと?」


コーくんはコーラをグラスに注いだ。

わたしはドクドクドクとシュワワワワという音が

心地よくて目をつぶって聞き入る。


「そうそうそう。

 でも今回はもっと爽やかな音がほしいの。

 眠たくなっちゃうような、

 涼しげで落ち着く音だよ」


わたしはいいながら

自分の水筒からコーくんの水筒に水を注いだ。


紅茶を注ぐみたいに、

あるいはオリーブオイルを垂らすように、

高いところから低いところに。


「これだ! コーくん、水筒借りて良い?」


「いいけど、ACVDとかいう音を撮るのに使う?

 それともまたナル先輩をいじる?」


「えーえすえむあーる。

 聞いてると気持ちいいって感じる音のことー。

 そうだ、ナルくんにしてること、

 コーくんにもしたげるよ」


「いい。おれは多分聞いても

 麻酔銃で撃たれたみたいに寝ないし」


「そうなっちゃうのは

 ナルくんだけだって分かってるよ。

 でもコーくんも気持ちいいって感じると思うんだ」


わたしは言いながら手を水筒から

コーくんの肩にぎゅっと持ち替えた。


コーくんはわたしに促されるまま

リビングのイスにちょこんと座って、

テーブルにコップを置く。

いいこいいこ。


「目をつぶって……耳を澄ませて……」


わたしはコーくんの肩に手を置いたまま、

やさーしく耳元でささやいた。


コーくんは背中をブルッと震えさせて、

わたしの方を向く。


「手品か、催眠術みたい」


コーくんはくすぐったいのか、

緊張しているのか、

ぷるぷるした震えた声でつぶやいた。

わたしはコーくんの顔を持ってすっと正面に戻す。


「そんなじゃないよ。静かぁに……」


そう囁いて、

改めて水筒を両手に持った。

コーくんの耳元に近づけて、


「こういう音を聞くんだよ~」


水をこぼさないように気をつけつつ、

わたしはコーくんに頭の上から

ロボットアニメのヒロインみたいな声をかけた。


くぽぽぽぽ……こぽぽぽぽ……ぽぽぽっ……。


また行ったり来たりするみたいに

水筒から水筒に水を注ぐ。


「うん、やっぱりコーくんの水筒の音がいい。

 コーくんはどの音がいいと思う?」


「どれって、クー姉ちゃんのほうが詳しいんだから、

 俺が言うことないんじゃ」


「詳しかったり、

 耳がよかったりしなくてもいいの。

 コーくんが感じたことをそのまま教えて」


わたしは落ち込む主人公を励ますように語りかけた。

するとまたコーくんの背中がプルプルっと震える。


意外と感じてるのかもしれない。

このまま続けたらコーくんも

ASMRの沼に突き落とせるかも。


わたしは思いつつ、

コーくんに涼しい水の音を聞かせ続けた。


コーくんはくすぐったそうに

背中をモゾモゾさせながら答えてくれる。


「クー姉ちゃんの言う通り、

 おれの水筒がいいと思う……」


「うん、じゃあ借りていくね。

 はい、ASMR体験おしまい。


 ASMRはこんな感じの気持ちのいい音を

 聞いたりするんだよ。

 わかったかな、コーくん?」


「なんとなく……」


コーくんはつぶやいて、目を開けて、

ぼーっとコーラを見つめていた。


見ているというより、

炭酸の音を聞いているような顔をしている。


水の音でも、涼しいミネラルウォーターじゃなくて、

炭酸の音の方がコーくん好みかも?


わたしはそう思ってコーくんの顔を見つめた。

するとコーくんはハッと気がついたように、

コーラの入ったコップに口をつけて、わたしを見る。


「まだなにかある?」

「ううん、なんでもないよ。さ、お片付けしなきゃ」


返事をしてからわたしは流し台に向き合った。

使ったマグカップやらコップやらをしゃーっと軽く洗って、

カチャカチャっと食器棚に戻していく。

子供がおもちゃで遊んだあとみたいになっちゃってるなぁ。


「えーっと、なんとかのことは少し分かったけど、

 あまりやりすぎないようにな」


「なんでー?

 配信とかしてるから、特定とかされないか心配?」


「そっちは、ケーおば――姉さんが

 ついてるだろうし心配してない。

 前にも言ったけど、

 ナル先輩にいろいろやりすぎないようにってこと」


「リラックスできるのは

 いいことだと思うんだけどなー」


「まあそうなんだけど、

 なんか最近のクー姉ちゃん見てると、

 目的と手段が入れ替わりそうだなって気がして」


「そうかなぁ? でもありがと」


わたしはコーくんの頭をワシャワシャと撫でた。

我が弟ながらとても撫で心地のいい頭だと思う。


「ほんとに分かってるの?」

そう文句を言いつつも、コーくんは抵抗しなかった。

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