2-3 アドバイスもらっちゃった

「こんばんは、ケーちゃん師匠。

 今日もよろしくお願いします」


木曜日の夜、わたしは配信のために

ケーちゃん師匠のお家にやってきた。


ここ数ヶ月で配信も慣れたから緊張はしない。

むしろ今日は特に気分がいい。


「師匠はよして。

 機嫌がいい声で言われると、

 いつもよりこそばゆいわ」


玄関でわたしを出迎えてくれたケーちゃん師匠は、

苦笑いをしながらそう言った。


スラッとした体型と黒髪、

それに見合うリンってした聞きやすい声が特徴で

『ザ・声優』『ザ・憧れのお姉さん』

と呼べる存在だと思ってる。


なのでもしケーちゃん師匠となにかで

勝ち負けを決めるようなことがあったら、

わたしはまったく勝てる気がしない。


それに声優さん――役者さんをしているだけあって、

感情を読み取る目や耳が鋭い。

ま、今日のわたしは分かりやすいからバレて当然だけど、

それだけ敵わないと思っている素敵な存在だ。


そう思ってから玄関で靴を脱ぎながら、

わたしはウッキウキで話を始める。


「えへへ、分かっちゃう~? 実はぁ……」


わたしはナルくんとあったことを

シンデレラストーリーのように話した。


これからASMRをするので

なるべく喉の負担を抑えようと思ったけど、

嬉しくて無理。


ケーちゃん師匠は新作アニメの台本を読むような目で

わたしの話を聞いてくれる。


「あの怪文書の主がクラスメイトとはね。

 ネトゲ、ソシャゲで知り合った相手がクラスメイトの女の子……

 なんてラノベを笑えなくなるわ」


「ドラマチックだよね。

 なんやかんやと話をしてるときに

 ナルくんにASMRのリクエストを聞けたんだ。


 そしたら、川のせせらぎとか水の音とか、

 勉強用ASMRがいいって言ったの」


「頭なでなでみたいに、

 クーちゃんにしてほしいことじゃないのかしら。


 まあASMRっても耳かきと耳なめが目立って多いだけで、

 聞いてて心地の良い音ならなんでもいいっていうし、

 ナル少年が欲しがってるならそれがいいってことね」


ケーちゃん師匠は言いながら防音室のドアを開けた。


防音室は二畳ほどの大きさ。


中央にはモアイのようなダミーヘッドマイクがある。

まるで宝物を見守る防犯装置にも見えるけど、

これが一個百万円を超えるお宝だ。


床はカーペットが敷かれ、

わざと足音を立てるように歩かないと

ほとんど音がしない。


それだけじゃなくて

エアコンもパソコンもノイズキャンセリングで

無音にできるほど音がしない。


カーペットや耳かき綿棒とかを入れる木箱がちょこん。

部屋の隅に並ぶかわいいお人形さんがなければ、

殺風景なんて言われそう。


ここがナルくんの大好きなASMRを作る場所だったりする。


「それでナルくんがどんなのを求めてるのかなって、

 考えながら調べたんだ。


 でも川の音とか水の音とか、

 勉強用BGMだって、

 高校卒業までに全部聞ききれないくらいいっぱいあって、

 ナルくんはこれじゃダメなのかなって」


わたしは考えを語りながら

ダミーヘッドマイクをそっと動かした。


最初は触るのも怖かったけど、

好きなひとだと思ってていねいに扱えば

いいと分かると、怖くない。


「作業用BGMもそうだけど相性があるのよね。

 音楽がいいってひともいれば、

 ダメなひともいる。


 ひとの声が入ってると集中できないってひともいれば、

 英語やフランス語ならいいとか。

 怪文書の彼ほどの感性があれば、

 相性のいい音が見つけられないのかもしれないわ」


真面目に、でも楽しそうにケーちゃん師匠は、

わたしの疑問について考えを語ってくれた。


同時に防音室の外に用意してあった

お布団を運び入れてくれる。


「じゃあ、実際にお布団の上でするASMRじゃないと、

 安眠に使えないってひともいるのかな?

 ナルくんはまさにそうとか?」


「あるある。

 私じゃなくて同業者の話をするわよ。


 ASMRの心音を素材にしたら

『本物じゃない』って言われたことがあるらしいわ。

 それに音は繊細で、

 部屋にある物、湿度、標高で違いが現れるほどよ」


「この綿棒とかアロマオイルとか入ってる

 道具箱を木箱にしてるのは、

 音への影響が少ないからって

 ケーちゃん師匠話してくれたけど、

 山みたいに標高も影響するの?」


わたしはそんな木箱を防音室に運びながら言った。

ケーちゃん師匠はきっぱりと答える。


「する。それどころか日本とアメリカじゃ音が違うらしいの。

 有名アーティストがわざわざ別の国で音楽収録したりするのは

 それが理由だとか」


「そんなの考えたことなかった……!

 でもケーちゃん師匠も『らしい』

 って言うくらいだから聞き分けるのって難しそう。

 みんな分かるのかな?」


「なまじ声優オタクは耳が良いから……。

 そういった些細な聞き分けができるひとほど、

 自分にあった音を求めたがるんじゃないかと、

 私は思うわ。あと師匠はよして」


「じゃあ、ナルくんはわたしに音を求めたってことかな」


なんかいやらしいというか、

恋愛っぽいポエミィな言い方をしちゃった。


別にナルくんはわたしのこと

好きになったわけじゃないのにね。


ケーちゃん師匠はポエミィであっている

と言いたげにうなずく。


「そのとおりでしょ?

 ってもひとの体から川のせせらぎは出てこないし、

 ひとの体から出る水の音は

 多分動画サイトに止められる音になりそうね……」


「ならわたしが録音してきた

 川のせせらぎを使ったASMRとかどうかな?

 あ、でもスマホで録音しただけじゃ、

 あまり音質よくないかも……」


「マイクくらいなら貸しても良いわ。

 お古だから川ぽちゃしてもいいやつだし、

 スマホに繋げて

 ボイスレコーダーアプリを起動するだけのお手軽仕様よ」


ケーちゃん師匠は言いながら、

どこからともなく

Y字の先を閉じたような形のマイクを差し出してくれた。

わたしは手のひらで受け取る。


「いいの? ありがとう!」


「クーちゃんのASMRは私も楽しみにしているから。

 お返しを頼むとすれば、

 怪文書の彼、ナルくんとのやりとりをまた聞かせてほしいわ。


 高校生のおもしろエピソードなんて、

 大人になったらそうそう聞けない貴重な話題よ」


「それでよかったら、いっぱい話す!」

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