2-2 リクエストされちゃった

次の日昼休み、

食後のナルくんはぐるぐると肩を回していた。


ああ、これはASMRを求められている。


そう思うのと同時に、

リアル肩たたきでも寝ちゃうかな?と考える。


つまりわたしは、

ナルくんの様子を見て彼を寝かしつけたくなってきた。


肩こりが気になって仕方がないナルくんの様子を見ながら、

わたしはそっと後ろから近づき、

ナルくんの両肩を掴む。


「お客さーん、かーた凝ってますねえ」


右の耳元に口を近づけささやいた。

するとナルくんの首がかくっと傾く。


「これも良さそう。

 もみもみ……ナルくん、

 きもちーお昼寝しちゃったね」


わたしは肩をもみながら右耳にそっと囁いた。

ナルくんの心地いい息遣いが聞こえてくる。


そっか、これでも寝ちゃうんだ。

肩もみがいいのかな?


それともわたしに囁かれてるのがいいのかな?

どっちもいいなら嬉しいな。


「肩もみしててあげるから、

 すやすやしてていいよ。

 いつもお疲れ様」


アドリブで言ったら、

親孝行する娘のような言い方になっちゃった。


でもナルくんはそれもいいらしく、

こくこくと船を漕ぐ。


「衣替えの時期だから、

 肩もみしやすい格好になってくれて助かるよ。

 助かってるのはナルくんかな?

 起きたら肩スッキリなってるかも」


鎖骨と肩甲骨の間に親指を押し込みながら

ナルくんに声をかけた。

昨日放課後に借りた茶道部の部室と違って、

昼休みは騒がしい。


「わたしの声、聞こえてるかな?」

ぐいぐい……ぐりぐり……ぎゅ、ぎゅ……ぐぐー。


「あ、でも、ASMRのシチュエーションとひとによっては、

 声がはっきり聞こえないのが

 リアリティあって好きっていうひとがいるらしいよ。

 ナルくんはどっちかな?」


今度は美容師さんみたいな感じになっちゃった。

属性が定まらないなぁ。


なんて思うけど、

ナルくんはわたしにされるままなので、

これでいいのかも。


「それにしても、ナルくん肩こりすぎだよ?

 肩がカッチカチー」


わたしはナルくんを起こさないように、

そっと肩から手を離した。


でもなにかASMRしてないと起きちゃうかなと思って、

ナルくんの耳に体を近づける。


「ブレザー脱いで……んしょ」


布の擦れる音が聞こえて、

わたしがなにをしているのか分かるように言ってみた。


ASMRやドラマCDというのは音だけなので、

ちょっとあざとくてもこういうことを言うらしい。


それにしていることを説明したほうが、

相手の想像力を刺激できるらしい。

そうケーちゃん師匠から教わった。


ブレザーを脱いだあと、

これはちょっとえっちだったかもと思うけど、いっか。


「さぁ、肩もみさいかーい。

 ちからいっぱいマッサージするけど、

 寝てていいからね」


優しく囁いてわたしはナルくんの肩に手を置いて、

ぐっと親指を押し込んだ。


ふんっ……んっしょ……ぐいっ、ぐいっ。

これだけしてもナルくんは起きない。

肩こりも強敵だぁ。


「ナルくん頭いいから、

 普段から勉強してるのかな?

 それとも、友達に勉強を教えたり、

 家庭教師のバイトの準備かな?

 不眠なところだけじゃなくて、

 肩こりも良くしてあげるねぇ」


「……クーちゃん? なにしてるの?」


友達のフウリがきょとんと声をかけてきた。

わたしは右の人差し指を立てて口元に当てる。


フウリはハッとして口元を抑えた。

わたしはウインクでお礼をすると、

またマッサージに意識を向ける。


「ナルくん寝ちゃってるからね。

 お気遣いありがと、フウリ」


「うん、風井くん……また居眠りしてるの?」


「ううん、逆にわたしが寝かせちゃった」


「クーちゃんが……?

 寝かせてる? どういうこと?」


「ナルくんって……もみもみ、

 わたしのASMRですっごーくリラックスしちゃうみたい。

 ぐりぐり……だからいろいろしてあげたくなっちゃったんだ。

 っしょ……」


「そう、なんだ」


わたしの説明でフウリは

分かったような分からないような顔をした。


わたしもナルくんがASMRで驚くほど寝ちゃう理由は

まったく分からないし、

フウリの曖昧なリアクションもしょうがない。


「でも、クーちゃん、

 そろそろ風井くんのこと起こしたほうがいいかも」


フウリは黒板の上にある時計に目を向けた。

わたしもフウリの目線につられて時計に目を向ける。


「あ、そろそろ休み時間終わっちゃう。

 でも、どうやって起こそう」


「えっ? 起こし方ないの?」


「フウリも昨日見たと思うけど、

 ナルくんはこうなっちゃうと机から落ちても起きないよ?

 昨日も自然に起きるのを待つしかなかったし、

 あはは……どうしようかなぁ?」


 わたしはそんなところもおもしろくて、笑っちゃった。



ナルくんは五限の直前に目を覚まし、

わたしに言いたいことを

口に蓄えたような顔をして授業を受けていた。


わたしはハムスターみたいなナルくんがおかしくて

ニヤニヤしたまま授業を終える。


「おい、百々瀬!

 昼休みまた俺になんかしただろ!?」


授業が終わるなりナルくんはわたしの前に立って、

ドンと腕を組みながら聞いてきた。


高圧的だけど気にしないわたしは、

背もたれにぐでーっとしながら答える。


「なんかって、ナルくんの好きなASMRだよ。

 今日は肩揉みしてみたんだけど、どう?」


「どーりで肩が軽いと思ったよ!

 ありがとな!」


「素直にお礼が言えてえらいぞー。

 頭なでなでしよっか?」


「結構だ!

 今されたらまた寝ちまうからな。

 それはまた配信で……」


プンプンしていたナルくんの声は、

だんだんと小さくなっていった。


わたしになでなでされるのを

期待しちゃったのかな?

わたしはプププと口を尖らせて

かわいいナルくんを流し目で見つめる。


「ナルくん、怒った口ぶりなのに、

 わたしに感謝と期待しか言ってないよ?

 もしかして文句の言葉が出てこないのかな?」


「ぐぬぬ。確かにそうなんだが……生殺与奪の権ならぬ、

 起きる寝るのスイッチを他人に持たれてるのは困るだろ」


「寝起きのスイッチの切り替えが、

 他人にできるほうがおかしいと思うな。

 だからおもしろくって、

 いろいろしたくなっちゃうんだよ」


「『おもしろくなって』つったか?

 俺はおもちゃか?

 ダミーヘッドマイクか?

 そういうシチュエーションじゃないぞ」


「そんなじゃないよ。

 こんなにリラックスしちゃうってことは、

 おつかれってことでしょ?

 あーでも、そういうシチュエーションがいいならするよ?」


「しなくていいしなくていい今のままでいい」


「そうだよね。

 ナルくん優しくされるのがいいもんね」


「語弊のある言い方をするな、

『ASMRのシチュエーション』ってちゃんと入れろ」


「『優しくされるのがいい』は否定しないんだ。

 次の動画と配信の参考にするね。

 他にリクエストある?

 明日あさって使って準備するよ」


わたしはナルくんの顔を覗き込みながら聞いた。


ASMRはいろいろなシチュエーションや音があるけど、

どれがナルくんの気持ちいいポイントを刺激できるかは分かんない。


片っ端から試すつもりでいたけど、

リクエストを採用したほうが、

ナルくんも嬉しいかなって。


ナルくんはズッと首を引いてわたしに目線を取られる。


「な、なんでリクエストを聞くんだ?

 リスナーのみんなから聞いた方が、

 いろいろアイディア出るだろ?」


「そうかもだけど、

 ナルくんが『いい』って言ったリクエストを

 実践した動画って、目に見えて『いいね』が多いんだ。

 だからケーちゃん師匠も

『このひとの怪文書はいい怪文書』って言ってたよ」


「褒めてるのかそれ……」

「褒めてるよ。少なくともわたしはね」


わたしはダミーヘッドマイクを撫でるときと同じように、

女神の気分で笑ってみせた。


もちろんASMRしているときの顔は相手に伝わらないんだけど、

ケーちゃん師匠は『声の演技は顔も作れ』

という教えからするようになった顔がこれ。


相手のことを全肯定するには

女神になったつもりですると優しくなれる。


実際ナルくんはわたしのことを

『女神』って例えてくれたし、

今のナルくんの様子を見るに、

この考えはあってたんだなぁ。


「ASMRみたいなこと言うじゃんか……」

実際ナルくんはドキッとしたように体を揺らして、

顔を赤くして言った。


うまくいってるうまくいってる。

ドキドキしているナルくんをわたしはニヤニヤと眺めた。

するとナルくんは目をそらしつつボソっとつぶやく。


「川のせせらぎ……水の音……がいいと思う。

 あと安眠じゃなくても、

 勉強に集中できそうなやつも、ほしい」


「なるほど、作業用BGMみたいに作業用ASMRだね。

 でもそれだと勉強中に寝たりしない?」


「しないようなやつがほしいってこと」


ぎゅっと絞ったような声でナルくんは言った。

もしかしたらわたしへの抵抗とか、

恥ずかしさから逃げるために、

思いつきで言ったことかもしれない。


だとしてもいつもわたしのASMRを聞いてくれて、

わたしでいっぱい寝てくれるナルくんが言ったことだ。


「分かった。考えてみるよ。ありがとう」


わたしは素直さ百パーセントの声でお礼を言った。

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