第二章 クーちゃんはいろいろな音を聞かせてみる。

2-1 心配されちゃった

「クー姉ちゃん、なにウキウキしてるんだ?」


夕飯のあとリビングにいたわたしに、

弟のコーくんは不思議そうに右に傾く顔を向けた。


わたしはノートパソコンから顔を離して、

コーくんのムスっとした顔を見る。


「そんなに機嫌よさそうに見える?」


「見える。ノーパソで

 変な音を売ってるとこ眺めてるにしては、

 良すぎるって思った」


「変な音じゃないって。

 ASMRだよ。聞いてるだけでリラックスできたり、

 気持ちよかったりする音ー」


わたしは頬を膨らませてプンプンと言った。

それでもコーくんは納得してなさそうに眉をひそめて、

わたしのノーパソをじぃっと覗き込む。

やましいものは見てない。


わたしのノーパソには、

音声作品や同人誌などの

ダウンロード販売サイトがずらっと映っていた。


かわいい女の子が、

耳かきやマッサージをしてくれるASMR作品を見て、

コーくんは不思議そうに左に首を傾ける。


「いや、耳かきの音とか、

 聞きたかったら自分でやればいいだろ。

 なんでわざわざ聞きに言ったり、

 買ったりするんだ?」


「もー、コーくん分かってないなー。

 こういうかわいい女の子とか、

 こんなかっこいい男性にしてもらうからいいんだよ。


 ほらこっちは英語版、こっちは韓国語版、

 ASMRは世界で売れてるんだ。

 ソシャゲのキャラが耳かきしてくれるのもあるよ?」


ニヤニヤとしながら

わたしはカチカチとマウスを動かして、

コーくんにいろいろなASMRの販売ページを見せた。


それでもコーくんは

ピンとこない様子で首は左に傾いたまま。


「耳かきでリラックスなんてできるかぁ?」


「できるよ。

 わたしが小さい頃のコーくんに

 いっぱいしてあげたの、覚えてない?」


「覚えてるけど……、

 もし小さい頃にはリラックスできたとしても、

 今この歳になっても同じように

 耳かきでリラックスして寝ちゃうなんてある?」


「あるよ!

 事実クラスメイトのナルくんは、

 わたしが耳元で囁くだけで、

 一瞬でグースカピーって寝ちゃったよ!」


今日あったことを思い出すと

わたしはウキウキしてしまい、

思いの外コーくんに迫って答えた。

本当に楽しかったなぁ。


コーくんは信じられないと顔をひきつらせる。


「耳元で囁かれて一瞬で寝るとか、

 そんなことある?

 催眠術か? 魔法か?


 クー姉ちゃんは変な音撮る動画じゃなくて、

 その不思議なちからを使う動画撮ったらいいと思う」


「もー、変な音じゃなくてASMRだってー。

 催眠術でもなければ奇跡でも魔法でもないよー」


「じゃあ、そのナル先輩はなんで、

 クー姉ちゃんに囁かれただけで寝ちゃったんだ?」


「それは、ナルくんの体質とか性癖とかそんなだと思う。

 ASMR聞くとものすっごーいリラックスしちゃうみたいなんだ。

 詳しくはわたしもよく分かんないから、実験するの」


「実験って……ASMRって言葉といい、

 ロボットゲームみたいなこと言い出すな」


「違うー。

 コーくんが友達とやってる

 ブンドドするゲームじゃないよー。


 わたしの動画とか配信をもっとよくして、

 ナルくんにいっぱい寝てほしいのー!」


わたしは駄々っ子っぽくバタバタと手を振ったり、

体を揺らして主張した。

コーくんはそれなりに納得したように目を少し開ける。


「まあ、ほどほどに。

クー姉ちゃん過保護っていうかやりすぎるところあるからな」


「えー、そうかな?」


「そう。

 クー姉ちゃんも言ってたおれが幼い頃のこと。

 おれに耳かきしまくって、

 それで俺のみみが炎症起こして病院連れて行かされたの、

 覚えてない?」


コーくんは苦い薬を飲まされたような

顔をしてわたしに聞いてきた。


懐かしいよねぇ。

だから気をつけるようにしてると分かってもらえるように、

わたしはコクコクとうなずいて答える。


「覚えてるよ。

 コーくんすごい気持ちよさそうだったし、

 わたしも楽しくなっちゃったんだよね。


 おかげでわたしは耳かき上手になって

 ASMRができるんだから」


「いや、そのときの気持ちなんて覚えてないし、

 いい話みたいに言わないでくれ。

 おれは、クー姉ちゃんがナル先輩に、

 似たようなことするんじゃないかって心配してるの」


「またまたー。

 あのときはわたしたち小学生だったじゃん。

 そんな手加減できないことはしないって。

 コーくんは心配性だね」


わたしはコーくんを安心させるために、

ぺかーっと元気よく言って聞かせた。


それでもコーくんはギュッと結んだ口を解かない。


そんなお姉ちゃん想いのコーくんの顔を見てると、

えへへ、なんだか嬉しくなっちゃった。

なのでわたしは立ち上がって、

コーくんの頭にそっと手を伸ばす。


「なでなで……

 いつもわたしのこと、

 心配してくれてありがとう」


ASMRで培ったリラックスできる頭なでなでをした。


わたしの頭なでなでについてナルくんは、

動画のコメント欄に

『撫でられた瞬間寝ました』と書いてくれた。


それだけでなく、

あのときはリスナーさんのお姉ちゃんになるって

シチュエーションだったから、

『弟になりたい』『慈愛を感じる』

などいろんなひとにコメントで褒められてる。


リスナーさんたちのコメントは

わたしの大きな自信になっていた。

コメントが増えるたびにASMRがうまくなってる気がする。


そんなASMR力とわたしのコーくんへの

日頃の感謝を込めて、

優しく頭なでなでをした。


コーくんは目をそらしつつも

わたしの手を払ったり逃げたりせず、

頭を撫でられてくれる。


「……そういうことするから心配なんだって」

コーくんは見るからに照れた顔を見せた。

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