1-4 驚いちゃった

わたしはすっごい残念な顔をしちゃう。


今のわたしたちって、

恋愛マンガとかドラマでちゅーする直前に

邪魔が入っちゃうシーンみたいだった。


いいじゃんまたちゅーするチャンスあるよ、

なんてわたしは思ってたけど、

なるほど、これは残念。


でもそんな恋愛マンガに例えられちゃうようなことを、

わたしはしてたのに気がつく。


対してナルくんは、

どうしてこんな状況になってるのか分かってなさそうな、

文字通り寝起きの顔を見せた。


それを見てわたしは

『楽しかったし、まあいっか』なんて思って、

ニヤニヤした顔で言う。


「おはよう。

 ナルくん、耳かき気持ちよかった?」


「ああ、とっても気持ちよかった

……って、どうなってんだ俺!?」


ナルくんはバッと起き上がって

キョロキョロと周囲を見渡した。


わたしはコミカルな動きをするナルくんを見て

笑いが堪えられない。

マンガというより、

異世界転移しちゃうアニメみたいかも?


「あっははー!

 ナルくんってば今日の英語の授業のときみたいに寝てたんだよ?」


「俺が、寝てた?

 確かにラブレターで茶道部に来てほしいって呼び出されて、

 部室が空いてたら入って、

 そしたらすっげー気持ちよくなってからの記憶がねぇ……」


「まるで記憶喪失みたいだね。

 異世界からの転生者?

 それとも異能力に目覚めた反動?」


わたしはナルくんの動きをそんなふうに例えた。


ナルくんはそんなわたしを、

第一異世界人でも見たような顔で見つめる。


わたしと同じこと思っちゃうなんて、

ASMR以外の感性も合うんだと思うと、

胸がウキウキする。


「そんな楽しそうにしてるけど、

 百々瀬はなんでここに?

 チート能力くれる女神、ってわけでもねーし、

 もしかしてあのラブレターは……?」


「そうだよ。

 わたしがナルくんに送ったんだ。

 来てくれてありがとう」


「どういたしまして……じゃねえ!

 愛の告白じゃないのは俺でも分かるぞ。


 なんで俺をここに呼び出した?

 俺がさっきまで寝てたのと関係があんのか?


 今、異世界とか異能力とか言ったが、

 そこまで非現実的じゃなくても

 催眠術とか催眠アプリとかでも使ったのか!?」


「ナルくん、そんなえっちなものがあるって信じてるのー?

 むっつりスケベくんだねー」


口元に手を当ててプププとわたしは笑った。

ナルくんはかわいく顔を赤くして言い返す。


「最初に非現実的なこと言い出したのはお前だろ!」


「だねー。それくらいわたしも

 ナルくんが信じられなかったんだよ。

 耳元で囁いたり、お耳ふーしたら、

 どんなところでもぐっすり寝ちゃうなんてね」


「なんだよそれ、

 それこそ催眠術とか催眠アプリじゃねーか」


まるで悪の魔王は

自分の父親だと知ったときのように、

ナルくんはたじろいだ。


いちいちリアクションがおもしろくて、

わたしはさらに含みのある言い方をして続ける。


「だからね、実験したんだ。

 わたしの囁きでとかお耳ふー、

 いわゆるASMRで寝ちゃうのかどうか試したかったの。

 そしたら思った以上にぐっすりだったね」


「じゃ、じゃあ……

 さっきまで俺が感じていた耳かきは?

 頭なでなでは?

 お耳ふーは百々瀬のだって言うのか?」


「そうだよ。気持ちよかった……?

 癒やされた……?

 よく寝れた……?

 わたしもナルくんにする生ASMR、

 楽しかったなぁ」


わたしはひと夏の思い出を語るような

デレデレとした言い方をした。


ナルくんが良く寝れてくれたら嬉しいし、

楽しかったのは本音だ。

そう思うと演技なのに、

本当にそんな気分になってくる。


だけどナルくんはそうじゃないみたいだ。

むすーっとした不満な顔でわたしを見る。


「百々瀬はASMRの何を知ってるんだ?」


「名字じゃなくて『クーちゃん』って

 呼んでほしいなぁ。

 わたしも『ナルくん』って呼んでるしあいこだよー」


「いや、それは別の『クーちゃん』が出てくるから無理。

 声も似てるし、なんか重なってやだ……

 ともかく、俺はとある配信者のASMRを

 毎晩聞いて寝てるくらいにはASMR知ってるんだからな。


 耳かきとかお耳ふーとかうまいからって、

 ASMR名乗れると思うなよ」


ナルくんの言い方は、

自分がすごいとイキっているのではなく、

自分の推しを自慢しているような感じだった。


わたしは頬を膨らませる。

弟のコーくんみたいなひとたちは、

自分の得意分野の知識を下に見られると

イライラするって話を聞いたことがあるんだけど、

その気持ちがやっとわかった。


ASMRの知識ならわたしも負けない。

対抗意識がお腹から湧き上がって、声になる。


「名乗れるよ。

 わたし、ASMRの動画をアップしたり、

 配信したりしてるんだ。ほらこれ」


すぐにわたしは自分のスマホを取り出して、

ささっと動画サイトのマイページを開き、

ナルくんに見せつけた。


マイページはなりすましできないから、

ナルくんもこれなら認めてくれるはず。


操作中に昨晩の配信に

またコメントがついているのがちらっと見えた。

いつものコメントをくれるひとかもしれないので、

あとでハートと返信したい、

なんて思っていると、


「そ、そ、それは――!?」


ナルくんがものすっごく目を見開いていた。


ちょっとは珍しいかもしれないけど、

世界を滅ぼそうとしていた魔王が

実は世界を救おうとしていた事実を知った、

みたいな顔するのかな?


わたしはスマホをずらして

ナルくんの顔を正面から見つめる。


「それは?」

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