1-3 起きちゃった……。

言いながらわたしはナルくんの肩を持って、

寝返りをうたせてあげようとした。


だけどナルくんはわたしの声が聞こえていたかのように、

自然と転がってくれる。


このシチュエーションに慣れすぎでしょ?

かわいい。


「おっと、上手に寝返りうててえらいね」


とっさにナルくんの頭を支えて、

わたしはすぐにすっと膝を動かした。


起きてたら膝枕から落ちないように動くだろうから、

ナルくんってば本当に寝たまま動いてるんだ。

わたしはニヤニヤしながら聞く。


「耳かきされるの慣れてるんだね。

普段から彼女さんに、

イチャイチャ耳かきしてもらってるのかな?」


ふるふるもぞもぞ。

「それとも耳かきASMRいっぱい聞いてるのかな?」


ナルくんは早く左耳もかりかりしてほしい。

そんな気持ちが感じる寝息をすやすやとたてだした。


おねだりしなくてもいっぱいやってあげる……。

むしろいやいやなっちゃったり、

耳赤くなっちゃうまでしたい。


わたしは綿棒をティッシュでふきふきして、

ナルくんの耳に近づける。


「それじゃ、また外の溝からおそーじしていくよ

……すりすり」


わたしはまた、

ナルくんの掃除が必要なさそうな耳の掃除を始めた。


ASMRの耳かきって、

実際に耳かきされたいから聞くんじゃなくて、

音を聞きたいって理由と、

女の子に耳かきされたくて聞くから、

汚れてなくても耳掃除してもいいんだよね。


それにわたしもこうして

ナルくんに生ASMRするの楽しいから、

オッケーオッケー。

じゅり……じゅり……さわさわ……。


「どこまで話したっけ?

 ケーちゃん師匠に声を褒められて、

 防音室でASMRを撮ってることになったところだよね?」


寝ているのでナルくんの返事はないと分かっているけど、

わたしはちゃんと確認した。

ナルくんの寝息を聞いてから、

耳に近づいて話を続ける。


「そうしたら、ケーちゃん師匠に思った以上にできるって、

 また褒められちゃったんだ。

 えへへ……ちょっと照れくさい」


わたしはまたナルくんから顔をそらした。

時計が目に入ると、

ナルくんが寝てから二十分くらい経ったのが分かる。

なんだかあっという間だ。


ナルくんがあとどのくらい寝てくれるかは分からない。

けどわたしは、もっとこの生ASMRを堪能したくて、

ナルくんに顔を戻した。

まだまだ寝ている。


ならもっとしていいよね。

しちゃうしちゃう。

寝息とか気持ちよさそうな顔は

『していい』としか思えないんだよ。


「ふー。外側キレイになったから、

次は中のお掃除……ずずず」


優しくお耳ふーしてから、

わたしはナルくんの耳に遠慮なく綿棒を入れた。

本物の男の子の耳に綿棒を入れるの楽しくなってる。


こりこり……かさかさ……こちょこちょ……。

もちろん乱暴にやっちゃだめ、優しく、

ていねいにするから気持ちよくて、楽しい。


「わたしがASMRの配信とかをしていること、

 あまりひとに話してないんだよ。

 知っているのは、友達で茶道部のフウリだけかも?

 だから、ナルくんに話しているのは特別かも」


また照れてきたけど、

ナルくんにする耳かきがやめられなかった。


「しかもね、防音室使っていいから、

 配信とか収録とかして、

 クーちゃんのASMRを世にだそうなんて言われちゃった。

 もちろん、ケーちゃん師匠がいろいろ教えてくれるんだ」


こちょこちょ……すりすり……こそこそ……。


「その成果は……かりかりって、

 今味わってるよね。ふふーん」


わざとらしく鼻を鳴らしてみたけど、

また恥ずかしくなってきた。

あ、でもナルくん笑ってる。なら、いっか。


「動画サイトにアップしたり、

 配信してお昼くらいに動画を確認すると、

 コメントついてるんだよ」


すりすり……かさかさ……。


「上手だった、気持ちよかったとか、

 その中でもわたしが一番うれしかったのは、

 書くのにどのくらい時間がかかったのかな

 って思うなっが~い感想なんだ」


動画についたコメントの話をして、

思い出すだけで、胸がポカポカしてきた。


もしそのひとと直に会うとこができたら、

ナルくんと同じように生ASMRをしてもいいと思う。

そのくらい、わたしには嬉しいコメントだった。


わたしの話を聞いてナルくんは口をモゾモゾ動かす。


「嫉妬しちゃった?

 それともわたしの動画についたながーいコメントに、

 どんなことが書いてあったか気になる?」


わたしは答えを焦らすように、

ゆっくりと問いかけた。

ナルくんの息遣いも、

わたしの答えを待つようにゆっくりになる。


「ふー。教えてあげなーい」


息を吹きかけて悪ガキムーブをしてみた。

こうしていじるのも楽しいかも。


「さて……、耳かきおしまいだよ。

 あまりしすぎると耳に良くないからね。

 それにASMR聞くためにずっとイヤホンしてるのも良くないよ?

 どれだけ楽しくても休憩はだいじだいじ」


名残惜しいリアクションをするだろうと思って、

わたしはナルくんの頭を撫でながら教えてあげた。


耳かきのしすぎも、

イヤホンのつけすぎも、

現代病のひとつなんだよね。


でも今はイヤホンをしてないでも聞ける生ASMR。

だからいっぱいしてもいい。


「次にされたいこと、ないかな?

 リクエストがあったら教えて?」


具体的な答えを出せないと分かるのに

わたしはナルくんに聞いた。


おねだりするような吐息混じりの囁きで確認。


「ないよね?

 じゃあ、わたしのしたいこと、しちゃうよ……」


はっきりとしたリップノイズがマイクに乗った……気がした。

編集で消しちゃうやつだけど、

シチュエーションによってはこういう

『水っぽい音』というのは残すし、

わざとらしく出したりする。


それをしていいか聞く。

「耳、舐めていい?」


ケーちゃん師匠もやらないえっちなやつを、

わたしはしたくなっちゃった。


ああいけない。

わたしは高校生なのに、

こんなことしちゃうの?


でも耳舐めって『R15』をつけたら

『まあいっかな』とか言われてるし、

『R18』以外はあってもなくてもいっしょって言うし、

わたしたち高校生なんだから、

ぜんぜんおっけーだし、

これくらい少女マンガに出てくるし、

ちゅーみたいなもんだよ。だから、


「いいよね?」

わたしはゆっくりと口を開けて、

恐る恐る舌を出した。


耳舐め音声の収録ってどうしてるのかな?

なんて今考えることじゃない話題が浮かぶ。

そのまましたらマイク壊れちゃいそうだし、

よくマイク壊したなんて話も聞くし、

大変なんだろうなぁ。


でも生なら、本物の耳なら、

タオルとかウェットティッシュで拭き拭きでいい。


この前に耳かきしてるんだし、

そもそもナルくんの耳はきれいだった。

耳舐めをしちゃいけない理由が浮かばない。


そうしてわたしの舌がナルくんの耳に触れそうなとき、


「よく寝れた……んぁ?

 どうなってんだ?

 クーちゃんの耳かきは?」


ナルくんの寝ぼけた声が聞こえてきた。


あーあ、起きちゃった。

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