第5話 髪を切られ、服装を変えられる男子

「後無君、この格好どうかな?」


 チャミがソファに座っていた僕に質問をしてきた。


 キャバクラで働く派手な格好とは違い、白いシャツにデニムとシンプル過ぎるほどの格好だった。


 それでも、チャミの魅力を引き立てるには十分すぎた。それ程チャミ自身が華やかだったらだ。


「可愛い……です」


 突然、チャミがチョキを僕の目の前に出してきた。

「ルールそのニ! 1日3回私の良い所を褒めてね!」


「そのニ……ですか?」


「そう! 3回褒める事が出来なかったら、罰ゲームだからね! ヨーイスタート!」


「あ、あの! その……」


「おっ、何か私を褒めてくれるのかなー?」

 チャミが僕の顔を覗き込んできた。


 うっ……嫌だけど……罰ゲームはもっと嫌だ。


「……今着ているシンプルな服だとより一層チャミさんの綺麗な顔が……際立って凄く良いと……思います」


「……」


 チャミは僕の顔をじっと見てしばらく黙っていた。

 褒め方が下手すぎて呆れられているかもしれない。


「おー、成程! シンプルな服装は私の魅力を引き出し、仕事中の私とのギャップが発生する……ギャップ萌えの法則ね! 今度実戦で使ってみようかしら……うんうん」


 喜んでくれたのか、チャミはバシバシと僕の肩を何度も叩いてきた。


「いっ、痛い」


「ヨシ! 一個目達成ね! じゃあ出掛けようか?」


 チャミに手を繋がれて外へ連れ出される。日中に大手を振って街を歩くなんて事は何年も無い。


 長い間引き篭もり、人の視線から逃げていた僕にはこのデートは苦痛でしか無かった。


◆◇


 地下鉄に乗り、チャミさんと2人で立っている時の事。


『ねぇ、見てみてあの人、デカいし、髪ボサボサだし雰囲気怖っ。私、ああいうタイプマジ無理』


『ちょっと、声大きいから聞こえちゃうよ』


 電車の中で唐突に浴びせられる女子高生位の二人の会話。聞き間違えじゃない、明らかに僕の事を言っているようだった。


 自信が無くなり、僕は俯いた。


「後無君、ちょっと耳貸して」


 横に立っているチャミが僕の耳元で「ルールその三」と伝えてきた。


「え?」


「外へ出かける時は猫背をやめて、真っ直ぐ前を向いて歩いたり、立ったりする事。自信の無い男の子はモテないよ? 出来なかったら?」


「罰……ゲームっすか?」


「ピンポーン! ヨーイ、スタート」


 高山と一緒で、チャミさんは物事を直ぐに進めるからノリについて行くのに大変だった。


 僕は仕方なく背筋を伸ばし真っ直ぐ前を向いた。


 目の前のガラスに反射する僕とチャミさんの姿が見える。


 彼女は僕の視線に気付きニッコリと微笑んで、頭を僕の肩に乗せてきた。


「こうやって見るとカップルとしてはバランスが良いね。ほら、後無君、背が高いから。いつもはヒールのある靴を履くの遠慮していたけど、後無君と一緒なら気にしなくて良いね!」


 この人は女神か。


 駄目だ駄目だ、また勘違いして中学の時の失敗の二の舞になってしまう。


 電車から降りると、チャミさんは僕の手を繋いで歩幅を合わせて歩いてくれた。


「私の行きつけの美容室なんだけど、そこの店長がカリスマ美容師で、芸能人の髪も切ってるその業界では有名な人なの! まぁ、ちょっと癖はあるけど……とにかく、超イケテル髪型にしてくれるから期待してね❤️」


 今まで、近所の馴染みの床屋に行った事しか無い僕にとって、美容室に行く事自体ハードルが高すぎるのに、チャミの話を聞いた途端、今直ぐにでも帰りたくなった。



ガチャ


「いらっしゃ」


「ハロハロー、店長」


「あらチャミ? 今日はやけにシンプルな格好ね? ん? 隣の子は誰かしら?」


「この子はねー、後無って言うの。来月からあの才華学園へ転校するんだよ」


「あっ、どうも」と、軽く会釈をする。

コミュ症である僕の精一杯の挨拶だった。


 それよりも、この店長……男?


 店内なのにサングラス掛けて、髪の毛は紫色で、シャツを第二ボタンまで開けて素肌を見せて……凄いキャラだ。


「店長、後無の髪を切ってあげて。勿論、店長好みの男の髪型でいいから」


 店長はギロっとサングラスの奥からチャミを睨んだように見えた。


「チャミ、私のポリシー知ってるわよね? 私は気に入った子しか切らないし、ましてやこんな冴えない男を私に切れと?」


「勿論知ってるよ? でも、断るのは後無の事をちゃんと見てから判断してくれないかな?」

 

 チャミはあっけらかんと返答してるけど、不穏な空気が美容室の中で流れた。


 すると、ノッシノッシと店長が僕の所まで来て、今度は無言でグルグルと僕の周りを歩き、ジロジロと見てきた。


 そして、バサっと僕の前髪を掻き上げてきた。


「……チャミ」


「なーに、店長?」


「惚れた……これは切りがいがあるわ。この子を奥の席へ連れていって! 久しぶりに腕が鳴るわよ!」


 店員に奥の席へ連れてかれた僕は、その後、店長になすがままにされるのであった……



———2時間後


「チャミ、お待たせ! ふふっ、私の歴代最高傑作の作品の登場よ! 後無ちゃん、出てきなさい」


 ハードルを上げまくった店長の言葉に尻込みして本当は出たく無かった。

 でも、怒られるのが嫌だから恐る恐るチャミの前に出ていく。


「……」


 チャミは無言になって何も言わない。


 無言に耐えきれず、チャミの感想を聞く。


「ど……どうですか?」


「後無……だよね? 凄い……凄い凄い! 想像以上! このチャミ様が一瞬言葉を失っちゃったよ!」


 心なしか、周りの美容師のおねぇさん達の視線を感じるような……


「後無ちゃん、次から髪を切る時は私を指名しなさい。あなたをリスト入しておくわ❤️」


「ははっ、ありがとう……ございます」


 美容室を出てチャミさんの行きつけのパスタ屋で遅めの昼食を食べ、今度は洋服を買いに行くことになった。


「後無君はただでさえ目立つから、服装はやっぱりシンプルが良いかな? でも、高校生だから、可愛らしさも備えて……よし、あそこならメンズも有るかな? 後無君行くよ!」


 またもや手を引っ張られて店の中に連れていかれる僕。それにしても、本当にこの人は決断が早い。


 またも店長に気に入られた僕は、チャミさんと店長の着せ替え人形にされ、気付いた時には両手に抱える程の紙袋を持って店を出ていた。


「チャミさん、あの……僕はお金が無いんです。今日は沢山払って貰って、どうやって……あの、返せばいいですか?」


バシッ バシッ


 チャミが僕の肩を叩く。


「ルールその四! 僕は止めて、俺にしようか? 僕も嫌いじゃ無いけどね。ヨーイスタート!」


 また、チャミさんのゴリ押しルールが追加された。


「チャミさん……さっきの話」


「遠慮するな少年! 私がしたいと思って勝手にやってるだけなんだから。それより……後無君、気付いてる?」


「え? 何を……ですか?」


「周り見て」と、チャミが耳打ちをしてきた。


 言われた通りさり気なく周りを見ると、同年代の女の子達が足を止めて俺を見ているようだった。


「わっ、チャミさん! 俺、変な格好してますか?」


 慌てて、自分の姿を確認する。


『ねぇ、あの男の子超イケメンじゃない?』

『スタイル良いし、モデルさんかな?』


 え? もしかして俺の事を言ってる?


 チャミさんを見ると当然!と言わんばかりの親指を立てたポーズをした。


「ちょっと嫉妬しちゃった。私より注目浴びてるんだもん」


「チャ、チャミさん! 早く帰ろう!」


「やん❤️ 強引な子」


 俺はチャミさんの手を引っ張って駅まで走った。


◆◇


『ねぇ、見てあの人』


 電車の中で俺を見てコソコソ喋る声が聞こえる……って、確かこの娘達は行きの電車で俺の悪口を言ってた……また、俺の悪口を言うんじゃ?


『超格好いい』

『本当だ』


 え? 


 そんなに俺って……変わったのかな? 


『どう? 少しは自信を持ってくれた?』


 チャミが耳打ちをしてきた。


『いえ、ぜんぜん実感が湧かないっていうか……』


『大丈夫。私の言う通りにすれば後無君は無敵のモテモテ最強男子になるんだから』


『そう……ですか』


『だから、私の言い付けを守って最後は童貞卒業してね❤️』


『チャ、チャミさん!』


 チャミさんはニッコリと笑って腕を組んできた。


 チャミさんの言葉はシンプルだけど俺にとって凄く重い言葉だった。


 そんな簡単に人は変われない。それこそ、死んで転生しない限り……

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