フルーツバスケット

@defpeople

第1話

午前五時に目を覚まして、また眠ろうとしたが眠れなかった。

 結局布団の中で何度か寝返りを打ち、7時を知らせる町のチャイムと共に飛び起きた。

 結局あまり眠れなかった、と河野洋輔はため息をついた。

 眠りが浅くなる傾向にあることを、洋輔は最近自覚していた。

 特に日曜の夜は中々寝付けずに、深夜1時頃寝て朝の5時頃に目を覚ますという生活が習慣となっている。

 原因としては夜遅くまでスマホをいじっていて、目が冴えてしまうからだ。

ならばスマホをいじるのをやめようと思うのだが、目を閉じてみても中々寝付けない。翌日の仕事のことに考えが回ってしまい、リラックスすることができないのだ。

 そう、結局洋輔は今の仕事が合っていなかった。

 夜にスマホをいじっているときも、転職サイトを見たりしており、それで色々と考え込んでしまうため、余計に寝付けなくなるのだった。

 また、憂鬱な一週間が始まる。仕事着に着替えながら洋輔は思った。

 あと何度このサイクルを繰り返すのだろうか。洋輔は眠れなかった自分を半ば責めながら、考えてもしょうがないと思い、顔を洗って朝食を食べる準備をした。

 いつも通り前日の晩に炊いた米と納豆とインスタントの味噌汁をテーブルの上に置き、テレビを点けた。

 朝のニュースでは、最近あった事件のことが報道されていた。東京都渋谷区の路上で車が歩行者に突っ込んだ、鹿児島県の山で登山者数人が行方不明、アフガニスタンで地震が発生し180人余りが死亡…

 物騒なニュースばかりであるが、自分には関係のないことだなと、朝食を流し込みながら洋輔は思った。

「続いてのニュースです。近年増え続けている空き家ですが、近頃空き家に勝手に住み着いてしまう不法占拠者が問題となっています。」

聞き流していたが、このニュースは自分と多少の関わりがあるな、と思った。

洋輔は現在32歳で、職場から20分ほどの場所にあるアパートで一人暮らししている。

家族は姉が一人だけおり、福島市の児童養護施設で働いている。親はふたりとも他界している。5年前に父親が他界し、母親は1年前に他界した。

 洋輔は母親が50歳になってからの子供だったため、二人共早逝というわけではなかった。

 両親は元々二人で暮らしていたため、洋輔の実家は現在空き家となっている。一ヶ月に一度は様子を見に行き、掃除や家の周りの草刈りをするようにしているのだが、正直手入れが追いつかないというのが現状だった。

 両親が住んでいた家屋以外にも昔使っていた牛舎や倉庫などがあるため、解体しようにもかなりの費用がかかってしまう。洋輔の頭を悩ませるタネの一つだった。

 誰か貰ってくれないかな、そんなことを考えていたが、時刻が7時40分を回っていることに気がついた。そろそろ家を出る時間だ。

 玄関に鍵を掛け、車に乗り込んだ。

 スズキの軽が洋輔の足だ。走行距離はそろそろ10万キロに達しようとしている。

 道路をやや飛ばしながら、今日やることについて頭の中で考えた。

 洋輔の職場は福島県郡山市にある山下選果の果実選果場だ。今は9月なので梨の選果がピークとなっている。

 8時30分から選果が始まるため、その前にシャッターを開け、選果機のスイッチを入れ、今日の出荷の段取りをし、作業員を集めて朝礼を行わなければならない。

 そういえば今日は新しいバイトの面接があると上司の山下から伝えられていた。14時に山下と一緒に面接をすることになっている。話を聞いたところ、20代の女性だそうで驚いた。選果場の作業員はほとんどが定年退職した60代以降の定年退職した男女で、今いる一番若い作業員で30代の男性だった。その男性は声帯が不自由で、普通の職場ではコミュニケーションを取るのに不自由するため選果場で仕事をしている。その女性にしても、こんな職場に来るということはきっと訳ありなのだろう。もっとも、人手は常に足りないので働いてくれるのはありがたいことだが。

 職場につくと、既に3名の作業員が事務所のシャッターの前で屯していた。全員がタバコを吸いながら、世間話に花を咲かせている。

 洋輔が挨拶しようとすると、

 「今日の選果は早くおわんだべぇ?」

といきなり聞いてきたのは高田という大柄な男で、作業員の一人だった。高田は元々地元の町工場で働いていて、退職後に友人のツテでここに働きに来ている。

 「先週は19時まで残らされて散々だったからよ」

そう続けたのは小池という作業員だ。小池は元々山下選果の社員で、ここでは一番の古株だ。高田に声をかけたのもこの小池だった。

小池は社員時代に選果場を担当していたため、洋輔の仕事の中身を分かっているからか、何かにつけて小言を言いがちである。身長が低く、前歯が出ているため高田と並ぶとジャイアンとスネ夫のコンビを彷彿とさせる。

「それは皆さんの働きぶり次第です。」

淡白にそう言うと、

「おれらの働き次第ってったっておめえ、人手が足りねえんだから仕方がねぇじゃねえか」

高田が言った。

「もっと人増やす努力をしないと潰れちゃうよ、洋輔くん。なあ、寺ちゃん。」と小池が続ける。

寺ちゃんというのは三人目の作業員の寺島のことで、一番若い30代の作業員が彼だった。

言われてうんうんと頷いている。

「そういうのは僕じゃなくて山下さんに言ってください。そういえば今日は新しいバイトが面接に来ますので、採用になったらキチンと教えてあげて下さいよ。くれぐれも手荒な真似はしないように。」

うんざりしながら洋輔が答えると高田と小池は何やら小言をぶつぶつと話していたが、無視して準備に取り掛かることにした。

 機械の電源を入れ終わり、事務所の前に来ると、今日出勤の作業員が集まっていた。

全部で25名ほどいる。

 8時20分になったので、朝礼を始める。

「皆さん、おはようございます。

今週も頑張っていきましょう。

先週に引き続き、梨の選果のピークとなっております。今日は幸水の選果が終わった後に、豊水の選果を行う予定です。

品種切り替えの際にはラインが替わりますので、箱詰め担当の方は速やかに移動と準備の方をよろしくお願いします。それから先週市場の方から痛みのクレームがありました。選果担当の方は気を付けてください。

それでは、今日も1日よろしくお願いします。」

「よろしくお願いしまーす。」

数名の作業員が気のない返事をし、それぞれの持ち場へと入っていった。

8時30分のチャイムが鳴り、選果機を稼働した。この選果場では主に4つの仕事場があり、生産者が運んできた果実が入ったコンテナをハンドリフトでコンベアに流す荷受け担当と、コンベアの上で果実の状態を見る選果担当、コンベアからラインに流れてきた果実をダンボールに詰める箱詰め担当、流れてきたダンボールを品種や規格ごとにパレットの上に置いていく仕分け担当に分けられる。

それらは作業員の仕事で、基本的に同じ作業員が自分の持ち場を持って仕事を行う。

もっとも、人が足りないときは持ち場を移動して別の仕事場に行ってもらうこともある。

そうした指示を出すことや選果場全体の状況を管理するのは社員の洋輔の仕事だった。

9時45分頃、事務所で作業をしていると、アラームが鳴った。このアラームは何らかのアクシデントが起こったときに鳴らすもので、選果場のボタンが押されると事務所で社員への通知のためのアラームがなる仕組みだった。

洋輔が急いで現場に向かうと、選果場のラインが止まっている。

「何があったんですか」

「トレイが詰まったよー!」

答えたのは迎という箱詰め担当の60代の作業員だ。

声が大きく、恰幅が良い。高田の女性版といったところだ。

見ると箱詰め場のラインに流れてくるはずのトレイが流れずに止まっている。

箱詰めのスピードが遅いと、たまにこういうことが起きてしまう。

「まったく誰かさんのせいで」

迎が続けた。誰かさんというのは、同じく箱詰め担当の木村のことだろう。自分のせいだと分かっているのか、おろおろしている。

「ごめんなさい…」

まだ50代の木村は、ここの女性陣の中では最年少だった。おまけに気が弱く不器用なため、迎を始めとしたベテランの作業員たちから嫌味を言われていた。

「迎さん、そういうこと言わないで。

しばらく復旧のための作業をするので、皆さんは他の持ち場の手伝いをお願いします。」

洋輔が声をかけると、箱詰めの作業員たちはぞろぞろと他の仕事場に移っていった。

迎はぶつぶつと嫌味をいいながら、先頭を歩いていった。最後尾を木村がついていく。

木村に島田という作業員が声をかけていた。島田は元々介護の現場で働いていた事もあってか面倒見が良い。

「木村さん、迎さんのいうことは気にしなくていいのよ」

「ごめんなさい、私の仕事が遅いのが行けないんです…」

「そんなの今年入ったばかりだから仕方がないわ、ほら、一緒に仕分けのお仕事を手伝おうよ」

「ありがとう、島田さんは優しいねぇ」

島田はこうして誰にでも優しく接する人だった。ここの中でも古株だが、高田や迎とは違い他人への気遣いができる。新人にも優しく、人がなんとかいなくならずに選果場が回っているのは島田のおかげでもあった。

結局復旧に20分近く時間がかかってしまった。トレイから梨がいくつか落ちてしまっており、それを片付ける必要があった。

ラインを再稼働し事務所に戻ると、上司の山下がソファに座ってタバコを吸っていた。

「調子はどうよ、洋ちゃん。」

この男は社長の息子で、普段は選果場の隣にある本社で仕事をしている。暇なのだろう、決まって忙しい時間にやってきては、小言を言って去っていく。

「昨日もクレームの電話入ってきたよ。休日なのに勘弁してって感じだよ〜。しっかり頼むよ、洋ちゃん。」

「申し訳ありません…」

「申し訳ありませんってさあ、君いっつも暗いよね〜。君がそんなんだから作業員のバアさんらもミスするんじゃないの?」

「すいません…気をつけます。」

「冗談だって。そんな落ち込むなよ〜洋ちゃん。」

山下はニヤニヤしながらタバコをふかしている。

40歳のこの男は洋輔が反論できないのが分かっていてこういう態度で接してくる。社長の息子で上司なので反抗的な態度は取れない。以前少し反論した事があったが、その後に抜き打ち監査だとかいって社長を連れて事務所に来てあらぬ言い掛かりをつけられ、三時間近く帰らせてもらえなかったことがある。

ゆくゆくはこの男が社長か、考えると気分が重くなる。今の社長も大概だが。

「じゃあ14時にまた来るから。ちゃんとやってね〜」

去っていく後ろ姿に聞こえぬよう舌打ちをしてから、仕事に戻った。

午前中の仕事はそれから問題なく終了し、午後14時が近づいてきた。

山下と事務所で面接の準備をする。

準備と言ってもテーブルの上を片付けるだけだが。

「今日来る人はどんな人なんですか。」

一応山下に聞いてみた。

「それを確かめるために面接するんじゃなーい、聞かなくても分かるでしょ」

いちいち鼻につく物言いをしないと気がすまないのか、このクソ上司は。心の中で毒づいていると、事務所のドアが開いた。

「こんにちは」

そこに立っている人の姿を見て驚いた、というよりは以外だった。

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