第10話

 悲鳴が当たりに響いている。アルディア領の中心であるこの街は今魔族による人間の殺戮が行われていた。


「ひっ……た、助けて」


 ここにも魔族に襲われようとしている人間が一人、彼の周りを複数の魔族が囲んでいた。


「お、お願いだ! ど、どうか殺さないで……」


 彼の命乞いなど魔族が聞くわけがない。魔族達はじりじりと彼に対する包囲を狭めていく。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 魔族の一体が彼を殺そうと武器を振り上げた時、彼は悲鳴をあげ、自分の死を覚悟した。しかし、いつまで経っても彼に武器が振り下ろされない。


「……?」


 彼が閉じた目を開けると彼を取り囲んでいた魔族達が死んでいた。そして美しい金髪を持つ青年が一人、魔族の血に濡れた剣を持って立っている。状況から見てどうやら彼が魔族を殺した張本人のようだ。


「ここは危険です! 早く逃げてください!」


 青年の激しい叱責に襲われていた男ははっとしてその場から走り出す。青年はそれを見届けると唇を噛んで剣を構えた。


「くそ! これほど数が多いと私だけでは対処できない……! しかしこれだけの数の魔族は一体どこから現れた……!?」


 アルディア領は魔族との戦いの最前線だ、その領地の中心地であるこの街は当然魔族に対抗できるように防備を固めている。それが一夜にしてこんな有様になるということは。


「何者かの手引きがあったとしか考えられないな……!!」


 裏切者の可能性にアレスは顔を顰める。だとするとアルディア公の屋敷も危ない。


「急いで屋敷に向かってアルディア家の皆の安否を確認しなければ」


 アレスはアルディア公の屋敷に向かって走り出す。しかし彼の行く道に魔族が立ちふさがった。


「くそ! 邪魔を……するな!」


 アレスは剣を振るい、魔族を薙ぎ払う、そのせいで魔族は彼を脅威と認識したのか次々と彼に襲い掛かってきた。


「くっ……! 早く屋敷へ行かなくてはいけないのに!」


 弱い魔族でも束になってかかってくると倒すのに時間がかかる、アレスは魔族相手に足止めを喰らってしまった。


「はあ、はあ……」


 襲ってきた魔族達を倒しきって息が上がる。しかし次の魔族達が彼に向かって来ていた。


「……っ!!」


 息を整え、再び魔族達と交戦を開始しようとするアレス。しかし彼に襲い掛かろうとした魔族を美しい白炎が焼き払った。


「な、なんだ!?」


 困惑しながらも白炎が飛んできた方向を見る。そこに立っていたのは一人の少女、彼女は美しい金髪を風に靡かせ、赤い瞳は魔族達を見据えている。


「アーリシア様……」


 アレスはアーリシアの放った白炎の力に茫然とする。あれを喰らった魔族達は一瞬で灰になってしまった。


「妖精族の魔法でもこうはならない、ならあれが……神威なのか……」


 その威力に戦慄する、アレスも神威については扱える人間を一人知っている。が、その人物の神威は攻撃のためのものではなかった、これほどの攻撃を見たのは彼も初めてだったのだ。


「……あなたは確か……アレスさんでしたね?」


 魔族を殲滅したアーリシアはアレスに気付いたのか彼のほうへ歩みよってくる。今の彼女はどこか厳かな雰囲気を纏っていた。


「は、はい……」


「あなたが街の人達を魔族から守ってくださったのですか? こちらのほうから生きている街の人達が逃げてきていたので」


「ええ、私の出来る範囲で魔族に襲われている人達を助けました。しかし……」


 アレスは唇を噛む。守ることの出来たのは彼の手の届く範囲の人だけ、それ以外の人達は魔族に……。


「アレスさん」

 

 アーリシアは彼の頬に手を添えて優しく語り掛ける。


「ありがとうございます。どうか自分を責めないでください、あなたが戦ってくれたおかげで救われた命があります。領主の娘としてお礼を、そして残った魔族は私が殲滅しますから街の人達を魔族から守って安全なところまで誘導してあげてください」


「アーリシア様一人に魔族の相手をさせるのは……私も」


「街の人達の誘導をお願いします。大丈夫です、私は必ず勝ちますから。こんな私の言うことを信じるというのは無理なことかも知れませんけど、どうか私に任せてもらえませんか」


 きっぱりと言い切るアーリシアにアレスは反論できない、今の彼女には言ったことを行う力があると思えたからだ。彼は彼女の言葉に頷くとその場を離れ走り出す。彼はまだ残っている領民を見つけては彼らを保護し、安全な場所へと向かった。


「あ、あれはなに?」


 彼と一緒に逃げていた領民が空を指さしている。その指の示す先にいたのは小さな人影。その人物の背からは二翼の炎の羽が生えていた。夜の空にその炎翼が美しく映える。


「あれはアーリシア様……」


 空にいる彼女の周りに炎が集まっていく。やがてその炎が無数の炎槍になり、街に降り注いだ。すさまじい轟音と共に炎槍は魔族達を駆逐していく。魔族達は断末魔をあげる間もなく灰になっていった。

 

「なんて威力……凄まじい力だ……」


 アレスはアーリシアの神威の力に改めて戦慄した。しかもアーリシアはあれだけ広範囲の及ぶ攻撃を行っておきながらその攻撃を魔族のみに当てているようなのだ。事実逃げていたアレス達はあの攻撃を受けていない。


「この力を持つ彼女なら本当に魔王を倒せるかもしれないな……」


 アレスはそんな言葉をぽつりと漏らした。



 この日アルディア領の中心であるアルディアの街は魔族によって奇襲を受け、大きな打撃を被った。しかし戦いの結果、全滅したのは魔族のほうである。この戦いにおいて魔族を殲滅したのはのちに魔王を倒すことになるシャリア王国の遺児、アーリシア王女であった。この戦いから彼女の魔王討伐の旅が始まる。


 


 

 


 

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