第11話

 屋敷にいた魔族を倒した私は街を襲っていた魔族もすべて神威の力で倒した。

 街はもう人が住めるような状態ではなくなっていた。ほとんどの人が殺されて、生き残った人達はわずかとなってしまった。


「アーリシア様」


「ああ、アレスさん」


 そこにはアレスさんが立っていた。彼は私のほうへ歩いてくると頭を下げた。


「申し訳ありません。街の人々すべてをお救いすることが出来ませんでした。私の力が足りないばかりに……」


「いいえ、あなたは悪くありません。悪いのはこの光景を作り出した魔族です」


 そう悪いのは街を破壊した魔族であって必死に戦ってくれた彼ではない。彼は街が魔族に襲われる中、必死で住民を守るために戦ってくれたのだ。そんな彼を責めることなんてするわけがない。


「私、魔族が恐ろしいっていうのは話にはずっと聞かされていました。それなのに私はこの光景を見てようやく彼らの恐ろしさを理解したんです」


「……」


「アレスさん、あの日あなたが私に言った言葉は本当だったんですね。私には魔族を滅ぼせる力がある、そして世界では私のように魔族によって大事なものを奪われる人がたくさんいる」


 私は言葉を区切り、アレスさんのほうを振り返る。自分の決意を伝えるために。


「あなたがあの時にした申し出を私は受けます。こんな……こんな悲しい思いをする人がいなくてすむように。なにより……魔族は人の幸福を壊すことをなんとも思っていない、そんな奴らを野放しにしておけません。だから魔王の討伐に私を連れていってください」


 私の言葉を聞いたアレス様はしばらく黙り込む、少しの間静寂が場を支配した。


「よいのですか? あなたは魔王討伐に行くことを嫌がっておられました。あの時は私もあなたを迎えにいく役割でお屋敷に伺ったので魔王を討伐して欲しいといいましたが……個人的には無理強いするのはどうかとも思っていました。もちろんあなたが決断されたのなら喜ばしいことですが」


 ああ、この人も悩んでいたんだな。自分の感情と責任の間で。


「はい、もう決めました。私の決意は変わりません」


 だからきっぱりと宣言した、私の意志を彼に。私自身がこの決断をしたのだから彼は苦しまなくていいのだ。


「……分かりました。アーリシア様がそう決断されたのなら私はあなた様をお守りするのみです」


 そうして彼は私の前に跪き、頭を垂れる。私が彼が仕えるべき王家の人間だからだろう。


「我が命に代えてもあなた様をお守りします。必ずや魔王討伐のお力になりましょう」


「よろしくお願いします、アレスさん。私はまだまだ未熟ですので、どうか至らないところがあればご助力をお願いしますね」



「……」


 アレスさんに私の決意を伝えた後、私は兄さんのところへ報告に来ていた。私の考えを聞いた兄さんは目を瞑っていつもの仏頂面で黙り込んでしまった。


「あ、あの兄さん……?」


 長い時間兄さんが黙り込んでしまったので私は不安になってきてしまう。ひ、一言ぐらい欲しい……!


「アーリシア、一つ聞きたい」


 やがて目を開いた兄さんが私のほうをじっと見て語り掛けてくる。目は真剣そのものだった。


「お前の決意は分かった。ただ……本当にいいのか? 無理をしていないか?」


 兄さんは確認するように訪ねてくる。この質問はもっともな質問だろう、私は最初魔王討伐をお願いされた時に怖くて拒否し、兄さんと一緒に断ろうとしていたのだから。

 だけど今は……自分にとって大事なものを壊された今では私の気持ちは変わってしまった。


「兄さんのおっしゃることはもっともです。事実私は兄さんを頼って魔王討伐に行くことを断ろうとしていましたから。でも……今は、この現実を見た今は魔王討伐を断ろうと思えなくなりました」


「アーリシア……」


 普段あまり表情を変えない兄さんが苦悶に表情を歪める。その表情に少し胸を締め付けられた。


「分かった……お前はこうと決めたら言うことなんて聞かないからな。俺がなんと言ってもお前の今の気持ちは変わらないのだろう」


 兄さんは私の傍によって来る。そして私を優しく抱きしめた。


「ちょ……!? 兄さん!? どうしたんですか!?」


 突然の出来事に私は戸惑ってしまう。あの兄さんがこんなことをするとは思って

いなかったからだ。


「大事な妹が過酷な旅に出るんだ、これくらいいいだろう」


「……!」


 私を抱きしめた兄さんの腕は振るえていた。


「……ごめんなさい、勝手な妹で」


「いつものことだ、気にするな。……どうか死なないでくれ、アーリシア。血がつながっていなかろうがお前は俺にとってたった一人の兄妹なんだ。俺はこれ以上自分の家族が死ぬのを見たくない」


「兄さん……はい、私は必ず魔王を倒して帰ってきます。だから兄さんはこの街で皆と待っていてください」


「ああ……」


 震えている兄さんを落ち着かせるために私は彼の背中を撫でる。兄さんはしばらく撫でられるままだったがやがて落ち着いたのか私から離れた。


「まさかお前に励まされる日がくるとはな」


「ああ、そういえばそうですね。私が兄さんを励ましたのはこれが初めてかもしれないですね」


 くすくすとお互いに笑いあう。たった一人の家族との穏やかな時間が流れる。


「じゃあ行ってきます」


 私はそう言って兄さんに背を向けて歩き出した。


 

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