第7話
私と兄さんは馬車に揺られながら屋敷への道を行く。
「もう落ち着いたか?」
「はい、ありがとうごさいます。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑だなんて思ってないさ。家族であるお前が落ち込んでいるところなんて見たくないだけだよ」
「ふふ、兄さんがここまで素直に私のことを気にしてくれるなんて珍しいですね」
「失礼だな。俺はいつでもこんな感じだぞ」
「いつもは私に対して皮肉やからかいばかりのくせに」
クスクスと私が笑うと兄さんは罰の悪そうな顔をした。どうやら自覚はあったらしい。
「いつもそれくらい素直でいいと思いますよ」
「常に妹にデレデレな兄というのもどうなんだ。家族へ好意を示すのは悪いとは言わんが程度の問題はあると思うぞ」
兄さんの言葉を受けて私はその光景を想像してしまった。私に対して常日頃からデレデレで交流を図ろうとする兄さん……。
「確かに想像したらちょっと鬱陶しいし、嫌ですね……」
「だろ?」
兄さんの言葉に私は頷く。やはり何事も程度の問題というものはあるのだ。
「まあそういうのは置いておいて。屋敷に戻ったらすぐに父上の元に行こう。そしてさっき俺に話したお前の気持ちを伝えるんだ」
「はい」
兄さんが私の味方をしてくれるのが今はもの凄くありがたかった。それだけでお父様とちゃんと話そうという気力が湧いてくる。
「アラン様!」
私が兄さんに感謝していると馬車を引いている御者がただならぬ様子で呼びかけてきた。
「どうした!? 何があった!?」
「街が……街が燃えております!!」
「!?」
私と兄さんは御者の言葉に凍りつく。街が燃えているってどうして……。
「なにがあった……!」
兄さんは馬車の窓を開けて街のほうを確認する。私も確認したかったため、兄さんとは反対側の窓を開けて街のほうを見た。
「!? 本当に燃えてる、なんで……!?」
御者の言った通り、街は本当に燃えていた。一体なにがあったの……。
「きゃっ……!」
唐突に馬車が止まり、私は体勢を崩してしまう。それを兄さんが支えてくれた。
「アラン様、私達が街の様子を見てきます。2人はここで待っていてください」
馬車を引いていた御者が私達に話しかけてくる。
「しかし……!」
「あなたは次期当主なのですよ、なにかあってはいけません。アーリシアお嬢様と一緒にここに残ってください、いいですね。大丈夫、無理はしません。危険ならすぐに戻ってきます」
「……分かった……。まずいと思ったらすぐに引き返すんだぞ、いいな」
「はい、では行って参ります」
馬車を引いていた御者は街のほうへ向かって走っていった。
「俺達はここで待機だ。彼を信じて待とう」
「はい」
しかしいつまで経っても彼は帰ってこなかった。
「兄さん、これは私達も動いたほうがいいのではないですか?」
「……」
兄さんは私の言葉を聞いて考えこむ。
「よし、分かった。俺達も街に行こう。なにがあったか確認するんだ」
「はい」
「いいか、お前は俺の側を離れるなよ。なにが起こるか分からないからな。それじゃ行くぞ」
兄さんの言葉と共に私達は馬車から降りて街のほうへ向かう。
「兄さん、街の中に入る当てはあるんですか?」
「この街には非常時に備えて地下通路が作ってある。近くにその入口があるからそこに向かって屋敷に入るぞ」
そういえばお父様から教えられていた。街が燃えているという状況に気を取られて思い出せなかったけれど。
「分かりました」
私は兄さんに従い、ついていく。街の近くまでくると人の悲鳴が聞こえてきた。
「……!?」
私は息を呑む。なにかとても良くないことが街で起きているのは感覚的に感じることが出来た。
「兄さん……」
「急ごう、地下通路の入り口にはもう着く。あった、ここだ」
兄さんがある場所の地面の土を払っていく。やがて鉄の扉は姿を見せた。
「さあ行くぞ。ここを通っていけば屋敷の近くに出る。街の様子もその時に少し確認しよう」
「はい、分かりました」
兄さんが扉を開けて先に地下に入り、私もそれに続く。
「この通路を使う時が来るなんてな。本当は使わないほうがいいんだろうけど」
この通路のことはお父様になにか非常時になった時に使いなさいと言われていたものだ。兄さんの言う通り使わないでいいなら使わないほうがいいものではある。
「よし、出口だ」
兄さんが差し示す先に入ってきたところと同じ鉄の扉が見える。
「よいしょ……」
兄さんが扉を開けて先に外に出る。
「ほら、手を」
私を引き上げようと兄さんは手を伸ばす。私はその手をしっかりと掴んだ。
兄さんが私の体を勢いよく引き上げる。私の体はあっさりと引き上げられた。
周囲を見ると屋敷の近くに出ていた。どうやら隠し通路はきちんと通じていたようだ。
「!? 屋敷が燃えてる……」
「お父様、お母様!!」
堪らず私は走り出す。2人ともどうか無事でいて!
「おい、アーリシア! 待て!」
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