第5話

 アレスさんが屋敷を訪れた日から私はお父様とお母様と会話しなくなった。食事も部屋でとり、なるべくお父様と顔を合わせないようにしている。

 部屋の扉が叩かれる音がした。おそらく私の世話をしている侍女が食事を持ってきてくれたのだろう。


「お嬢様……私です。お食事を持ってきました。入ってもよろしいでしょうか?」


「入って大丈夫よ」


 予想通りやってきたのは私の世話をしている侍女だった、私の答えを聞いた彼女が部屋に入ってくる。


「お嬢様……」


 部屋に入るなり彼女は心配そうな顔で私を見る。それほどまでに今の私の表情は酷いんだなあ。


「ありがとう、食事はいつもの通りに机に置いておいて」


 私は無理矢理笑顔を作って彼女に微笑みかける、うまく出来ているかは分からない。


「かしこまりました」


 私の支持に従って彼女はテーブルに食事を置く、しばらくじっと私を見ていたがやがて頭を下げて部屋を出ていった。こちらのことを気遣ってくれたらしい。


「……」


 私はテーブルに置かれた食事を一人孤独に食べる。この屋敷の料理人は皆一流の人間だから味はいい。きちんと食べ終えたけれど今はあまりおいしいと感じなかった。


「私はどうしたらいいの……?」


 私の独白には誰も答えてくれない。あの日からずっと私は部屋に引きこもったままだ。このままではいけないことは分かっていてもあんな大きなことに対して簡単に決断なんてできない。


「私がおとぎ話に出てくるような魔王を倒せる力の持ち主で本当は滅んだ国の王女でしたって言われて……そんなこと受け入れられるわけないよ……」


 私は今まで守られて育ってきた。いきなり魔王を倒すために戦えなんて言われても自分の将来のことを考えるので精一杯の人間になにを言ってるんだと思ってしまう。それに私が持っているという神威の力だって未だに使えたことはない。そんな状態で戦えばすぐに死んでしまうだろう。そんなことは素人でも分かる。


「はあ……最悪の気分だ」


 溜息をついた私は窓から外の風景を見る。相変わらず領内の美しい景色が目に入ってきた。


「あ……」


 私の目には綺麗な湖が飛び込んできた。幼い時は兄さんとよく遊んでいたっけ、今でも気分が沈んだ時によく行っている。そんなことも忘れるくらい気持ちが沈んでいたのか、私は。


「そうだ、あの湖に行こう。なにもかも忘れたい……」


 私は服を着替えて外に向かう準備を始める。あそこに行ったらこの辛い現実も忘れられるだろう。


「外出するわ。馬車の用意をお願い」


 先程部屋の外に出て行った侍女を呼び戻して馬車の用意を支持し、この現実から逃げる準備を整えた。

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