第4話

 来客の男性を連れて私とお父様は応接室にやって来た。私はお父様の隣に座り、男性は私の向かい側に座る。


「アーリシア様、突然の訪問どうかお許しください。私はアレスと言います」


 アレスと名乗った青年は丁寧に自己紹介をする。挨拶が丁寧なことといい、身分の高い人間なのだろうか。


「私が今日ここを訪れたのはあなた様をお迎えにあがるためです」


「え? 私を迎える……? どういうことですか?」


 いきなり迎えに来たと言われても訳が分からない。私は間違いなくここの家の子だし、迎えに来たと言われても……。記憶を辿っても私はこのアレスという青年とはなんの接点も見いだせなかった。


「アレス、もう少しこの子が理解するのを待って話を進めないと」


 お父様が憮然とした様子で彼をたしなめる。やはりお父様は怒っていらっしゃるようだ。


「すいません、公爵様。ですが私もどこからアーリシア様に説明すればいいのか迷っているのですよ」


 たしなめたお父様に対し、アレスさんは困り顔でお父様の言葉に答える。どうやら私に伝えにくいことらしい。


「あの今から話されることは私に伝えにくいことなのでしょうか? お父様」


 私の質問にお父様は頭を抱える。こんなふうに困り果てたお父様は初めて見た。


「すまない……お前にどうこの件を伝えればいいのか分からなかったんだ。だが……」


 お父様は意を決したように顔をあげると私を見つめてくる。その真剣な眼差しは私が今まで見たこともないものだった。思わず私は唾を飲み込んでしまう。


「いずれは伝えねばならぬことだった。どうか心を強く持って聞いて欲しい」


「は、はい」


 お父様の真剣な様子に私も居住いを正す。なんとなくこのお父様の言葉は私の今後の運命を変えてしまうような気がしたのだ。


「15年前に滅んだシャリア王国のことは知っているか?」


「はい、歴史の授業で習いました」


 シャリア王国のことは私も知っている。歴史の授業で必ず扱う魔族との争いの中で出てきた王国の名前だ、これまでの歴史の中で魔族に滅ぼされた国は数え切れないけれど比較的最近に滅ぼされた国の名前だから覚えている。


「でもその国が私となんの関係があるのですか? 滅んだ国と私の関わりが分かりません」


私が変わらず困惑しているとお父様は一瞬黙り込んだ後、再び重い口を開かれた。


「お前はそのシャリア王国の王女だ」


「えっ……」


 今、お父様はなんとおっしゃられた? 私が滅んだシャリア王国の王女様?


「お父様、冗談はやめてください。私はこの家の子供でしょう……」


「冗談でこんなことは言えん」


 私の言葉をお父様はきっぱりと否定する。これは本当に冗談を言っていない。


「う、嘘……」


 今まで信じていたものが崩れ落ちて行く。ならどうしてお父様は私のことを育てたの?


「ならお父様はどうして私を育てたの……? 本当の娘じゃないのに」


 お父様は少しの沈黙の後、私の質問に答え始めた。


「お前のことをお前の両親から託されたからだ。私とお前の両親は良い友人であった。シャリア王国が滅んだ時にお前の両親はお前をシャリア王国から逃して私達の元へと送り込んで来た。まだ子供だったお前に本当のことを伝える訳にもいかなかった。お前がきちんと大人になってから伝えるつもりだったのだ」


「じゃあ私が王女だったとしてこの方となんの関係があるのですか」


 正直まだお父様の話を受け止められていないけど、私はなんとか疑問を解消するために質問をする。私が滅んだシャリア王国の王女であることとアレス様がやってきたことにはなんの関係があるのだろう。


「私の家はあなたのご両親にずっとお仕えしていたのです。王国が滅んだ時、我が一族はあなた様の成長を見守り、16歳になった時にあなたの成すべきことを伝えるようにと仰せつかっていました」


「私の成すべきこと?」


「魔王を倒すことです。それが我らの一族があなたに伝えるように仰せつかったあなたの成すべきこと」


「魔王を倒せって……」


 私はアレス様の言葉に絶句してしまう。魔王を倒す? 私が?


「そんなこと出来るわけがないじゃないですか!! 私はただの少女です!! 人間の中でも強い者達が挑んで今も倒せていない魔王を私のような弱い娘が打倒なんて出来るわけがないじゃないですか!!」


 自分でも驚くくらいの大声で私はアレスさんの言葉を否定する。今の私は自分の身に起きていることの説明についていけずパニックになっていた。


「……神威しんいという力を聞いたことがありますか? アーリシア様」


 私が動揺しているのを見てかアレス様はゆっくりと語りかけるように話しかけてくる。おかげで少し私も落ちついた。


「神威……伝承に伝わっている力ですか? 本で読んだことはありますよ」


 神威、それは伝承に伝わる特別な血族の人間のみが扱える力。その力は魔族をも撃退し、人間の危機を何度も救ったと伝えられている。しかしそれは遙か昔の話、現代においてその力を使える人間がいるという話は少なくとも私は聞いたことがない。


「でもそれはおとぎ話の世界の話でしょう。そんな力を使える人間が実在する訳がありません」


「いいえ、あなたこそその神威を使える血族の末裔なのです。あなたのご両親もその神威の力を使って魔族と何度も戦われました。しかし……」


 アレスの顔が曇る。


「16年前のシャリア王国が滅んだあの日、部下の裏切りに遭い王城は落ちました。あなたのご両親はあなたをなんとか逃してここにいるアルディア公に託されたのです。あなた様が成長し、神威の力を扱えるようになるまで魔族から守ってもらうために」


 悔しさを滲ませながらそれでも私が理解出来るようにゆっくり話すアレス。しかし私の頭の中はそれどころではなかった。今の話が本当なら私は……


「……アレスさんの話が本当ならお父様は本当のお父様じゃなくて……私を最初から魔王を倒すために育てるつもりだったということですか?」


「アーリシア……それは」


「お父様、そうじゃなかったらなんなのですか? 私は実の娘ではないのでしょう?」


 口調がおのずときつくなってしまう。自分では止めようもなかった。私がお父様の実の娘ではなく、今アレス様が言ったように魔王を倒せるようになるまで友人から託された忘れ形見として育てていたのなら。

 

 私がお父様に感じていた家族としての愛情とお父様が私に向けていた感情は違っていたのだろうか。

 

 少し落ち着いていればもっと冷静に考えられていたのだろう。しかし今はそうすることが出来なかった、私の心はお父様に対する疑念に支配されていた。


「……とりあえずアレスさんがこちらに来られた目的は理解しました。ですがまだ私はすべてを受け入れられません、少し整理する時間をください」


 私は席を立つとそのまま応接室から出て行った。お父様はそれを止めない。扉を閉めた時思ったより強い音が出てしまった。

 そのまま私は自分の部屋へと歩き出す。部屋に着くなり、私はベッドに倒れ込んだ。そのまま大きく息を吐き出す。


「……いきなり実の娘じゃないとか、魔王を倒す力があるとか言われたって整理できる訳ないでしょう」

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