平凡な帰宅戦士は今日も戦いながら家に帰る

牛盛空蔵

本文

 終業後、サラリーマンは「帰宅戦士」となる。

「お疲れ様でした」

「お疲れ!」

 薄田は声をかけて、外套を羽織る。


 今日の天気は曇り。ジメジメして火炎魔法の威力が減る代わり、落雷や雨を降らせる魔法はより火力を増す。

 ……が、雨が降るかどうかまでは分からない。晴れるかもしれないので、落雷や雨系統の魔法に頼るのはいささか心許ない。

 それに、天気アプリによれば気圧も低い。精神面に影響しそうである。

 安全な帰宅ルートを選択できる学生や児童、生徒ならまだいい。普通に帰ればよいので、影響がないとはいわないが、いちいち帰宅戦士と同じレベルで低気圧を警戒したり、対策を施さなくても問題はない。

 しかし、薄田は帰宅戦士。帰宅のためには、モンスターと戦ったり、トラップを慎重に解除しなければならない。

 ある程度の低気圧は、そのような一瞬の判断や微細な感覚を狂わせる。

 対策を施さなければなたない。

 薄田は社内にある、帰宅戦士売店に向かうことにした。


 売店の若い女性が頭を下げる。

「あら、薄田さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 薄田は一礼して、品物を見る。

 何を用意するかは、帰宅ルートにも影響される。

 今日の品ぞろえと、帰宅路の選択との兼ね合い。たとえば少々迂回して大通りを歩くルートでは、他の帰宅戦士と連携をとりうるし、帰宅決闘者と決闘をしたり、帰宅者狩りに遭遇する危険も少ない。

 その代わり、モンスターの出現ポイントも規模が大きいので、強敵と遭遇しやすい。

 かといって裏道を経由すると、帰宅決闘者や帰宅者狩りの危険が高まるし、野良の帰宅戦士と現場で連携をすることも難しくなる。

 悩んだ末、薄田は基本的には大通りで今日の帰宅を攻略することにした。

 とすると、身に着けて能力を補強するグッズより、消耗品を買いそろえたほうがいい。個人戦は自分一人の能力の比重が大きいが、集団戦ともなれば様々な消耗型グッズを持っているほうが戦術の幅が広がるからだ。

 もし余ったら、次の帰宅のときに使えばいい。

 彼は対モンスター手榴弾、止血ポーション、追い風のスクロールなどを選び、レジを通した。

「千五百円です」

 それなりに大きな出費だった。


 帰宅ルートのコンディションを調べる。

 スマホで。

 帰宅戦士業界はここ十年で盛り上がっているため、帰宅支援アプリも充実している。

 ヤッホーやゲーゲルなど、大手の支援アプリも悪くはない。だが、彼が起動したのはあまり全国的な知名度のない中小企業のアプリ「かえろうよナビ」。

 首都圏に特化し、より詳細な情報を取得できるのは、このアプリなのだ。大手では漏れている裏通りや、乗り越えられる障害物、今日の決闘者や帰宅者狩りの予報、地点ごとの帰宅戦士の多寡など、かなり詳細で正確な手掛かりを提供してくれる。

 どうやら、彼の選んだ帰宅ルートのコンディションは、いつも通りであるとのこと。

 行くか。

 彼は準備スペースに寄り、砥石で帰宅の剣を研いだ後、決心して帰宅へ向かった。


 ところが、ほどなくして、いかつい帰宅決闘者に遭遇した。

「金糸免状で決闘を申し込む。この申し込みは拒否できない。分かるな?」

 この免状を用いた決闘は、法的に素通りできない。もしそれをやったら、刑罰を受ける上に会社もクビになるおそれが大きい。

 というより、ほとんどの決闘はこの金糸免状を用いて行われる。

「やむをえないか」

 彼はつぶやき、剣を抜く。

 が、さらに五人ほどの戦士が物陰から現れた。

「おいオッサン、悪いが狩らせてもらうぜ」

 帰宅者狩りである。

「むむ、決闘者さん、ここは協力して帰宅者狩りを迎え撃ちませんか」

 しかし決闘者は首を振って拒む。

「決闘の誇りとは、一度受けた戦いを最後まで成し遂げること。決闘をしつつ狩人も相手にしよう」

 頭の固い男である。

 だが、帰宅者狩りも決闘者も、薄田なら乱戦で勝てる。

 瞬時に力量を見た彼は「ではそうさせてもらいます」として、手近な狩人に斬りかかった。


 約二十分後。

「ふう……」

 帰宅者狩りと決闘者、双方を倒した薄田。

 だが、軽傷ではあるがダメージを負っている。

 そこで消耗品の出番である。

「ングング」

 彼がポーションを飲むと、痛みはやわらぎ、止血作用が働いて、彼の身体は傷口を仮にではあるがふさいた。

 空き容器は、近くにあった公園のごみ箱へ捨てた。

 気力も回復した彼は、ストレッチをすると大通りに向かった。


 しかし、そこで見たのは、大きな交差点の中心に陣取る巨大なオーク。

「オークロード……?」

 数十人の帰宅戦士たちが、数の多さにもかかわらず、多数負傷し、ひたすら守勢に回っている。

 あのままでは、ジリ貧でいずれ全滅する。

 彼は手近な戦士に話しかける。

「オークロードですか?」

「そうだ、あれは暗黒級のノートリアスモンスター、まさかここに出るとは……」

 薄田はスマホでアプリを開く。

 兆候も予報もない。

「掲示板は……」

 巨大掲示板群のスレッドをのぞいてみると。

【新橋ゴロタ陸橋付近にオークロードが出た!】

【まじで? なんであそこに暗黒級が】

【そういえば最近、あの辺の空気がよどんでた。データには出てないけど】

 いまからでは遅い。

 薄田も帰宅戦士ではあるが、まともに戦えば勝てるか怪しい。

 だからまともではないグッズを使う。

「それ……ゲホゴホ……!」

 名も知らぬ戦士の目が驚愕の色に染まる。

「そう、マイクロミサイルのスクロールです。これだけは使いたくなかったんですが、仕方がない」

 なお、使いたくなかった理由は、このスクロール一個だけで五万円以上かかるからだ。

 しかし命には代えられない。超級グッズは、使うためにあるのだ。

「皆さん、いまからマイクロミサイルのスクロールを使います、巻き込まれないようにしてください」

 口々に「それは助かる!」「勝てるぞ!」などと歓喜の声。

 彼はスクロールを魔法語で読む。

 唱え終わると、スクロールに封じられていた巨大な魔力が形を成し、オークロードに轟音と衝撃波とともに直撃した。


 無事帰宅した薄田は、アパートの電気をつけた。

 六畳の部屋の中で、時々チカチカ点滅する。

 安物の畳は一部がはげ、ザラザラと肌に感じる。

 だが。

 今日も無事に帰宅できた。とんでもないモンスターがいたが、生きて帰ることができた。

 彼は財布の中を見た。一発五万のスクロールは大きい。あまりに大きい。

 今後は帰宅グッズのサブスクで、月額制ではあるが幾分安く整えるべきか。

 しかしオークロードほどのモンスターはめったに出ない。

 単発のスクロールとサブスク、どちらが効率的か。

 彼は近所の弁当屋で買った、安いが美味くはないのり弁をつついた。

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