第16話

「ちょっと屋上に来てくれないか。話がある」


 あの日。

 昼休み終わりも間近になった頃、白楽はくらは突然俺に耳打ちしてきた。その時近くに居たのは美也子みやこ大毅だいきだけだったが、おそらく二人には聞こえないくらいの小さな声で。

 なぜかフラリとよろけた白楽の体を、腕を伸ばしてとっさに支える。


「白楽、大丈夫か?」

「大丈夫だ」


 そっけなく言って俺の手を振り払うと、白楽はさっさと教室から出て行ってしまった。


 美也子も大毅も、白楽との付き合いの長さなら俺よりも長い。その二人に内緒の話ってなんだろう?

 続いて教室を出ながら、俺は嫌な想像をしていた。

 というのも、中学の時のいじめが頭を過ぎったからだ。

 仲間内である特定の人物だけで秘密を共有してしまうと、必ずそこにはひずみが生まれる。

 人間関係なんて強いように見えても案外もろいものだ。歪から簡単に、ボロボロに壊れていく。

 そんな経験を俺は中学時代にしている。同じような経験は、二度とごめんだ。その対象が例え俺じゃなかったとしても。

 白楽に限ってそんなことはしないだろうとは思ったけれども、屋上に着くまで俺は落ち着かない気持ちだった。


「白楽」


 先に屋上に着いていた白楽に、声を掛けながら歩み寄る。


「なんだよ、こんなとこに呼び出して。話なら教室で」


 話しながら白楽の真正面に辿り着いたところで、俺は強制的に言葉を遮られた。

 白楽にキスをされたのだと気づいたのは、唇が離れた数秒後だ。


「俺、永嗣が好きだ」


 弾けるような笑顔を浮かべて、白楽は言った。俺をまっすぐに見つめたまま。

 混乱する耳に微かに後ろから音が聞こえて、そちらに気を取られたものの、すぐに白楽に両手で顔を挟まれて、再度キスをされる。


「好きだ、永嗣」


 好き?

 白楽が俺を?

 あの陽キャで人気者の白楽が?

 陰キャで目立たないように生きている俺を?

 ……好きって、なんだっけか?


 言葉を発することもできず、俺は答えが欲しくてひたすらに白楽をガン見し続けた。

 けれども白楽はそれ以上は何も言わず、俺をその場に残して教室へと戻って行った。


 仕方なく俺も教室へ戻ったものの、いつもとは違った意味で誰とも話したくなかった。頭の中が混乱していたんだ。

 千景ちかげはなんだか分からないけど机に突っ伏していて、美也子と大毅は不思議そうにチラチラと俺と白楽の方を見ていた。白楽はなんだか機嫌が良さそうに見えた。……俺の事をこんなに混乱させておいて。

 そのうち、美也子と大毅が白楽の所に行って何か聞いていたようだったけど、あっさり追い返されたようだった。

 そりゃそうだろう、事の詳細を白楽が話すわけが無い。かといって、俺のところに来られても困ると思っていたところ、有難いことに美也子も大毅も諦めてくれたようだった。


 俺、白楽に告白された。


 改めてそう思うと、落ち着かなさと共に、妙に体がむず痒くなってくる。


 返事はやっぱり、早めにした方がいいんだろうな。


 とは思ったものの、実際のところどう返事をしたらいいのか、見当も付かなかった。

 だけど、その日のうちに何かしら返事をしておくべきだったと、俺はあとから激しく後悔することになった。

 何故ならその日、白楽はこの世から居なくなってしまったからだ。永遠に。


 もう、俺には何の返事をすることも、できなくなってしまったのだ。

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