第4話

 午後の授業がえらく長く感じたのを憶えている。

 遅刻気味に教室へと戻って来た永嗣えいじは、落ち着かない感じでオレの方にチラチラと視線を送って来はしたものの、近くに来ることは無かった。

 千景ちかげは千景で、席に座ったままどこかぼんやりとしている。もちろん、オレの方など見ようともしない。

 美也子みやこ大毅だいきが、オレの席まで来て「何かあったのか?」なんて聞いてきたけど、「別に」としか答えなかった。いや、それ以外に答えられる訳が無かった。

 少なくとも、今はまだ。


 放課後になると、オレはなるべく永嗣の方を見ないようにして教室を出た。

 本当は、これから【走らずの道】に行ってくると千景には伝えたかったけど、気づけば千景は教室から姿を消していた。


 スマホの地図を頼りに、バイクを走らせた。

 中古だけど良く走ってくれる、いい相棒だ。

【走らずの道】までは少し遠いが、そんなに遅くもならないだろうと踏んでいた。

 正直、走りには自信がある。

 免許を取る前から親父のバイクでコッソリ練習していたし、免許を取った後も暇さえあれば走りに出ていた。

 だから、行った事はなかったけど、【走らずの道】なんて余裕だと思っていた。

 大けがした奴も死んだ奴も、それほど技量も無いのに挑戦した奴らなんだって、そう思っていた。

 現場について、オレはより自信を深めた。

 カーブはいくつかあるものの、それほど急なカーブでもない。ただ、一車線の狭い道で、片側が崖になっているだけだ。普通に走れば何の問題もなく走り切れるだろう。一体なんでこんな道で、怪我や死亡事故が起こるというのか。


 深呼吸をひとつし、ギアを入れてアクセルを捻る。シフトアップをして加速。

 それほどスピードは出さないように気を付けたつもりだ。千景からも、「やるなら気を付けなきゃダメだよ」と言われていたから。

 それもあって、オレは安全運転のまま余裕で【走らずの道】を走り抜けようとしていた。実際に、あと少しでゴールまで到着するところだった。

 そこへ、突然の落石。

 走り抜ければぶつからずに済むだろうと計算したうえで、オレはゴールに向かって加速した。

 だが、前輪がゴールに入った瞬間、後輪に衝撃を受け、オレは落ちて来た石と共に崖の底まで落ちるしか無かった。

 落ちながらオレが思ったことはひとつだった。


 一応、ゴールはしたよな。

 これで、オレの想いは永遠に永嗣の心に宿るんだろうか、と。


 いや、そんなこと、ある訳ない。

 ただ、告白して道を走り切ったところで、想いが人の心に宿るなど、そんな簡単な事じゃないはずだ。

 走る前から分かっていたことだ。なのに、なんでこんな事をしてしまったのか。

 こんな、くだらないことで命を落とすなんて。

 ……いや、くだらなくなんて、無いんだ。

 オレは本気で永嗣が好きだった。


 だから、後悔なんてしていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る