特別な男子、特別な女子

ペンギン内閣

本編

 私は放課後、本を読んでいた。夕日が出ていた。校庭からサッカー部の声が響いている。

 ガラッと、音がしてドアが開いた。けれど、興味ない。別に誰が来たって、私の扱いは同じ。邪魔者だ。

「あ」

 結局、私はそっちを見てしまった。私は呟いて、声を抑えた。本から目を離して、のぞいてしまった。

 彼をイケメンと呼ぶべきだと思う。身長は170cmくらいで、小顔。足は細くて長いのに、筋肉質に感じられた。胸板は厚く逞しい。

 サッカー部の小里こざとだった。彼は自分の机に向かうと、何かゴソゴソとやっていた。忘れ物か。

 私と目が合った。しまった!私は太ももに力を入れて、内股になる。男子のことをずっと凝視してしまった。それを小里に知られてしまった。

「なに?」

 彼は少しだるそうに聞いてきた。

「いや、何しているの」

 イケメン相手だからって委縮するな!もっと堂々と追い払えよ、私。

「忘れ物して」

「そう。練習に行った方がいいんじゃない?」

 私は、彼を追い払いたかった。でも、心臓はうわづっていた。もっと話したい気持ちと、出て行ってほしい気持ちがぐちゃぐちゃになる。

 彼はそっぽを向いた。聞いてはいけないことだ。間違った選択だと、その顔が教えてくれた。言ってしまったものは仕方ない。この胸騒ぎの原因を追い払いたかった。

「サボり」

 彼は付け加えた。なぜサボっているのか気になる。でも、私に聞く権利はない気がする。彼の問題だ。彼の苦しみだ。

「よそでサボってほしい」

「すぐに戻るよ」

「だったら、早くそうして」

 ひるんではいけない。ここでひるんだら、こいつが居座ってしまう。人と関わるのは怖い。

「別に、ここは君の教室じゃない」

 私は、怒鳴り声を上げそうになった。でも、上げないように落ち着かせる。視界は点滅して、夕日がより強く感じる。視野が狭くなる。

 彼は余裕そうに笑った。それが私を熱した。私の怒りは、ブクブクと泡を立て沸騰する。やがて、食い破った。

「私は、ここしか居場所がない!サッカー部のエースのあんたとは違う」

 私は放課後の読書が唯一の幸せだった。彼氏はもちろん同性の友達もいない。授業は退屈。休み時間、同級生はグループになり、私は一人で本を読む。

 彼は警戒したのち、柔らかい表情をした。

「そうか。じゃあ、出ていくよ」

 予想外だった。もっと粘るかと思ったのに。嫌われた?

「一人が好きなんだろう。孤独は、大事にしろよ」

 彼はふざけていない。至って真面目な口調だった。私は彼が去った後も読書に集中できず、文字をうまく読み進められなかった。


「サッカー部の小里君、かっこいいよね」

「でも、凄い一年生が入ってきたみたいよ。エースの座を取られるかもって」

 女子のグループが、大声で話していた。中二になり、女子の噂話は過熱している。

心菜ここなー」

 私は授業が終わった後、声をかけられた。

 つばめ。私によく話しかけてくる女子だ。友達と呼ぶには彼女のことを知らなすぎる。四月以来、知り合い歴三ヵ月だ。

「何?」

「次の授業、体育でしょ?移動しない?」

「ああ。そっか」

「心菜、悩ましい顔しているよ。かわいい顔が台無し」

「かわいい?」

 予想外。こうやって同年代から言われたのは初めてだった。

「そうそう。もしかして、気付いてないの?」

「言われたことないよ、そんなもの」

「嘘だよ。アイドルグループの中にでもいたの?」

「そんなわけないでしょ。小学校の頃は男子と仲良かったけど。何も」

「あー。恥ずかしかったんじゃないの?男子は、好きな人をからかうような奴らだし」

 私は男子の顔を思い出す。谷口、伊藤、田中。ゲームをやって、盛り上がった。

 でも、六年生あたりから急によそよそしくなった。やがて、疎遠になった。

「あのさ、サッカー部の小里、知っている?」

「小里?」

 私の記憶に当てはまる。昨日、本を読んでいる時、教室に入ってきたイケメンだ。私は本を読んでいたから、なんとか追い出したっけ。

「私さ。私…」

 私は口を挟まずに待った。

「小里のことが好きなの」

 つばめが言った。私は何も言わずに彼女のことを凝視してしまった。彼女はそっと俯いた。

「ちょっとちょっと、どういうこと?」

「授業、始まっちゃうから」

「いや、こんなところで切られても困るでしょ。まさかそのために」

「えへへ」

 私はつばめに振り回されている気がする。自分勝手に情報を小出しするやつを、友達と呼んでいいのか。


「見ててね。心菜」

 彼女が私にはにかんだ。彼女は本当に表情豊かだ。笑って驚いて悲しめる。恥ずかしくないのかな。自分の感情を表に出すって、勇気がいる。

 彼女は私のことをかわいいって言ってくれた。でも、無機質な女より鮮やかな女のほうがいい。私にとって、彼女はかわいいのかもしれない。苦手だけど。

「まだ、来ないね」

「うん…」

「本当に来るかな」

 放課後、私たちは体育館裏にいた。サッカー部の小里を待っている。手紙で呼び出した。

「告白するの?本気?」

「本気だよ」

「勇気あるね。つばめは、小里と接点あったっけ?」

「一応。ちょっと話したことあるよ」

「二人で遊んだりとかは?」

「ない!付き合ってからやろう!」

 もう付き合った後の事を考えていた。気が早すぎる。そもそも論、あんなイケメン振られるに決まっている。無駄だ。

 きっと、つばめは振られて辛い思いをする。女子の間で、噂になる。特別な男子から特別扱いを得たいと願った"身の程知らずの女"として。学校は閉鎖的な場所だ。

「きた!」

 私はさっと身を隠した。

「頑張って」

 私は呟いた。決して虚言ではない。人の恋を邪魔したい人間などいない。私はできやしないって思っているだけだ。私は倉庫裏に隠れて、横から二人を見る。

「小里君。急に呼び出してごめん」

 彼女はいつもよりぎこちなかった。それは彼女が恥を持っている証拠だ。彼女は勇気を振り絞っているんだ。

「どうしたの?つばめさん」

 彼女が名前を呼ばれた時、動揺して髪をいじった。彼はクラスにいる時と変わらなかった。それは場数に慣れている証拠だ。きっと別の女子からも…。私は考えてやめた。

 沈黙が襲った。どう攻めるのか、私は目を離せなかった。もし私が彼女だったら、今すぐ逃げ出す。耐えられない。

「好きです!付き合って下さい!」

 潔かった。「あー」とか「そのー」とか言わない。いきなりだ。私には無理だ。つばめに、こんな勇気があったなんて。私は知らなかった。

 小里はばつが悪そうにそっぽを向いた。それはふられるサインだ。特別な女子にそんな視線を送らない。勇気を出した女の子が報われますように、私は祈った。

「いいよ。付き合おう」

 私は思わず目を開いた。嘘。自分の告白でもないのに、胸の高鳴りがある。信じられなかった。絶対にふられたと思ったのに。

「やった!」

 彼女は、思わず声を出して、口を押える。

「ご、ごめん」

「いいよ。むしろ、可愛かった」

「そんなこと…えへへ」

 彼女は縮こまって髪をいじった。

 私は知人の恋を祝福する。だけれども、素直に祝福できなかった。気持ちの整理が難しかった。私はふられると予想していたから。喜びよりも意外性が私を覆う。

 あんなかっこいい人が彼ならば。彼と談笑するあの子は、とびきりかわいく見えた。眩しすぎて、見続けることができなかった。


 私は霧がかかった気持ちで本を読んでいた。彼と談笑していた時の、つばめの表情を思い返していた。どんな物語よりも刺激的で。何万文字よりも情報が多く。どんな文学表現よりも、伝わりやすい。

 私はすごく惨めな気持ちになった。私も彼女みたいになりたい。あんな素敵な表情で笑ってみたい。

 ドアが開いた。期待していた。そして期待通りだった。それが腹立たしくて、感情を抑えられなかった。来てほしくなかった。でも、来てくれるんじゃないかって。そう思ってしまっていた。

「泣いている?」

 私は彼が指摘するまで泣いていることに気付けなかった。私は濡れてしまった本を、慌てて袖で拭く。

「泣いてない」

 私は必死で、そっぽを向き目を覆って見えないようにする。小里に見られないよう。惨めな私を見ないでほしい。

 小里は何も言わないで見守っていた。それがまた腹立たしかった。大人の対応に感じた。私がまるで子供みたい。同級生なのに。

「出て行って!なんでいるの?」

「ごめん。ちょっと相談したいことがあって。また日を改めた方がいい?」

「今さら、何さ!彼女に相談すればいい」

「そのことなんだけど…」

 彼は言いかけてやめた。それがまた腹を立った。無遠慮に吐き捨てても不愉快だが、言いかけてやめるのも気持ちが悪い。

「どうして黙るの?最後まで言えばいい」

「いやだって、泣いているから」

「だから、泣いていないって!!言いなよ。ほら、はやく」

 私は催促した。まるで、引き止めているようだった。

「つばめ。君の友達だろ」

「別に、話しているから友達なわけじゃない。ただ話しかけられて、話しているだけ。私はつばめのことを何も知らない」

 彼は何も言わなかった。でも、明らかに釈然としていなかった。

「俺、つばめから告白されたんだけど。すでに、知っているか」

 私はぐっと胸が締め付けられた。嬉しそうなつばめの表情が浮かび上がる。

「別れたいんだ、彼女と」

 私は彼の言葉を飲み込めなかった。

「どういうこと?」

「つばめから告白されて、嬉しかった。嬉しかったけど、オーケーしてしまったのを後悔している。別に好きな人がいるんだ」

「なんでさ!つばめ、無茶苦茶可愛かったじゃん」

 なぜ、私はこんなにムキになっているんだろう。あんなに、つばめが可愛いって受け入れられていなかったのに。否定されると、頭に血が上った。

「分かっている。言っていること、最低だって。あいつが喜んでいたのも」

「じゃあ」

「だからこそ、ふらないといけない」

 彼は真っ直ぐと私を見つめていた。それで本気なんだと思った。彼は最低かもしれないけど、何か目的があるんだと思った。私が騙されやすいだけかもしれない。真偽は分からない。

「別にまだ付き合ったばかりじゃん。もしかしたら、これからつばめを好きになれるかもしれないし」

「その子の横顔は本当に美しい。他の女子とは違う。特別なんだ。俺もその子の特別になりたい」

 彼はそう言う。恋と呼ぶほかない。

「孤独な女子。だけど、美しいんだ。一人でその空間にいても、違和感がない。代えがたい存在。何を使っても代用できない気がする。本を読んでいるだけで絵画のように…」

 すると、彼は口を押える。要は高嶺の花だ。こいつがこんな雄弁に語るほど可愛いやつなんて。この世に存在してはいけないんじゃないか?性格が極悪なんじゃないか?そうじゃないと不公平だ。最低でも、そいつは自分が可愛いと自覚しているはず。

「頼む。助けてくれ。取り繕ってきたけど、俺、どうしたらいいか分からない」

 私は何も答えなかった。協力する義理なんてない。知ったことではない。小里もつばめも友達ではない。

「私以外の女子に頼めば良い。他にいくらでもいるでしょ?」

「女子が裏で繋がっているのは、君も知っているだろう」

「私が繋がってないと?馬鹿にしてない?」

「違う。君しかいない。君なら分かってくれると思ったから。友達はいるけど真剣な相談はできない」

 その選択は間違っていると思う。卑劣なものだ。でも、悪い気持ちはしなかった。むしろ心地良い。誰かから、深刻に頼られるのがこうも気持ちいいなんて。

「俺と同じように、孤独だったから。分かってくれると思った」

 彼は一歩私に近づいた。私は彼を遠い存在だと思っていた。だけど、急に近く感じられた。実は私と同じようなこと考えていたんじゃないかって。彼でさえ、私と同じ孤独を共有できていたんじゃないかって。

「孤独なの?小里も?どうして、友達いるじゃん。あんなにたくさん」

「別にそいつらに本音を言えるわけじゃない」

「そうなんだ…」

「疲れるよな。人と関わるの」

「そう!そうだよね。私もそう思う」

「俺も、みんなで遊んだりするんだけど。やっぱり気を使ったり、俺も気を使えるような扱いされて。でも、心菜は一人だけど、寂しくなさそうに見える」

「そう、なのかな…」

 私は自信がなくなって。声が小さくなった。

「気高いと思う、心菜は。この前もさ…」

 その後も、私は彼と話をした。集団からの孤独感・疎外感。それを彼と私は共有できた。

 彼と話し終わった後、私は罪悪感に襲われた。人の彼氏になんてことを。分かり合おうとしようなんて。これじゃあ、私が泥棒猫みたいだ。

 心を許すべきじゃなかった。拒絶するべきだった。このポカポカとした暖かさは優しいものではない。


「心菜ー。私の彼氏がさ」

 つばめが告白し、その後小里と話した数日後。放課後につばめが私に話しかけてきた。

 つばめと小里は付き合っている。私は別に付き合っているわけじゃない。だったら、私に見せた小里の笑顔はなんだったんだろうか。

「どうしたの?元気ない?」

 良く気付く。私は思わず顔をしかめてしまった。それで彼女に確信を与えてしまう。

「いや、別になんでも」

「話してよ。友達でしょう、私たち」

 つばめはいつもそうだ。良く話しかけてきた。私の事を知ろうとして、興味を示してくる。私は彼女について何も知らないし。聞けない。私の大きなプライドが邪魔をしていた。

「話すことでもない。私もつばめのことを知らないし」

「えー。教えたじゃん。小里君のこと好きだって」

「情報を押し付けてきただけでしょう」

 私は小里との時間を思い出して、キツイ言い方をしてしまった。もっと柔らかな言い方があったはずだ。だけど、つばめを"小里の彼女"として見てしまう瞬間がある。

「相談してよ。私たち、友達なんだし」

 「友達なの?!」と聞けなかった。抑えた。そこを言ってしまうと、壊れてしまう気がしたから。

「ありがとう。考えとく。で、彼氏がなに?何かあったの?」

 私は必死で話題を変えたが、その話題もあんまり聞きたくない。

「あー、あのね。私、小里君とデートすることになったの」

 デートだって。小里は別れるって言っていた。別れる相手になんでデートする必要があるの?

「デート?どうして?」

「どうしてって。彼氏とデートするのは当たり前じゃん」

「そうだけど。小里から誘ったの?」

「うん。どこか行きたいよね。私は彼氏と洋服見るの夢だったんだ。そう言ったら、一緒に行こうって」

 小里が何を考えているのか私にはわからない。小里は私のことを騙そうとしている?

「私ね。彼氏ができて今すっごい幸せ!心菜も彼氏作ってみたら?」

「私は…。私はいいよ。一人で良い。別に…」

 私は無意味に本を撫でた。

「どうして、私に話しかけてくれたの?私じゃなくたって友達になれた。つばめなら」

「うーん、寂しそうな人だと思って。心菜は『友達なんて要らない』って考えているのかもしれないけど」

「そ、そんなこと思ってない。どうして?私、寂しそうなの?」

「だって、本を読みながら周りをキョロキョロ見てた。迷子みたいに」

 私は、確かに独りぼっちかもしれないけど。そんな、周りを伺うようなことなんてしない。卑屈な人間じゃない。

「していないと思う…」

「嘘。よく見ているからね、私」

 私は恥ずかしさのあまり縮こまる。違う!けれど、こうして聞いていると、本当な気がしてきて。

「小里君はいつも友達に囲まれていていいよね」

 私は、この前の小里の言動を思い出して、吹き出しそうになる。必死にこらえた。

「マネージャーには女子もいる。心配だよ、私」

「彼女なんだし、堂々としていればいい。泥棒猫には毅然とした態度で」

「そうだけどね…」

「小里だって、友達に囲まれているけど、気を許せているか分からないよ。そこで彼女でしょう」

「うん!そうだね!」

 私は、自分で言っていて、おこがましいと感じた。


 放課後。私は小里を捕まえて、空き教室に連れてきた。本当はこの空間に、この男を入れたくなかった。でも、それくらい焦っていた。

「どうして、つばめとデートを約束したの?!」

「違う!」

「どこが違うの?別れるって言っていた!つばめのことが惜しくなったの?だったら、諦めてつばめと付き合った方が良い」

「そうじゃない。俺は、つばめと別れるって決めている。好きだと言ってくれたわけで、思い出だけでも持ち帰ってほしいから」

「止めておきなって。傷口を広げるだけ」

 彼の言葉は優しいように見えて、身勝手だった。傷つきたくない言い訳だ。

「何かして別れた方がよっぽど辛いでしょう!どうして分からないの」

「それは分かっている」

「分かっているなら、別れなよ!今すぐに!」

 小里は少し考えこんだ。

「デートした後がいい。そうすれば、デートの間だけは、付き合っていてよかったって思えてもらえる」

「それは相手に傷をつけたいだけ。ふるくせに、いい思い出を作ろうなんて」

「じゃあどうすればいい?!明日、デートに行くんだ!!」

「自分に聞きなよ、そんなの!」

「分からないから、君に聞いているんだ」

 小里は項垂れた。私は、帰ることもできない。頭が非常に混乱している。自分でも分かる。美しく咲く花のようなつばめの笑顔がちらつく。そして、私の醜い劣等感が覆った。

「もう、デートの後、ふるしかないんじゃないの」

 私は居心地の悪さから言った。後悔は言い終わった後から生まれる。

 小里が顔を上げた。

「小里自身が決めるべきだと思う」

「ああ、ふるよ。つばめとデートした後に」


「心菜。放課後、相談したいことがある」

 私は辛く重い気持ちだった。外は雨が降り続けていて、低気圧がどんよりとさせた。

「分かった。場所はあ…」

 空き教室って言おうとしてやめた。空き教室は小里がやってくるかもしれない。それに、つばめとどうやって別れるか話した場所だ。そこにつばめを置くなんて、尊厳はどうなる。

「一回家に帰って、ファミレス行こうか」


「小里君から、ふられた」

 つばめは、ファミレスに入るなりそう呟いた。うつむいて、手を前に組む。すると身体を小刻みに震わせた。彼女は泣いていた。

 私は胸が締め付けられた。分かっていたはずだろう、こうなると。でも、私は見ないふりをし、ここまで来てしまった。

 彼女の泣き顔は痛ましく。辛く見ていられなかった。しかし、何か感じてはいけない快楽を感じた。私はそれを嫉妬だと思った。嫉妬だと認めたくない。私はつばめに嫉妬するほど醜い人間ではない。気持ちを必死に抑えた。

「どうして…。私、何か悪いことしちゃったかな」

「何も悪いことしてない。いきなりふる小里がおかしい。なんて、ふられたの?」

「『俺は君のことが好きじゃなかった。ごめん』って」

 「はあ」と私は怒りのため息をつきそうになった。信じられない。あれだけ私に相談しておいて、こんなデリカシーの無いふり方するんだ。

 思えば、具体的なふり方とか全く相談してこなかった。まるで私に相談できれば良いみたいな。自己満足の相談だった。「つばめを傷つけたくない」とか言っておきながら、選んだものは最悪だ。

「最低。別れて、正解だったじゃん」

 私は心の底から言えた。

「でも、私は小里君を好きだったのに。こんなのって、悲しいよ」

 つばめはそういうと、また泣き出した。私は泣き顔を見ないよう、顔をそらした。

「心菜は、小里君と付き合ったりしないよね?!」

 その一言に、私はドキッとした。

「そうならない」

「嘘。小里君、心菜の話をしていたよ。『心菜は洋服を見たりしないのかな』って」

 ますます、私は小里のことが分からなくなった。どうして、私の話を出す必要があったのか。ふる前の準備?生贄ってこと?まさか、私を口実に使った?

「デート中に他の女の話をするなんて、酷い男だよね。なにそれ」

「小里君、心菜のことが好きなんじゃない?私に魅力がないから、好きになってもらえないんだ。私は小里君の特別になれなかった」

「そんなことない!つばめは可愛かった。それなのにふる男の方がおかしいよ」

「ごめん。もう何信じていいか、分からないや」


「入ってこないで!」

 空き教室に小里が入ろうとしたのを、私は止めた。思えば、なぜこいつをここに招き入れてしまったのだろう。かっこいいとかイケメンだとかモテるからだとか。そういう、うわべだけの理由で他人を信用してはいけなかった。

 彼はびくりとして止まった。教室に入ってこなかった。

「なんで来たの?」

「相談していたから」

「もう終わりにしましょう、あんなの。間違っている。大体、つばめをふったんでしょう。だったら、もう私に話す必要はない」

 彼はまだ帰らなかった。イライラが降り積もる。段々と層ができていく。

「つばめ。悲しんでいたよ。なんで、雑なふり方したの?。私には何も言ってくれなかった。全部自分で考えたんでしょう」

「君が背中を押してくれたから」

「はあ?!」

 今更私に責任を押し付ける気?冗談じゃない。あなたの問題でしょう。

「君は特別なんだ!俺にとって!」

 急に小里が気持ち悪く感じられた。分からないやつだとは思っていた。でも、許容できなくなった。理解できないけど、そこに居てもいいって言えなくなった。昔、こいつの特別になりたいなんて思った私は、異常だ。

「出て行って。もう話すことは何もない」

 黙る彼が、情けなく見えて腹立たしくなった。

「なんで、最初から私に告白しなかったの?」

 彼がこぶしに力を入れた。

「素敵だなって思って、君のことが好きだった。美しかったから。でも、つばめの告白を断らなかったのは…」

 そこで彼は固まった。

「君が俺のことに興味なさそうだったから。諦めようと思った。でも、諦めきれなくて。だから、相談を口実にして近づいた」

 私は必死に頭を整理させた。やっぱり、小里は私のことが好きだった。なんで今更それを言うの。遅すぎる。もっと早く、もっとまともな恋の仕方をしてほしかった。私は小里の特別になって、あなたは私の特別になれたかもしれないのに。

「ごめん」

 小里は一言。私は引き止めたくて、文句を言いたくて、後悔と怒りで頭の中がぐちゃぐちゃになる。全部、小里が悪いって言いたかった。

"「小里自身が決めるべきだと思う」"

 私の軽はずみな言葉がよぎる。そして、つばめの泣き顔が私を責め立てた。


 それから数日が経った。

 つばめは、私を避けるように前を通り過ぎた。私は友達を失った。小里のせいだって言いたかった。でも、私も同罪だ。つばめの不幸の原因を作ってしまったからだ。つばめと私との間に分厚い壁が生まれた。

 もう少し、友達を信じて話せばよかったかな。この奇々怪々な出来事について。

 すると教室に小里が入ってきた。私の前を通る。今更何を言っていいのか分からない。私はこの男のことを理解できなかった。こんな酷く自分勝手な人間をどう理解すればいいのだろうか。イケメンだという安易なラベルしか分からなかった。

 私はつばめをもっと大事にするべきだったと思う。友達だと認めるべきだったと思う。そして、本音をもっとぶつけるべきだったと思う。

 私は本を読みだした。今度は、周りに興味を示さないように。

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