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「また、失敗した・・・」




ジャガイモがほぼ溶けた肉じゃが・・・料理名が“肉”になってしまった物を見下ろす。

ジャガイモはどこに消えていったのか・・・。




スマホを片手に、料理工程を見返すけど、何が悪かったのかさっぱり分からない。

落し蓋を取ったら、この有り様だった・・・。




「“彼女”といえば、“肉じゃが”かなと思ったけど・・・。

ちょっと、今どきじゃなかったからいいか。

今は・・・ビーフストロガノフ、とか?」




結構前にあった、芸能人の結婚発表会見での内容を思い出し・・・

一生作れることはないけど、口にしてみた。




“肉”になった肉じゃがを眺め・・・




仕方がないので、お皿に移した。
















お風呂から出て、ドライヤーも終わり、

リビングのソファーに座りテレビをつけようとした瞬間・・・





「寒~!!!ただいま~!!!!」





野球部のように声の大きな男が帰って来た。





リビングに直行してきて、リビングの扉が開き・・・スーツ姿の勝也と一緒に冷たい空気まで入ってくる。





「雪!!雪降ってきたぞ!?」




「もう2月にもなるからね、本当にコート買いなよ。」




「あと1ヶ月くらいで冬も終わる!!

俺は今年の冬にも負けね~!!」





そう言いながら、マフラーもしたままガタガタ震えていて・・・





私はソファーから立ち上がり、勝也を抱き締める。






「私が“いたして”、温めようか?」






勝也を見上げながら言うと、勝也は大笑いしていて・・・






「まず、飯!!!」






スルッと私の身体から抜け出し・・・マフラーを取りキッチンへ。




「腹減った~!!」




手を洗っている勝也に向かって、報告をする・・・。




「また1品失敗しちゃった。」




「どれ?」




「料理名が“肉”になった肉じゃが。」




「見事にジャガイモ消したな!」




勝也がお肉を手で摘まみ、一口食べる。




「調味料は間違ってなさそうだけどな?

煮詰まってるけど。」




「それはネットで調べたからね。

料理、これからもっと頑張るから・・・次は、失敗しないようにするから。」




これなのかな、と思っている。

料理以外は、そこまで特に問題はないと自分では思っていて・・・。




“胃袋を掴む”と聞くくらい、それほど重要なことだとやっと気付いた・・・。




遅すぎた・・・。

勝也がいつも文句も言わず全て食べてくれるから、甘えていた。




それに・・・




「汁と融合したジャガイモにも、俺は負けね~!!!」




勝也が面白そうに、楽しそうに、いつも失敗した料理を食べてくれていて。




そんな姿も、好きだった・・・。



















数日後・・・




「社長、少しよろしいですか?」




社長室の中、元々顔の怖い社長が不安そうな顔で私を見る。




「うちのビルのエレベーターなのですが・・・」




「エレベーター?」




「お化け、とか・・・」




「お化けー!?」




社長が大笑いしながら、デスクを叩いている。




「だって、またおかしくなってるんですよ!?

最近は結構怖くて・・・。

加瀬さんだけじゃなくて、この前は別の人が後から来たのに、その人も原因が分からないって・・・。」




「何か・・・意味はあるんだろうけどな。

俺にはよく分からねーけど。」




「移転します・・・?」




「エレベーターだけの為に移転するかよ!

3階くらい頑張って登れるだろ!」




溜め息を吐きながら、社長室を出ると・・・




「美マネ!この前はありがとう!」




「色男先輩、おはようございます。」




朝から色男先輩がご機嫌で私に話し掛けてきた。




「この前の怒ってた女の人から、契約取れたよ。

美マネからたまに受けるこういう案件、絶対に契約取れることにこの前気付いた。」




「無事に契約が取れて安心しました。

いつもありがとうございます。

でも・・・前の担当者誰だったんでしょうね?

ああいった重要なお客様を見逃してしまうような社員、うちにはいないのに・・・。」




「賢二って言ってた。

賢二・・・波が結構あるからな。

あの女の人曰く、わざと違う物件ばっかり紹介されたって怒ってたけど。」




「賢二・・・ですか。

そっか、賢二か・・・。」




その社員の名前を聞いて、私は苦笑い。

それなら、仕方がないのかもしれない。




「良いお客様だったみたいですね?」




色男先輩が何度も頷く。




「建築関係の会社の役員で、こっちの地域にも事務所広げる為の物件だった。

俺のこと気に入ってくれて、他のお客さんもこれから紹介してくれるって。」




「それは良かったですね。

建築関係の会社ですか・・・繋がりもありそうなのに、うちに来てくれたんですね?」




「そこは詳しく聞いてないけど、あの人もここを紹介されたって言ってたな。

まあ、こっちの地域よりも今までは地元密着の会社だったらしいから、こっちには繋がりなかったのかもな。」




色男先輩が嬉しそうに報告をしてくれ、私も安心した。




打、色男。

今回も確実に、打てた。

















「おかしいですね・・・。

今回も特に問題がないようで。」





毎回来てくれるエレベーター会社の人が、作業着を着ながら首を傾げている。






「さっきまで、こうだったんです。」






エレベーターの扉が閉まらない動画を、担当の加瀬さんに見せる。






加瀬さんが難しい顔でその動画を見て、またエレベーターの確認をしている。

その姿を、私はさっきからずっと見ていて・・・






「・・・終わりましたら声を掛けますので。

どうぞ、お仕事に戻ってください。」






毎回こうやって見ているわたしに、加瀬さんが今回も苦笑いをしながら言ってくる。






「私は“野球部のマネージャー”らしいので・・・仕事はサポートと応援という話になっています。

野球部のグラウンドを整備するのを確認するのも私の仕事なので。」





いつもの返事に、加瀬さんが苦笑いのまま「そうですか。」と・・・






わたしはそれに笑い掛けながら・・・







「お願いいたします。」







と・・・。







いつもは仕事以外で話したことはないけど・・・作業をしている加瀬さんに喋り掛ける。




「加瀬さんって、彼女いるんですか?」




「いませんね。」




「どんな人がタイプですか?」




「どんな人・・・ですか・・・。

特にタイプとかはないですね。」




そういうものなのかと、少し悩む・・・。




「彼女いたことありますか?」




「ありますね。」




「モテそうですもんね~・・・。」




「大橋さんにそのままお返ししたいですね。」




加瀬さんが苦笑いしながら、作業を進めていく。




「彼女、何人いましたか?」




「3人ですね。」




「いつ付き合ってたんですか?」




「今日は・・・凄い喋りますね。」




「ちょっと悩んでるので、聞かせてくださいよ。

他の男の人にこういう話をして、変に勘違いされても大変なので。」




苦笑いを続ける加瀬さんを確認しながらも、更に聞く。




「彼女、いつ付き合ってました?」




「高校の時に1人と、社会人になってから2人ですね。」




「高校の時の彼女、長かったですか?」




「結構長かったですね、1年の時から3年の・・・途中までですかね。」




「社会人だと、職場の人ですか?」




「いえ、高校の時の友達と、友達の友達ですね。」




「そんな感じで出会うんですね~・・・。

その3人の共通点とか、あるんですか?」




「何もないですね。」




「何もなんて・・・そんなことあります?

よく考えてみてくださいよ。」




少し怒って言ったからか、加瀬さんが珍しく少し笑っていて・・・




「そう言われましても・・・ないものはないので・・・。」




「加瀬さんから告白したんですか?」




「2人はそうですね。」




「社会人の時の彼女とは、長かったんですか?」




「どっちも2年くらいですね。」




「長いですね・・・。

加瀬さん良い人そうだし、分かります。」





男の人とこういう恋愛話はしたことがなくて、凄く参考になった。

加瀬さんが難しい顔をしながらも、黙々とまた作業を進めていて・・・




そんな中、また話し掛ける。




「“胃袋を掴まれる”とか、経験ありました?」




「あー・・・それは、ありますね。」




「あるんですね、本当にそういうの。」




加瀬さんが珍しくまた少し笑って、頷いていた。




そんな会話をしつつ、作業着姿の加瀬さんを見て・・・

また、ムラムラムラムラしているのは・・・“社内秘”ではなく“私秘”。





最近、誘っても勝也が“いたして”くれなくなり・・・






このムラムラを、どう止めたらいいのか分からない・・・。







作業着の加瀬さんを見て・・・







ゆっくりと、








口を開く・・・










「加瀬さん・・・」










私の声掛けに、加瀬さんがチラッと私を見た・・・










その、時・・・








「またエレベーター使えないのか!」







声の方を振り向くと、朝からお疲れのセクハラ大魔人先輩が。

今日に限って、まだ誰にもセクハラ発言をしていないらしい。





作業を続けている加瀬さんをチラッと見て、セクハラ大魔人先輩にも社外の人がいるとアピールするけど・・・





お疲れ気味のセクハラ大魔人先輩には効果がなく・・・。






「“莉央ちゃん”、定時後に襲ってもいい?」






私は苦笑いしながら、セクハラ大魔人先輩の背中を押す。






「もう、分かりましたから!!

早く営業行ってきてください、“先輩”!!」





最後に背中を少し叩き、階段の方へと促した。

疲れている日ほどセクハラ発言が酷くなり、でも叱られるとちゃんと契約を取ってくるセクハラ大魔人先輩。

加瀬さんもいるから“セクハラ大魔人”とは言えず、“先輩”とだけ言ったけど・・・。





うちの会社の社員はみんなクセが強い・・・。





エレベーターまで、クセが強いくらいだし・・・。






エレベーターで作業をしている加瀬さんを見て、もう1度声を掛けようとした時・・・









「“莉央ちゃん”。」







と・・・。

普段は“美マネ”と呼ぶのに、何か私に頼みたい時は“莉央ちゃん”と呼ぶうちの社員。




振り向くと、さっき話していた色男先輩が。




「またエレベーター壊れたのか・・・担当者変えてもらったら?」




「この前は別の方も来てくれましたけど、原因不明でした。」




「うちのグループ会社でしょ?

社長から何か言ってもらったら?」




「社長は、3階くらい頑張って登れってさっき言ってました。」




色男先輩が笑いながら、私を見下ろし・・・チラッと加瀬さんを見た。




「“莉央”ちゃん、ちょっといい?」




と、私の腕を引いて階段の方に連れていき階段の隅に・・・。




「この前の・・・この前のだけじゃなくて、お礼させてよ。」




「お礼ですか?」




「うん、今度飲みに行こうよ。」




入社した当初は、“彼氏”もいなかったから結構色々な人から誘われて・・・。

勝也と同居するようになり“彼氏”だと思っていたので社内の人達に言って・・・

それからは誘われたりはしなかったけど。





この・・・“お礼”は、あまり深く考えなくて良い“お礼”なのか・・・。





色男先輩を見上げる・・・





「そんな警戒しないでよ!

“普通”にお礼だから!」





私は、苦笑い・・・。

あの社長が最終面接をして採用された人。

うちの会社の社員はクセが強い・・・。

そのうえ、上手い・・・こういう所も。




苦笑いしながら、悩む・・・。




会社の人じゃなければすぐに断るけど、社内の人、それも先輩で・・・この前も助けて貰った手前、無下に出来ない。




それを、色男先輩も分かっている・・・。




どうしようかと悩んでいたら・・・










「大橋さん。」







と、加瀬さんが声を掛けてきた。








色男先輩の身体から顔を出し、加瀬さんを見る。









そんな私を、加瀬さんが苦笑いしながら見ていて・・・









「申し訳ありません、今日も原因が分かりませんでした。

今は問題ないようなので、また何かありましたらご連絡ください。」




「そうですか!」




良いタイミングで声を掛けてくれ、私は色男先輩の身体と背中に当たる壁の隙間から抜け出す。




「下までお見送りします!」




サッと加瀬さんを少し押し、エレベーターの中に入るよう促し・・・私も乗った。




すぐに1階のボタンを押し、扉を閉め、扉が閉まってから溜め息を吐いた。




「大橋さん、やっぱりモテますね。

困っているわりに断らないのには、驚きましたけど。」




「先輩なので・・・あと、この前賢二・・・うちの社員のフォローをお願いして助けてもらったばかりで。」




「なるほど・・・。」




加瀬さんが苦笑いをした時、エレベーターの扉が開いた。




「では、失礼します。」




と、加瀬さんがエレベーターを出ていき・・・




作業着の加瀬さんの後ろ姿を眺めながら・・・






やっぱり、ムラムラムラムラムラムラ・・・。







止まらない・・・






止められない・・・。

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