2
「また、失敗した・・・」
ジャガイモがほぼ溶けた肉じゃが・・・料理名が“肉”になってしまった物を見下ろす。
ジャガイモはどこに消えていったのか・・・。
スマホを片手に、料理工程を見返すけど、何が悪かったのかさっぱり分からない。
落し蓋を取ったら、この有り様だった・・・。
「“彼女”といえば、“肉じゃが”かなと思ったけど・・・。
ちょっと、今どきじゃなかったからいいか。
今は・・・ビーフストロガノフ、とか?」
結構前にあった、芸能人の結婚発表会見での内容を思い出し・・・
一生作れることはないけど、口にしてみた。
“肉”になった肉じゃがを眺め・・・
仕方がないので、お皿に移した。
*
お風呂から出て、ドライヤーも終わり、
リビングのソファーに座りテレビをつけようとした瞬間・・・
「寒~!!!ただいま~!!!!」
野球部のように声の大きな男が帰って来た。
リビングに直行してきて、リビングの扉が開き・・・スーツ姿の勝也と一緒に冷たい空気まで入ってくる。
「雪!!雪降ってきたぞ!?」
「もう2月にもなるからね、本当にコート買いなよ。」
「あと1ヶ月くらいで冬も終わる!!
俺は今年の冬にも負けね~!!」
そう言いながら、マフラーもしたままガタガタ震えていて・・・
私はソファーから立ち上がり、勝也を抱き締める。
「私が“いたして”、温めようか?」
勝也を見上げながら言うと、勝也は大笑いしていて・・・
「まず、飯!!!」
スルッと私の身体から抜け出し・・・マフラーを取りキッチンへ。
「腹減った~!!」
手を洗っている勝也に向かって、報告をする・・・。
「また1品失敗しちゃった。」
「どれ?」
「料理名が“肉”になった肉じゃが。」
「見事にジャガイモ消したな!」
勝也がお肉を手で摘まみ、一口食べる。
「調味料は間違ってなさそうだけどな?
煮詰まってるけど。」
「それはネットで調べたからね。
料理、これからもっと頑張るから・・・次は、失敗しないようにするから。」
これなのかな、と思っている。
料理以外は、そこまで特に問題はないと自分では思っていて・・・。
“胃袋を掴む”と聞くくらい、それほど重要なことだとやっと気付いた・・・。
遅すぎた・・・。
勝也がいつも文句も言わず全て食べてくれるから、甘えていた。
それに・・・
「汁と融合したジャガイモにも、俺は負けね~!!!」
勝也が面白そうに、楽しそうに、いつも失敗した料理を食べてくれていて。
そんな姿も、好きだった・・・。
*
数日後・・・
「社長、少しよろしいですか?」
社長室の中、元々顔の怖い社長が不安そうな顔で私を見る。
「うちのビルのエレベーターなのですが・・・」
「エレベーター?」
「お化け、とか・・・」
「お化けー!?」
社長が大笑いしながら、デスクを叩いている。
「だって、またおかしくなってるんですよ!?
最近は結構怖くて・・・。
加瀬さんだけじゃなくて、この前は別の人が後から来たのに、その人も原因が分からないって・・・。」
「何か・・・意味はあるんだろうけどな。
俺にはよく分からねーけど。」
「移転します・・・?」
「エレベーターだけの為に移転するかよ!
3階くらい頑張って登れるだろ!」
溜め息を吐きながら、社長室を出ると・・・
「美マネ!この前はありがとう!」
「色男先輩、おはようございます。」
朝から色男先輩がご機嫌で私に話し掛けてきた。
「この前の怒ってた女の人から、契約取れたよ。
美マネからたまに受けるこういう案件、絶対に契約取れることにこの前気付いた。」
「無事に契約が取れて安心しました。
いつもありがとうございます。
でも・・・前の担当者誰だったんでしょうね?
ああいった重要なお客様を見逃してしまうような社員、うちにはいないのに・・・。」
「賢二って言ってた。
賢二・・・波が結構あるからな。
あの女の人曰く、わざと違う物件ばっかり紹介されたって怒ってたけど。」
「賢二・・・ですか。
そっか、賢二か・・・。」
その社員の名前を聞いて、私は苦笑い。
それなら、仕方がないのかもしれない。
「良いお客様だったみたいですね?」
色男先輩が何度も頷く。
「建築関係の会社の役員で、こっちの地域にも事務所広げる為の物件だった。
俺のこと気に入ってくれて、他のお客さんもこれから紹介してくれるって。」
「それは良かったですね。
建築関係の会社ですか・・・繋がりもありそうなのに、うちに来てくれたんですね?」
「そこは詳しく聞いてないけど、あの人もここを紹介されたって言ってたな。
まあ、こっちの地域よりも今までは地元密着の会社だったらしいから、こっちには繋がりなかったのかもな。」
色男先輩が嬉しそうに報告をしてくれ、私も安心した。
打、色男。
今回も確実に、打てた。
*
「おかしいですね・・・。
今回も特に問題がないようで。」
毎回来てくれるエレベーター会社の人が、作業着を着ながら首を傾げている。
「さっきまで、こうだったんです。」
エレベーターの扉が閉まらない動画を、担当の加瀬さんに見せる。
加瀬さんが難しい顔でその動画を見て、またエレベーターの確認をしている。
その姿を、私はさっきからずっと見ていて・・・
「・・・終わりましたら声を掛けますので。
どうぞ、お仕事に戻ってください。」
毎回こうやって見ているわたしに、加瀬さんが今回も苦笑いをしながら言ってくる。
「私は“野球部のマネージャー”らしいので・・・仕事はサポートと応援という話になっています。
野球部のグラウンドを整備するのを確認するのも私の仕事なので。」
いつもの返事に、加瀬さんが苦笑いのまま「そうですか。」と・・・
わたしはそれに笑い掛けながら・・・
「お願いいたします。」
と・・・。
いつもは仕事以外で話したことはないけど・・・作業をしている加瀬さんに喋り掛ける。
「加瀬さんって、彼女いるんですか?」
「いませんね。」
「どんな人がタイプですか?」
「どんな人・・・ですか・・・。
特にタイプとかはないですね。」
そういうものなのかと、少し悩む・・・。
「彼女いたことありますか?」
「ありますね。」
「モテそうですもんね~・・・。」
「大橋さんにそのままお返ししたいですね。」
加瀬さんが苦笑いしながら、作業を進めていく。
「彼女、何人いましたか?」
「3人ですね。」
「いつ付き合ってたんですか?」
「今日は・・・凄い喋りますね。」
「ちょっと悩んでるので、聞かせてくださいよ。
他の男の人にこういう話をして、変に勘違いされても大変なので。」
苦笑いを続ける加瀬さんを確認しながらも、更に聞く。
「彼女、いつ付き合ってました?」
「高校の時に1人と、社会人になってから2人ですね。」
「高校の時の彼女、長かったですか?」
「結構長かったですね、1年の時から3年の・・・途中までですかね。」
「社会人だと、職場の人ですか?」
「いえ、高校の時の友達と、友達の友達ですね。」
「そんな感じで出会うんですね~・・・。
その3人の共通点とか、あるんですか?」
「何もないですね。」
「何もなんて・・・そんなことあります?
よく考えてみてくださいよ。」
少し怒って言ったからか、加瀬さんが珍しく少し笑っていて・・・
「そう言われましても・・・ないものはないので・・・。」
「加瀬さんから告白したんですか?」
「2人はそうですね。」
「社会人の時の彼女とは、長かったんですか?」
「どっちも2年くらいですね。」
「長いですね・・・。
加瀬さん良い人そうだし、分かります。」
男の人とこういう恋愛話はしたことがなくて、凄く参考になった。
加瀬さんが難しい顔をしながらも、黙々とまた作業を進めていて・・・
そんな中、また話し掛ける。
「“胃袋を掴まれる”とか、経験ありました?」
「あー・・・それは、ありますね。」
「あるんですね、本当にそういうの。」
加瀬さんが珍しくまた少し笑って、頷いていた。
そんな会話をしつつ、作業着姿の加瀬さんを見て・・・
また、ムラムラムラムラしているのは・・・“社内秘”ではなく“私秘”。
最近、誘っても勝也が“いたして”くれなくなり・・・
このムラムラを、どう止めたらいいのか分からない・・・。
作業着の加瀬さんを見て・・・
ゆっくりと、
口を開く・・・
「加瀬さん・・・」
私の声掛けに、加瀬さんがチラッと私を見た・・・
その、時・・・
「またエレベーター使えないのか!」
声の方を振り向くと、朝からお疲れのセクハラ大魔人先輩が。
今日に限って、まだ誰にもセクハラ発言をしていないらしい。
作業を続けている加瀬さんをチラッと見て、セクハラ大魔人先輩にも社外の人がいるとアピールするけど・・・
お疲れ気味のセクハラ大魔人先輩には効果がなく・・・。
「“莉央ちゃん”、定時後に襲ってもいい?」
私は苦笑いしながら、セクハラ大魔人先輩の背中を押す。
「もう、分かりましたから!!
早く営業行ってきてください、“先輩”!!」
最後に背中を少し叩き、階段の方へと促した。
疲れている日ほどセクハラ発言が酷くなり、でも叱られるとちゃんと契約を取ってくるセクハラ大魔人先輩。
加瀬さんもいるから“セクハラ大魔人”とは言えず、“先輩”とだけ言ったけど・・・。
うちの会社の社員はみんなクセが強い・・・。
エレベーターまで、クセが強いくらいだし・・・。
エレベーターで作業をしている加瀬さんを見て、もう1度声を掛けようとした時・・・
「“莉央ちゃん”。」
と・・・。
普段は“美マネ”と呼ぶのに、何か私に頼みたい時は“莉央ちゃん”と呼ぶうちの社員。
振り向くと、さっき話していた色男先輩が。
「またエレベーター壊れたのか・・・担当者変えてもらったら?」
「この前は別の方も来てくれましたけど、原因不明でした。」
「うちのグループ会社でしょ?
社長から何か言ってもらったら?」
「社長は、3階くらい頑張って登れってさっき言ってました。」
色男先輩が笑いながら、私を見下ろし・・・チラッと加瀬さんを見た。
「“莉央”ちゃん、ちょっといい?」
と、私の腕を引いて階段の方に連れていき階段の隅に・・・。
「この前の・・・この前のだけじゃなくて、お礼させてよ。」
「お礼ですか?」
「うん、今度飲みに行こうよ。」
入社した当初は、“彼氏”もいなかったから結構色々な人から誘われて・・・。
勝也と同居するようになり“彼氏”だと思っていたので社内の人達に言って・・・
それからは誘われたりはしなかったけど。
この・・・“お礼”は、あまり深く考えなくて良い“お礼”なのか・・・。
色男先輩を見上げる・・・
「そんな警戒しないでよ!
“普通”にお礼だから!」
私は、苦笑い・・・。
あの社長が最終面接をして採用された人。
うちの会社の社員はクセが強い・・・。
そのうえ、上手い・・・こういう所も。
苦笑いしながら、悩む・・・。
会社の人じゃなければすぐに断るけど、社内の人、それも先輩で・・・この前も助けて貰った手前、無下に出来ない。
それを、色男先輩も分かっている・・・。
どうしようかと悩んでいたら・・・
「大橋さん。」
と、加瀬さんが声を掛けてきた。
色男先輩の身体から顔を出し、加瀬さんを見る。
そんな私を、加瀬さんが苦笑いしながら見ていて・・・
「申し訳ありません、今日も原因が分かりませんでした。
今は問題ないようなので、また何かありましたらご連絡ください。」
「そうですか!」
良いタイミングで声を掛けてくれ、私は色男先輩の身体と背中に当たる壁の隙間から抜け出す。
「下までお見送りします!」
サッと加瀬さんを少し押し、エレベーターの中に入るよう促し・・・私も乗った。
すぐに1階のボタンを押し、扉を閉め、扉が閉まってから溜め息を吐いた。
「大橋さん、やっぱりモテますね。
困っているわりに断らないのには、驚きましたけど。」
「先輩なので・・・あと、この前賢二・・・うちの社員のフォローをお願いして助けてもらったばかりで。」
「なるほど・・・。」
加瀬さんが苦笑いをした時、エレベーターの扉が開いた。
「では、失礼します。」
と、加瀬さんがエレベーターを出ていき・・・
作業着の加瀬さんの後ろ姿を眺めながら・・・
やっぱり、ムラムラムラムラムラムラ・・・。
止まらない・・・
止められない・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます