第4話 蛇王

(4)



 乗客が乗り降りするホーム。

 しかし誰も僕等を見ていない。いや、もしかするとそれは見ていないとかではなく、


 ――見えていない


 そう思えるほどの感覚だった。

 

 と、なれば見えているのは


 『僕』と

 『妖人』と

 そして『彼』

 

 四方世界よもうせかいは僕等だけの世界。


 ――不思議だ。

 

 僕の中で何かが開く音がする。

 それは彼が僕を掴んだ瞬間に開いた。まぎれもなく突然に。


「成程ねぇ」

 燕の妖言が響く。

「…てっきり、海向うの御国で暮していると思ってたのに」

 言うと燕は大きく開いていた口腔を舌なめずりしてからぺろりと閉じた。

 見る者が身震いする程、黄金色の首を愛おしく愛撫するように。

 喉を鳴らして腹に吞み込むと燕は言った。

「…つまり、そう言う事ね。この男に――空海の首を探させるように仕向けたんは、つまりお前っちゅう訳や。そしてワイを此処におびき出させた」

 理解をするように言いながら燕はジャケットの内側から手帳を取り出して見開く。

 それから何かを見つけたのか、じろりと御厨を美しい眼で見た。

「…『御厨おず』なんて名はここには書かれてない。当たり前やなぁ。お前の本当の名は『役小角エンノオズヌ』なんやからな」

 言うとそれを再び仕舞って高らかに嗤った。

「遥かな御代に闇深き葛城山中で殺りおうた続きを現世でもしようという訳かい!!」

 燕の体内から妖しい香気が再び四方に飛んだ。紫色と蒼昏い炎が放射される。

「そう言う事さ。閻魔」

 御厨が言いながら手を虚空に伸ばす。するとどこからか空間が開いて、何かが突如現れた。

 それは長い杖。

 それを御厨は手に取ると、地面に突き刺す。それで空間がぐらりと揺れた。揺れた波動が燕にのしかかる様に圧を膨らますと、やがて激しく破裂した。

 その爆風に僕は思わず、身を屈める。

「地獄の蛇王『閻魔』、仏聖をお前より護る為に私は此処に来た。閻魔よ、孔雀明王の呪法を喰らうが良い。孔雀は悪食。体内に毒を孕んだ何物であろうとも全てを喰いつくす。そうさ、閻魔。魂も全て喰らわれて散華して魂魄となり、宇宙のはじまりに戻るがいい」

 そう言い終わると同時に大きな空間に強大な煌びやかな孔雀が現れた。

 いや、それは孔雀の頭部と羽根を背負った仏聖天。


 ――孔雀明王


 だが、爆風が消え去った世界に誰かが立つ。それはより一層蒼白く燃え上がる昏い炎を背にして。

 

 それは、燕――いや、今彼は御厨にこう呼ばれたではないか


 ――蛇王『閻魔』と


「誰がよぉ、御厨オズヌぅ。そんなもん、喰らうかい!!」

 言うや閻魔は手を伸ばした。

「ワイが唯の千年を無駄に過ごしたとおもったか。ワイ…、いや俺はなぁ、最高の力を手に入れたんだ。決着をつけようじゃないか、御厨オズヌぅ!!お前が玄奘とやらについて天竺迄旅したのを聞いて手薄になったこの日本ヤマトで手に入れた…最高の力で!!」

 言うと閻魔は両手を開いた。爆風で吹き飛ばされた何かが彼の身体に戻る。それは彼を中心に卍上に集まり出す。

 強い妖気が起こす風がやがて竜巻になる。

「見るが良い。御厨オズヌ!!我が呪法、蛇炎じゃろう大蛇おろち』を」

 言い終わるや、突如、大きな大蛇の鎌首が現れた。それは小角を圧倒的に凌ぐ精神重圧サイコネスを持って長い舌をちらつかせると、大きな口を開けて、僕等へ襲い掛かって来た。

 そう、大きく開いた口腔内に黄金色の空海に首を輝かせながら。

「勝負あったわ!!御厨オズヌ、魂魄になってはじまりの宇宙へ行くのはおまえや!!」


 きえやぁああああ!!


 世界を揺るがす蛇王の声が響いた時、小角が言った。

「お前の負けだ、閻魔。首を主の前で晒した、お前のな」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る